名無しの英雄

 それは遠い遠い昔――かつて神代と呼ばれた時代に起きた話。



 ♢♢♢♢♢♢



 昔々、とある国の辺境の村に1人の男が居ました。


 男は母親と歳の離れた妹の3人で、小さな荒家で身を寄せ合いながら暮らしていました。


 男の家は決して裕福では無く、母親は男に妹の面倒を任せ、金銭を稼ぐべく日々農作業に明け暮れておりました。


 そんな女手一つで家族を養ってきた母親を見てきたからこそ、男には心に決めた目標がありました。それは良い働き手となって、家族に楽をさせてあげたいと言うものでした。


 しかし、このままいつまでも村に居続けても其れを果たす事は叶わない故、妹が自分自身で身の回りの世話ができるようになった頃、ようやく男は村を出る事にしました。


 男が目指した先は、老若男女問わず国で最も大勢の人が集う場所――そう、王都でした。


 そこで男は騎士になる事にしました。


 そう思い当たった理由として一つは国、延いては民を守る為の守護者として、いざとなったら命を張る仕事である故にそれなりに賃金が良い事。そしてもう一つはもともと男は村にいた時、農作を狙う野獣や魔物を退けるほどの力があり、それを頼りに騎士になる事を決意したのです。



 それから男は騎士になる為の試験を受け、晴れて騎士になる事が出来ました。


 かと言って最初は田舎での新人と言うことも相まって、その立場は一番下の見習い騎士。貰える賃金も村にいた頃よりかは多少良くなったものの、未だ家族を充分に養う程までには至らず、四苦八苦する日々を送っていました。


 しかしそんなある時男に転機が訪れたのでした。


 それは年に数回、王都で行われる王族の誕生日を祝う祭事の事でした。

 この日ばかりは滅多に民のまえに姿を表さない王族も、主役であるが故にパレードを起こし自身の成長を披露しました。


 この日の主役は齢18を迎えるこの国唯一の王女様でした。


 そう、男はこの王女様に一目惚れしたのでした。


 それは男にとって初恋であり、運命的な出会いでした。


 しかし運命と言うものは必ずしも良いものばかりではありません。男の身分は平民であり、対して相手は王族であります。そのあまりにも遠い身分差故、叶わぬ恋という事であるのは当然男も理解しておりました。


 しかし男はそれでも王女の側にありたいと、せめて名前を覚えて欲しいと淡い想いを胸に抱き、日々奮闘する事になりました。


 ある時は罪人を捕らえ、またある時は街の近隣に出現した魔物を討伐するなど、目に見えた成果を挙げていきました。


 するとどうでしょう。男は見習い騎士から何度かの昇進を果たし、気付けば当初の目標であった家族を養う事も充分に叶える事ができました。


 そんな順風満帆な日々を送っていたときでした――。


 王都の賑やかさを表すかのような曇天無き青々とした空が、突如まるで不幸を知らせるかの如く、黒く染まり始めたのでした。


 そしてそれは言葉通り不幸――いえ、絶望がお城を中心にして街全域に黒い魔物が現れたと言う形で現実となってしまいました。


 男はお城にいる王女のことが心配になり、彼女のもとへと一目散に駆けて行きました。



 ♢♢♢♢♢♢



 男は城にたどり着くも時既に遅し――城に勤める大勢の人が黒い魔物たちによって亡き者となっていました。


 しかし幸か不幸か物陰に隠れていた王女は無事であったもののそれも束の間。今まさに黒い魔物の一振りが姫様に襲い掛からんとしているところでした。


 男は躊躇いもなく魔物と姫さまの間に勢いよく体を滑り込ませ、その身を挺して何とか黒い魔物の攻撃から守ることができました。

 しかし、黒い魔物の攻撃は余りにも重く、そのたった一振りで男は身体中に深く傷を負い倒れてしまいました。


 それでも男は立ち上がろうとしました。


 たとえ一方的な想いだとしても、大切な人を守る為に――その想いだけで男は意識が深い眠りに落ちる寸前で踏みとどまっていたのです。


 しかし現実は常に非情で、そんな深手を負った状態でどうやって立ち上がりましょうか。心の中でどれだけ足掻こうとも男が立ち上がる事は叶いませんでした。


 このままでは王女様が殺されてしまう。そう思った時でした――


 男の目の前の空が割れたと思いきや、そこから白い衣に身を包んだ何者かが現れたのでした。

 白衣の者は自らを神の使いと名乗ると倒れ伏す男にこう問うた――汝、力を欲するか、守る為の力を――と。


 朦朧とする意識の中、男はただ一回、コクりと頷きました。


 男の返答に対し、御使様は黄金に輝く果実を男に渡しました。


 男は御使様から受け取った黄金の果実を何の躊躇いもなくひと齧り――すると次の瞬間、男の体が眩いほどに光だしました。光はどんどん大きくなりやがて現れたのは白く輝く一匹のドラゴンで、その出立ちはまさに神に支えし聖なる獣、聖獣と呼ぶに相応しいものでありました。


 ドラゴンは王女を護るかのように彼女を背に隠すと、その大きな口から吐き出される白い炎で周囲に居る黒い魔物たちを一掃しました。


 王女は突然の事に驚きながらも、頭の中では、黒い魔物から身を挺して守ってくれた騎士が人の身を捨ててまで自身と国を守ってくれた事を理解しておりました。


 王女は感謝の意を込めて男に名を尋ねようとしました。


 しかしそれが叶う事はありません――なんと白いドラゴンは、翼を大きく羽ばたかせながら大きな巨体を宙に浮かせると、そのまま背に隠した王女に振り返る事もなく、遠い遠い東の方面へと飛び去っていきました。



 ♢♢♢♢♢♢



 その翌日、王都では、黒い魔物を屠った白いドラゴンと王女を救った騎士の話で持ちきりでした。


 そしてそれはお城でも同じく――幸いにも無事であった侍女など達の間で、「あのドラゴンは一体何だったのだろう」「王女様を救ってくださった騎士は誰なのか」などと話が尽きる事はありませんでした。


 時を同じくしてお城のとある一室では、王女が曇りの無い晴れやかな青空を見上げながら、自身を救ってくれた名もなき騎士に想いを馳せるのでした。



 これは遠い遠い昔、初恋から生まれた名もなき英雄の物語。






後書き

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【連載版】断罪の不死者〜転生した俺は最愛との約束を果たす為旅をする〜 裃睦月 @PUCHITOMATO

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