収穫祭

 《ホーンラビットの進行》を防いだからと言って、「はいじゃあ今年の《収穫祭》は終了です」と言うわけではない。むしろここからがメインになる。

 《収穫祭》前半が冒険者たちの為であるとすれば、後半は街全体にとってのお祭りである。俗に言う後夜祭というやつだ。

 依頼で討伐したホーンラビットは一度ギルドに持ち込み、そこで解体される事になる。角は鍛治屋に持ち運ばれ、肉は、各料理店に運ばれて調理される事となる。

 そう、いよいよホーンラビットを食す時が来たのである。


 そういう訳で現在ロッソたちを含め俺たち六人はホーンラビットを使った料理を食すべく夜の街を巡り歩いていた。


 辺りには当然、俺たち以外にも多くの人達で溢れており、酒を片手に歌う者や踊る者など、夜にも関わらずまるで朝方の様な賑やかさを魅せていた。


「はーぁ、ヤバいな。良い匂いすぎる」

「すんすん、うむ、まさに飯テロなのだ……」


 既に様々な料理の匂いが街中を充満しており、それが入り交じって気分が悪くなるかと思えばそんな事はなく、寧ろこの匂いのせいで今か今かと待ちきれずに、どんな料理が出るのか頭の中で想像していると自然とその足取りは街路を鍵盤にしてコツコツと音を鳴らしながらリズミカルなものになっていくのだった。

 そしてそれは如何やら俺だけでは無い様でリリムもまた、まるで逃さないと言わんばかりに、鼻を犬の様に鳴らしながらその匂いを堪能していた。しかしその表情に真剣さは無く、口の端に白銀の水を垂らし、ニヘラァと何ともだらし無い顔をしていた。何と言うか、せっかくの美人顔が台無しである。




 まず最初に脚を運んだのは、様々な屋台が建ち並ぶ街の大通り。その中でもとびきり良い匂いを放つ店――串焼き屋だ。

 屋台から漂う白煙に包まれた、タレの香ばしい匂いと炭の匂いが、鼻を刺激し、ずっと嗅いでいたくなる。更にジュゥジュゥと肉の焼ける音が、食欲を掻き立てる。

 さっそくその罪深い料理を店主から受け取りる。

 タレのかかった肉は煌びやかな光沢を放ち、まるで宝石の様だ。


(ゴクリ……)


 これを前に《収穫祭》が始まってから溜まっていた食欲を抑える事は最早不可能である。

 ならば我慢する必要は何処にあろうか――だらしなく開ききった口に料理を運ぶ。その味は最早語るまでもない――


「――ッ!?うまい!」


 この一言だけで充分である。


「ムフゥー!!ヤバイのだこれ!凄く美味しいのだ!」

「その様子だと気に入ったみたいだな」

「うむ!……それに、何と言うか、この雰囲気にも合ってる気がするのだ……」


 料理の出来を目で確かめ、匂いを嗅ぎ、料理している音をBGMにして、最後に口の中で食感と味を楽しむ。

 平たく言ってしまえば、ただ焼いた肉を串に刺してタレを漬けているだけなのに、リリムの言う通り場の雰囲気が相乗効果を発揮し、五感を刺激してくる。

 きっと食事を楽しむとはこう言う事を指すのだろう。少なくとも今の俺は、確かに食事を楽しんでいる。


「さあ主、次行くぞ!次!」

「ああ、そうだな(てか、串焼きや一本になに感慨耽ているんだ俺は……)」


 こうして俺達は食巡りを始めるのだった。





 それからどれくらいの時間が経過したのだろうか――俺たちは時間を忘れてしまう程に《収穫祭》を楽しんでいた。

 しかし、始まりがあれば終わりもあると言うもの――《収穫祭》が終わり、夜の街が再び静寂を取り戻した頃、俺たちは冒険者ギルドにある酒場で《収穫祭》に参加した他の冒険者パーティーを交えて、ちょっとした癒労会を開いたいた。

 俺たちはと言うと、丁度六人ほどが座れる席に腰を掛けている。

 腰を掛けてしまえば最後。溜まりに溜まっていた疲労が、どっと襲って来る。

 正直、今日はもう何もしたくないと、そう思っていた時だった――


「よお!飲んでるかー!?」


 近くの席にいた男がこちらにやって来た。酒に身を委ねたせいなのか、その足取りは少し覚束無さを感じる。


「あぁ……」

「そうか!それは良かった!今日は――」


 話しかけてきた男の目は、まだ虚な状態ではなかった。恐らくそれなりに酒に強いタイプなのだろう。

 良かったこれならウザ絡みしてくることもないだろう……まあ、絡まれない事に越した事はないんだが。


「――でな、そん時俺は思ったわけよ!」


 何の話をしているのだろうか……俺たちが無反応でいる事を良い事に、男は酒の余韻に浸りながら尚も話をし続ける……やっぱりちょっとウザいな……。


「やっぱりおっぱいなんだよ!おっぱいにこそ男の理想郷があるってな!」


 本当に何の話してるの!?

 ほら見てよ女性陣がすっかり白い眼で男を見てるよ……。

 それでも男はその視線に気付かないまま話し続ける。


「――そう言えばお前達は何処から来たんだ?」

「あー、王都の方からだ」

「そっかそっか!じゃあ明日には戻るのか?」

「いや、そのまま帝国に向かうつもりだ」

「帝国?そっかー、じゃあ気を付けろよ!何でも最近、グリューセルって街の近くにあるダンジョンが活性化したって話があるからな!」


 ダンッ!!――


「今の話、本当か!?」

「うおっ!?びっくりしたなー……」


 机を叩くのと同時に声を上げたのは俺でもリリムでもない。向かえにいたロッソだった。その荒げた声に反射的に反応して視線をその元凶へと向けると、彼だけではない。その隣にいるヴェルデもヴェルドゥラもアルジェントもが揃って顔を蒼白に染めていた。


「急にどうしたんだロッソ?」

「……」

「ロッソ?」

「……は」

「――?」

「グリューセル……は俺たちの故郷だ――」


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 ディーティアの観察日記


 彼がまだ神界にいた頃は、地上の全体とはいきませんが、それでも私が守護している国とその近隣位までは見渡す事が出来ました。しかし時が経つにつれ、干渉力は弱まっていき、今では彼とその周囲しか見守る事が出来ません。

 故に彼の居ない所で何かしらの事態が起きたとしても、彼の耳に届くまで知る事は出来ません。

 仮に事前に知る事が出来たとしても、元より私達神が地上へ直接干渉する事は出来ません。それは《原初の星》崩壊後に定められた神々の法であります。しかし、例えそれが無くとも、あの方――いえ、フォーリアの影響力により私やゼノスは安易に行動を仕掛ける事が出来ません。


 これからの彼の旅先に起こる事態を私は事前に知る事が出来ない。人間からしたらそれは当然な事かもしれませんが、知る事こそが我々神々の役目なのです。

 故に私は悔しいのです。悔しくて、情け無くて、彼が求めぬ限り干渉する事が出来ない、見守るだけの自分に歯痒い気持ちで一杯なのです。


 だから私は祈りましょう。彼の旅に幸ある事を――彼との再会の約束を果たすまで私はこの祈りを止める事はありません。



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後書き

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