第2話 穢れた信仰
「ふむ、どうやら成功したようじゃな」
「はっ、しかし、召喚士たちは使い物になりそうにありません」
「構わん。戦争では勇者様方に頑張っていただけるだろうよ」
いまだ意識が朦朧とする中でぼんやりと話し声が神愛の耳に届いた。
「こ、ここは…あなたたちはいったい…」
体を起こしながら誰何する神愛。それを皮切りにクラスメイトたちも体を起こし、状況の把握をしようと辺りを見渡した。
体育館ほどの広さの空間で自分たちを囲むように、金色の美しい刺繍がなされた外套を着た男たちが権杖のようなものを持って並んでいて、壁にはいくつもの魔法陣が描かれていた。
そのある意味見慣れたとさえいえるその陣に神愛と何名かのクラスメイトは思わず心の中でツッコんだ。
(〇の錬金術師?!)
神愛たちの頭の中に隻手隻脚の低身長の主人公が浮かんだ。
学校の校舎裏にいたと思ったら光に包まれ、目が覚めたらまったく別の場所にいたというのに案外余裕なのかもしれない。
「おぉ、目を覚まされましたかな?」
好々爺のような笑顔を浮かべた、自分たちを囲んでいる男たちのなかでもひときわ豪華な外套を身にまとった人物が話しかけてきた。
見た目はかなり若い。というのも髪型はモヒカンもどきのような奇怪なもの、そこにカイゼル髭という見慣れないチョイスのためなんだか初老に足を踏み入れかけている40代に見えてしまうのだ。
だが、決してダサいとは言えない。
奇怪な髪型にも関わらずダンディで似合っているとさえいえる。美しい外套も相まって覇気さえ感じる出で立ちだ。
「この度は突然お呼びして申し訳ない。皆様混乱されていると思いますが、ここでは何ですので城の方へまいりましょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!あんたら何者なんだよ!つか、ここどこだよ!」
呆けていたうちの一人、
ほかの面々も口には出さないが同じことを思っているようで、無言で周囲を睥睨していた。
しかし、その態度に周囲の神官たちが殺気立つ。
威圧するように堂々としていたのに次の瞬間には蛇ににらまれた蛙のごとく、動くこともできなくなった。
「やめよ。突然呼び出したのは我等なのだ。礼儀をわきまえなければなるまい」
先ほどの男が視線を黒瀬たちに固定したまま、言い放った。
「申し訳ありませんな。どうも皆様に対して緊張をしておるようでしてな」
緊張していて殺気を向けるとは、あまりにも血の気が多すぎるだろうという言葉をぐっと飲みこむ一同。
「いえ、こちらも少々興奮していました。それで、状況を説明してもらえますか?」
殺気が消えたことでさらに文句を言おうとした黒瀬を8人の中のリーダー的存在、神愛をいじめていた主犯格である、
裏では気に入らないやつは徹底的に追い詰め社会的に抹殺し、表では責任感あふれる委員長を演じている典型的な嫌な奴は異世界でも猫を被るようだ。
榊原の友好的な態度に男は頬を緩め、若干芝居がかった様子で説明を始めた。
「おほん、まず簡単に話させていただきますと―」
男、神官長メリギトスと名乗った男の話を要約するとこうだ。
自分たちはここ、神聖国家イ・サントの神官であり、神愛たちを召喚した張本人である。神愛たちを召喚した理由は、長引いている戦争を終わらせる鵜ために力を持った存在が必要だったため、古より伝わる勇者召喚に頼ったのだという。
この世界は神愛たちがいた世界とは違う世界で、科学という概念が存在せず、代わりに太古の昔に神から授けられたという魔法が生活のかなめだという。様々な国が存在し、中には奴隷制度も存在し、17、18世紀のイギリスのようだ。また、国によって言語、思想、通貨までも様々で、人族の国の中ではイ・サントはかなりの規模を誇る国であるらしい。人族ということはほかにも種族が存在するのかという合いの手を黒瀬が入れたが、メリギトスは朗らかに肯定した。
「ええ、人族以外にも亜人族と呼ばれる種族、たとえば森人族に代表されるエルフ、愛玩奴隷として人気の高い猫人族などですな。亜人族は耳と尾が特徴的なことが多いのでわかりやすいと思いますぞ。あとは魔人族というのも存在しておりますぞ」
メリギトスの猫人族という言葉に話を聞いていた何人かが「おぉ…」という感嘆の声を上げた。思春期真っ盛りの中学生ボーイズには猫耳というのはあまりにも魅力的なワードだったようだ。
そのほかにも魔法が一体何なのか、自分たちは神官であるため魔法の中でも神聖魔法を得意とすること、存在する属性のことなど、この世界に関して簡単に話した。
話を聞き終わっても腑に落ちない様子の一同だったが、神官の一人が実際に魔法を使ったことにより話が真実味を帯びた。
「なるほど…この世界のことについてはわかりました。それで俺たちは帰れ…ますよね?」
若干懇願するような思いを瞳に乗せて榊原が代表して尋ねた。
それを聞いて周りの神官たちは眉を顰める。
だんだんと周りの空気が悪質になっていくのも気にせず、より笑顔を深めたメリギトスは堂々と宣言する。
「えぇ、もちろんですとも。戦争が終わり次第皆様は帰還することができますとも。それまではどうかわが国で過ごされてください」
その言葉に、緊張していた一同は弛緩する。
これで帰れないなどと言われていれば阿鼻叫喚となっていたのだろうが帰れるといわれたことで安心感が訪れた。むしろ―
「だったらこの世界を堪能しようぜ!せっかく魔法なんてファンタジー感あふれるもんがあるんだし、楽しもうぜ!」
「さんせー!私、服とかみたい!」
「いいわね、それ。どうせなら奴隷ってのも見てみたいけど」
「なぁ、独眼竜。お前どうする?」
「フッ、俺は自分の定めに従うまでさ…神から与えられたという使命を全うしてやるぜ」
それぞれ、もうこの世界を堪能する気満々である。
「それはよろしいですなぁ。ぜひわが国を心行くまで楽しんでくだされ。ひとまず皆様の戦闘能力や魔法の適性チェックなどがありますが…とにもかくにもひとまずは城へまいりましょうぞ」
メリギトスに促されて一同はいったん、城へ行くこととなった。
「すげー!馬車だぜ!?ものほんかよ!」
「やっば!お姫様気分なんですけど!」
ほぼ全員完全に浮かれていた。
馬車に興奮している召喚者たちをよそに神官の一人がメリギトスに耳打ちする。
「メリギトス様…よろしかったのですか?返還の儀は魔法陣の解読すら終わっておりませんが…」
口では帰れるといっておきながら手段すら用意していなかったようだ。真実を知った時の召喚者たちの反発を予測して神官が心配そうに、あるいは後始末は面倒この上ないといった様子で尋ねた。
それに対してメリギトスは―
「ふん、気にすることはない。所詮このガキどもは戦争が終わるまでの道具でしかない。しばらくはうちで匿うが事が終われば用済み…始末するか、いつかのために封印でもしておけばよかろう」
―召喚したものたちを帰す気などなかった。最初から使い捨てのつもりで召喚したのだった。
口では戦争を終結させるためだと言っているがそれは自国に被害を出さずに相手国を惨敗させるためだったからだ。何せ勇者召喚の方法や魔法陣が詳しく載っている古文書にも
「勇者は使い捨てである。用が済めば殺すか魔物のえさにでもすればよい」
と書かれているのである。根底から腐った国のようだ。
「はっ、ではそのように」
そんなメリギトスたちの思惑も知らずに、召喚された一同は馬車に揺られながら王都を目指すのであった。
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