求めるものは

 翌日の未だ朝日が昇り始めていない頃。俺たちは、ロッソ達の故郷であるグリューセルの街へ向かうべく馬車を走らせていた。


「「「「……」」」」


 理由が理由だけに、車内は重い空気が支配していた。


 俺はこの重い空気に若干の気まずさを感じながら、原因となった昨日の事を思い出す。


 ♢♢♢♢♢


「おいっ!それはいつの話だ!?」


 ロッソはまるで罪人を問い詰めるかの様に男に迫った。


「お、俺の耳に届いたのは二日前、丁度この街に着いた時だったから、この話自体はいつからなのかは分からねぇよ……」


 男の言う通りなら、ダンジョンが活性化したと言う話は既に街中に広まっていたのだろう。つまりこの話がこの街に届いたのはさらに前と言うことになる。しかもそれはこの街にとっては最新の情報だが、事の発端であるグリューセルの街にとっては既に過去形であり、最悪、事態が更に悪化している可能性は充分にある。


「てことは最悪――くそっ!こうしちゃいられねぇ!」


 ロッソもその可能性に至ったのか、血相を変えてギルドを跳び出そうとする――がしかし、それを止めた者がいた。


「ロッソまって!どこ行くの!?」


 ヴェルデだ――。

 彼女は跳び出そうとするロッソの腕を振り解かれない様にと、思い切り掴んだのだ。


「決まってんだろ!助けに行くんだよ!」

「駄目だよ!こんな時間に危険だよ!」

「じゃあお前は心配じゃないのかよ!?」

「心配に決まってるでしょ!でもこんな時間に、しかも疲れてる中で外に出たら魔物にとって格好の餌食になるだけでしょ?そうなったら助けに行こうにも行けないよ……」

「……」

「だから今日はしっかり休んで明日の早朝にここを出るよ。それで良い?」

「あぁ……すまねぇ、取り乱した……」

「ううん、心配なのは私たちも同じだから……」


 ♢♢♢♢♢


 正直意外だった。性格からしてヴェルデもまたロッソの様に取り乱すのかと思っていた。だから彼女がロッソを止めた時は少し驚いた。どうやら普段の振る舞いとは別に冷静な一面も持っていたのだろう。


 気付けば彼女からエリナの面影は消えていた。






 ♢ロッソ


 俺やヴェルデ、アルジェンド、ヴェルドゥラは幼馴染である。

 とは言っても家が隣同士とか、家族絡みの付き合いとかでは無い。そもそも俺たちには両親がいない。何故なら、俺たちは皆んな同じ孤児院育ちだからだ。

 良く良く考えてみたら幼馴染よりも家族って言った方が近いかもしれない。

 少なくとも普通の幼馴染よりは固い絆で結ばれていると自負している。


 そんな俺たちだが、何も最初から仲が良かったわけでは無い。

 それは俺たちの性格に問題があったからだ。


 ヴェルデは、今でこそ明るく、感情を余り隠そうとしない性格だが、幼かった頃は寧ろその正反対で、内気で何処か周囲に怯えている様な感じで、何時も姉であるアルジェンドの背中に隠れていた。

 アルジェンドは、そんな妹を守るためなのか、何時も敵意を剥き出しにしていた。

 ヴェルドゥラは、基本無口で正直何を考えているのか分からなくて、正直不気味だった。


 性格がバラバラで、当時はまだ幼く、それに加えて孤児だからこそ他人に心を開かず、まとまることが出来なかったのかもしれない。

 そんな俺たちが仲良くなり、そして絆が深まり、幼馴染――いや、家族の様な関係に至ったのは、孤児院の従業員で俺たち孤児の世話を担ってくれたシスターのおかげだ。


 ある日、ちょっとした切っ掛けで、これまでに溜まっていた鬱憤やストレスが爆発して、それを晴らすが如く喧嘩した。

 罵声を浴びせ、掴みかかっては殴り合い、果てには痛みすら気にならなくなるくらい俺たちは暴れに暴れた。側から見たら動物園の様な騒ぎを見せていただろう。


 そしてそれを止めてくれたシスターの言葉を今でも鮮明に覚えている。



『いい、みんな。全く同じ人なんてこの世にいないの。誰しも必ずは何処か違う部分がある。だからぶつかり、いがみ合う事もある。でもね、それが全てでは無いの。他人と違う部分が有るからこそ、それを尊重し、補い合うことが出来る。貴方たちだってそう――例え違う方向を向いていても、こうして同じ場所で同じ時間を過ごしている貴方たちならきっと最後は結ばれると私は思うの。そしてそこに貴方たちだけの答えがあるはずよ。だから今はいっぱいぶつかり合って喧嘩をしなさい。大丈夫。危なくなったら私が何度でもこうして止めてあげるから』


 シスターは喧嘩はダメだとは言わなかった。だから俺たちは何度も喧嘩をした。そしてその度にシスターは言葉通り止めてくれた。

 だからこそ俺たちは安心して喧嘩することができた。

 そして何度も喧嘩をするうちに、俺たちは相手が何が好きで、何が嫌いなのか、そして何を望んでいるかなど色々と考える様になった。その結果、互いを理解するようになっていっき、気づけば、喧嘩する回数が減り、やがて今の様な関係にまだ至った。


 シスターが言っていた答え。俺たちにとってそれは愛だった。

 愛と言っても一重に括るのではなく、『恋愛』『友愛』『親愛』など様々な愛の形が存在している。その中でも俺たちが強く求めたのは『親愛』だった。

 戦争と呼べるほど大きな争いが無いこの時代で起こる孤児の原因は、殆どが捨て子だ。

 捨て子であるからこそ、心を開くことができなかった。

 だからヴェルデは周囲に怯え、アルジェンドは、そんな妹を守ろうとし、ヴェルドゥラは口を開かず他人と関わろうとしなかったのかもしれない。でも本当は心の奥底で求めていた。それが愛だった――。

 親と言うものを知りたかった。

 そしてその温もりに包まれたかった。

 否定では無く、求められたかった。

 誰かに必要とされたかった。

 自分が居ても良いと言われる居場所が欲しかった。

 だからその居場所を確保する為に俺たちは喧嘩した。

 その結果、わかり合うことができた。

 それだけじゃない――シスターは俺たちが求めていたものを与えてくれた。


 だから俺たちはシスターの事が大好きなのだ。


 だから酒場で男の話を聞いた時は、冷や汗を掻くほどに血の気が引いていった。


 今でこそ、ヴェルデに叱咤されて落ち着きを取り戻しているが、それでも頭の中ではシスターの事を思い浮かべていた。


(頼むから無事でいてくれ!シスターー!)
















 しかし現実と言うものはそう甘くは無い――。


 燃え盛る炎に立ち込める黒煙。

 そして魔物たちの咆哮。


 目の前に広がるのは、崩壊に追い込まれたグリューセルの街だった――。

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