帰省⑤
アルスとザックが裏庭で剣の打ち合いをしている頃――家の中ではリーザが昼食の準備をしていた。
肉料理なのだろうか。立ち込める煙と一緒に肉の焼ける香ばしい匂いが辺りを漂う。
するとそこに一人の小柄な少女がやって来た。
「リーザよ…」
リリムだ―――。
匂いに釣られたのか、彼女はまるで犬のように鼻をクンクンと鳴らしていた。
「あらリリムちゃん。駄目じゃないママって呼んでくれなきゃ」
昨日顔を合わせて以来、娘のような存在が出来ての嬉しさによる衝動なのかリーザとザックは度々リリムに'ママ''パパ'呼びして欲しいとせがんでいた。
「こ、子供扱いするななのだ!」
リリムもその度にこうして断っているが強く否定しないところから満更でもないという事が分かる。何より頰を赤めているのがその証拠だ。
元々アルスと出会う前までリリムは一人だった。それ故に親と言うものが分からなかった。だから自分に対しての二人の好意に若干の戸惑いを覚えていた。
それでも甘え方を知らない彼女は胸の内がぽかぽかと暖かくなる気持ちに何処か居心地の良さを感じていた。
因みにそんなリリムだが、現在はあの露出の多い悪魔的な格好ではなく、リーザのお下がりの白い可愛いクマの絵柄が入ったTシャツを着ている。
しかもサイズが大きいのか、太もも辺りまでそのTシャツ一枚で覆われている。
お下がりとは言え元々は大人であるリーザが着ていた服だ。リリムが着るとサイズが合わないのは当然の事。
ならば本来の姿に戻って着れば良い話なのだが、リリム自身が今の子供の姿を気に入っていた。
「むぅ…妾の真の姿を見れば、お主なんて妾の余りにもの美貌に絶対に度肝を抜くのだ」
そんな事を言っても本来の姿に戻ろうとしないのは、どこかリーザたちに甘えたいと言う気持ちがあるからなのかもしれない。
「うふふ、そうねぇ」
「嘘じゃないぞ!本当なのだぞ!」
「はいはい」
リーザはリリムのまるで子供が背伸びをしているような様子に対して微笑ましそうにしながら彼女の頭を優しく撫でる。
「むぅ…」
リリムは少し不満そうにしながらも目を細めて気持ち良さそうにしている。更には嬉しいのか口元が少し緩んでいた。
その様子を見たリーザはこう思ったに違いない。―――まるで天使だと。実際は悪魔であるのに。
そう思うも束の間。ふと我に帰ったリリムは自身の頭を撫でているリーザの手を軽く払いのけ、彼女のもとへやって来た本来の目的を話し始める。
「と、ところでさっきからお主は何を作っているのだ?」
「あら?まさかリリムちゃん、この匂いにつられちゃったのかしら?」
「うむ、余りに良い匂いがしたのでな。つい気になってしまったのだ」
「うふふ、そうなのね。実は今ハンバーグを作ってるのよ」
「はんばーぐだと!?」
リーザから料理の名前を聞いた瞬間、先程までの気恥ずかしさは何処へやら、眼を大きくキラキラとさせ口は大きく開き弧を描いていた。その様子、まるで新しいおもちゃを目の当たりにした子供の様であった。
リーザはそんなリリムの様子の変化に少し驚きながらも再びこう思っただろう。―――まるで天使だと。実際は悪魔であるのに。
「あら、リリムちゃんもしかしてハンバーグ好きなの?」
「うむ!妾の大好物なのだ!」
「そう――あっ、そうだわ!リリムちゃんも一緒にお料理しましょ?」
「料理?妾が?」
「えぇ」
「でも妾、料理なんてしたことがないのだ…」
「大丈夫よ。私が手取り足取り教えてあげるから!」
「でも…」
リーザが説得するも、料理をする決意は決まらず、つい否定的な言葉を口にしてしまう。
しかしそれを遮るようにして発せられた次のリーザの言葉に思考が肯定的に傾くのだった。
「それにリリムちゃんが作ってくれたと知ればアルスもきっと喜んでくれると思うわよ」
「主が……って、何でそこで主がでてくるのだ!?」
「だってリリムちゃんアルスの事好きでしょ?」
「へ―――?」
リリムはリーザが告げた、今まで意識してこなかった衝撃の事実に思わず素っ頓狂な声を上げ固まるも、次第に言葉の意味を理解すると顔を赤くしだした。
「ななななな、なにを言ってるのだ!?」
「あら、違ったかしら?」
「そ、それは……」
「リリムちゃん?」
「……正直分からないのだ。確かに妾は主の事が好きなのだ。でもそれが異性によるものなのか分からないのだ」
そうリリムは顔を俯かせながらまるで自分に語りかけているかのように呟いた。
リリムがこうも自身の気持ちに自覚を持たないのには理由がある。
まず例えとして鳥を想像してみて欲しい。
彼等の赤ちゃん―――つまり雛鳥は、卵から孵化した時に初めて見た相手を親として認識するという刷り込みというものがある。
それはリリムの境遇に似ているのだ。
彼女が召喚される前に居た場所を卵だとすると孵化した時――つまり召喚された時に初めて見た相手、召喚主に好意を持つのは必然では無いのか。
もちろん彼女はアルスの事を親だとは思っていないから刷り込みとは違う。それでもアルスに対しての自身の好意はそれに近しいものでは無いかと―――。
付け加えるなら、大前提としてリリムは一人ぼっちだった。だから召喚主がアルスでは無いとしても、そう―――例えば異性ではなく同性だったとしても同じ様に好意を抱くのでは無いかと彼女は思っているのだ。
しかし―――
「…でも主が他の女の事を嬉しそうに話すのを見ると、何故か胸の辺りがチクチクと痛むのだ…」
これだけでもリリムがアルスに対して異性として意識しているのは分かる。
そう、先も言ったように自覚が無いだけでその感情は確かにリリムの中で芽生え始めたいるのだ。
「リリムちゃん…」
ならばここから先どうなるのかは彼女次第で自分が口出しすることでは無いと、少なくともリーザそう思い、話題を変えるように促した。
「うふふ、少しからかい過ぎたわね。じゃあ話しを戻すけどリリムちゃん。一緒にお料理しない?」
「……」
リリムはリーザの言っていた言葉を思い出す。
"アルスもきっと喜んでくれると思うわよ"
その言葉を胸にリリムは眼を瞑り脳内でその光景を思い描いた。
四人で食卓を囲んで食べる数々の料理。そしてその中の一つ、リリムが作ったハンバーグをアルスが美味しそうに食べている。その様子を見てリリムは自然と頰が緩む。
成る程、悪くない光景だ。
「どうしてもと言うならやってやらん事もないのだ!」
「うふふ、そうね、どうしてもリリムちゃんと一緒に作りたいわ」
「うむ!分かったのだ!」
嬉しそうに頷くリリムを見てリーザはやはりこう思うのだった。
まるで天使だと。実際は悪魔であるのに―――。
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