第6刑 覚悟はとっくにできている―B
「ここから東に5キロくらいですね……。大丈夫、ですか?」
「流石に歩けはしないのね。タクシーを拾うか――」
入り口にある無料呼び出し電話を取ろうとしたところ、クラクションがなった。見ると、車の窓から見知った顔が覗いていた。
「ほら、行くんだろ? 乗れよ」
研究部長・
後部座席に並んで座る2人に、運転席の武部が話しかける。
「すまなかったな、私の開発が不十分なせいで、苦しい思いをさせてしまって」
「いいや。耐えられなかった私にも非があるのね。でも、今度こそこの手で、あの
《罪人》を仕留めてやる」
赤信号で停車すると、武部は助手席に置いてあったアタッシュケースを、利里に渡した。首を傾げながら開けると、中に入っていたのは、エグゼブラスターともう1つ、直径2センチほどのクリスタルだった。
「コスチュームストーン?」
「ああ。それを使えば、エグゼブラスターも言うことを聞くはずだ」
2人の会話が理解できない晶は、質問する。
「あの、そのコスチュームストーンっていうのは、何なんですか?」
「これね。十字架を見れば分かると思うけど、真ん中にクリスタルが嵌っているのね。1度処刑人の姿になってから、それを外してこの別の石を嵌める。すると戦闘装束が変化する。まぁ、フォームチェンジって奴ね」
今一つ理解ができないが、戦闘用の道具なのは分かった。
「まあ実際に見る方が早いさ。この世界はな、習うより慣れろなんだよ」
信号が青に変わり、アクセルが踏まれる。車は異常なくらいスイスイと走る。武部のドライブテクニックが優れているのか、他の車両の間を縫うように進んで行った。それでいて速度もある。公道で出してもいいスピードなのかと、不安を覚えるくらいだ。
滑らかに進んだお蔭で、病院からそうかからずに目的地についた。どこかからか衝撃音が聞こえる。乃述加と
「ホラ、行くのね」
「はい。先輩、立てますか?」
「ここまで来たら、自力で立つしかないのね」
明らかに強がりであったが、あえて晶は力を貸さなかった。足取りは覚束ないものの、利里はしっかりと自分の足で歩いた。右手に持つのは、エグゼブラスターとコスチュームストーンが入ったアタッシュケース。さぁ、本当の戦いはこれからだ。
現場に到着すると、もう少しで処刑が完了するところだった。那雫夜が鎖でボア・ディシナを拘束し、乃述加がアサルトライフルを向けている。後は引き金を引けば全てが終わる、といった場面だ。
そんなところに、利里が待ったをかけた。
「そいつは私が処刑する! これ以上は手を出すな!」
彼女は病室で安静にしているものだと思い込んでいた2人は、当然驚いた。
「どうして来たの!? あなた、自分の身体のこと分かっていますの?」
一瞬《罪人》のことも忘れて掴みかかろうとしてきた義母に、利里は頭を下げる。
「分かっていないから、ここにいるのね。私の失態で事件の解決を長引かせた。それなら、私が幕を下ろすべきだ!」
「誰もそんなことを要求していませんわ! 今は傷を癒やす方が優先、それが分からないあなたではないでしょう!?」
言い争っている隙に、ボア・ディシナが暴れ始めた。那雫夜1人では抑えきれず、拘束が解けてしまう。
『エグゼキュージョン システム ブート!』
利里は処刑人の姿になり、《罪人》の突進を躱した。
「せめて今だけは、無茶をさせて欲しい。――――最愛の仲間を失望させた、私なりのけじめをつける!」
その叫びに、那雫夜はビクンと肩を震わせた。自分のせいで利里がこんな行動に出てしまったのではないか、という自責が、彼女の中で生まれた。だがそれをすぐに否定する声が上がる。
「これは格好つけたい私のエゴ! 本当は何もできなくて、這い蹲っているけれど――せめて私に憧れてくれた人たちに応えたいんだ。偽りの姿でもいい。私が幼い頃勇気をもらったヒーローみたいに、格好よくありたいんだ!!」
フラフラの千鳥足で、ボア・ディシナへと向かう。繰り出される拳の威力は、皆無だった。見ていられず、晶も戦いに加わろうとする。が、制止された。
「見ていなさい! これがあなたたちの、未来の姿なのね!!!」
十字架からクリスタルを取り外す利里。その代りに、さっき受け取ったアタッシュケースに入っていたクリスタルを嵌め込む。
「私たちに限界はないってところ、見せてやる!」
『ドレス アップ! ガンマン コスチューム!』
機械音と共に、利里はクリスタルから照射された光に包まれる。そして数秒後には、姿が変わっていた。
「なるほど、マスケット銃を使うには、銃士で、ってね。面白い、やってやるのね!!」
皮に似た素材の防護服を纏い、頭にはテンガロンハット。アメリカのごろつきにも、欧風の軍人にも見える。
昨日は満足に扱えなかった武器を手にし、《罪人》へ向かう。銃弾を放ち、相手が何か行動を起こそうとする前に、その動きを止める。弾が切れたら、すかさず補充。こうして使う分には、非常に役に立つ武器だ。
だが問題は必殺技、である。
適応した装備を纏っても、本当に使いこなせるかどうかは分からない。けれど利里は全てを掛けてみようと思った。自分を育ててくれた乃述加に、自分を慕ってくれる那雫夜に、自分を心配してくれる晶に、自分の持つ力を見て欲しかった。
「これで決まりだ!」
『エグゼキュージョン フィニッシュ!』
銃口を十字架に重ね、エネルギーを充填させる。そしてグリップを両手で握りしめ、足を踏ん張り、引き金を引いた。
「ゥオラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」
衝撃が自分にもダイレクトに伝わってくる。だが前回と違って、勢いに負けることはなかった。僅かに後ろへ移動したが、倒れることはない。エネルギー弾も真っ直ぐ敵目掛けて飛んで行った。全身を痛めつけられていたボア・ディシナは、躱すことができない。
「キャアアアアア!!!!!?????」
無抵抗のまま、悲鳴を上げて灰塵と化し、消えていった。
爆炎を眺めながら、利里は得意顔で笑う。
「これが私の――百波利里の力なのね!!」
× × ×
戦闘が終わるや否や、利里はその場にしりもちをついた。緊張が解け、力が抜けてしまったのだ。
そんな彼女の傍に、那雫夜はすかさず走り寄る。そして、平手打ちをした。
「馬鹿……。こんな無茶して、もしもまた失敗したら、どうするつもりだったのん?」
「その時は、全部あなたたちに任せたよ。もちろん、私の介護も含めてね」
那雫夜はもう一度「馬鹿」と呟くと、頬を伝う涙を掌で拭った。
続けて、乃述加も声を掛けにやって来る。
「今回の行動は、あまり褒められたものではありませんわね。結果的に処刑に成功したからいいものを、失敗していれば、あなたは『E.S.B.』を除名処分になってもおかしくありませんわよ?」
「その時はその時だよ。失敗した時のことは、失敗した時に考えればいいのね」
どこか苦しそうに笑う彼女に、皆微笑を浮かべて呆れていた。
「本当に……あなたという子は」
乃述加のため息も、利里の笑い声にかき消されていた。
帰りは武部の車で送ってもらうことになった。利里は病室へ、那雫夜は寮に、晶と乃述加もマンションへ帰還だ。
病院へ向かう途中、利里は異様な気配を感じて窓の外を凝視した。
「百波先輩? どうかしましたか?」
この感じ、覚えがある。1人目の殺害現場で感じた気配と、同じものだ。殺気でも敵意でもない、ただ存在する恐怖。隣に座る那雫夜と、彼女を挿んで座る晶が、心配そうな視線を向けてきたが、何と返事をすればいいのか分からない。前に座る乃述加と武部も気になっているようだ。
「この前いた奴だ……。この近くに、何かいるかもしれない」
震える声でそう伝える。車内に緊張が奔った。
「どこ……、どこにいるの?」
那雫夜が怯えながら問うが、利里は首を横に振った。
「駄目だ、もう感じられない。消えてしまったのね」
結局この時、謎の気配の正体は分からなかった。ただ、社内の誰もが直感していた。これから先、その正体不明の何かは、自分たちの大きな障害になると。
誰もが顔を強張らせていたその時、武部の携帯に着信があった。
「すまない、少し路肩に寄せるぞ」
速度を落として停車、そして応答する。
「はい、私だ。――そうか、何、問題はない。――なるほど見つかったか。分かった、すぐに向かう」
電話を切ると、再び車を走らせた。しかし、病院とは違った場所へ向かい始める。
「どうしましたの? このまま行くと、研究部の事務所ですわよね?」
「ああ。晶くん、君のお父様の研究室についての資料が見つかったぞ」
「え?」
「これからそれを取りに行く。付き合ってくれるな?」
「――はい!」
また一歩、父の死の真相に近づける。そう思うと、晶の心は、不安以上のもので震え始めた。
× × ×
戦闘が行われた空き地。そこにその女は立っていた。女は携帯電話を取り出し、どこかに発信する。
『はい、私だ』
コールは5回。少しだけ、応答までに時間がかかった。
「はぁい。こっちは順調に運んでる。そっちはどう? 上手くやれてる?」
『そうか、何、問題はない』
「それならいいわァ。ところであの娘たち、山奥の廃屋で暮らしているみたいよぉ? 私はこっちで忙しいし、行ってきてくれないかしらぁ? お願ァい」
『なるほど見つかったか。分かった、すぐに向かう』
そこで通話は終了した。女は笑いを堪えきれずに天を仰ぐ。真っ赤なルージュを塗った唇を裂き、呵呵大笑する。
「天は我々に味方している……ッ! さぁ精々抵抗するがいい、処刑人ども。心行くまで楽しもうじゃないか!! この甘美なゲームを!!」
日がゆるりと傾き始めていた。
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