飴玉ー騎士巫女の物語

猫3☆works リスッポ

第1話 飴玉

パムは声を出さずに暗闇に目を凝らしそれの居場所を、正体を判別しようとしていた、どす黒い混沌の渦が二人の廻りをいつから取り囲み、いつからそこに有るのかさえ認識できなかったが、それの発する悪意にパムは鳥肌が立った、その邪悪さは周囲に滲み出て侵食しパムの精神に圧力が掛かる。

こんな得体の知れない「もの」との間合いをどう取ればいい、逡巡した瞬間「た す け て!何かが入ってくるよう」

隣に座り込んでいたジャムが悲鳴をあげる、そこには暗黒から這い出した気色の悪い浅黒い触手がうねうねと妹に絡みつき始めていた。

「ジャムちゃん!大丈夫だからね!、この化け物め妹から手を離せ!」

刹那、愛用の剣を引き抜く、しかし抜いた剣の先では明るい光の中で怯えた馭者が恐怖で固まっていた。

当然だった、乗客がいきなり剣を抜いて斬りかかれば怯えないはずがない、そこにいるのは暗黒ではなくただの人族の馭者だった、そしてここは乗合馬車の中であった。

パムは慌てて謝罪する「怯えさせてすまぬ、悪い夢を見たので」他に言い方が出来ないものかと自分でも思いながら夢と現実の違和感に戸惑い握りしめた剣のつかを見つめる。

ふわりと風が吹くと同時にハラリと目の前に何かが落ちた、これは・髪の毛、馭者の方をよく見ると前髪が綺麗に水平にカットされている

「す、すまない、申し訳ない、怪我はないか」

手早く剣を鞘に戻してそばに寄って額を確認する、「うむ傷は付いていないな。」パムの腕前ならば一滴の血も流さずに頭蓋骨ごと切断することも可能だったが切れたのは前髪の毛だけだった。

だが馭者は目をこれでもかと言うほど大きく見開いて何かを呟いているが問いかけには何の反応もない、気絶している。

「こんなことには手慣れている」。肩に手をかけ喝を入れる、息を吹き返すと「なな、・・なんもさ・・」

反応が・・おかしい混乱しているのか。

こんな事になったが王国騎士の権限は絶対であって、たとえ無実であっても騎士に殺された者は、その時の騎士の判断が絶対に正しいと言う一方的なものなのだ、騎士はそれだけの恐れと責任、信頼を与えられている、その為に今でも間違いで殺された者が一方的に罪人とされてしまう事も多かった、騎士からの間違いだったとの自己申告さえも採用されるのは稀だった、そうして無実で殺された者の家族が罪人となり住処を追放され露頭に迷う、個人の人権よりも国の安全、いや権威を確保する方が重大なのだ。だが今回は間違いなく自分が悪い、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「死ななくて良かった」表情には出さずに胸をなでおろす。

馭者が正気に戻るまで暫く時間がかかったが半刻後に再び馬車は走り出した。幸いな事に馭者には先ほどの記憶はなかった、事態が把握できずに記憶が飛んだのだろうか。

馬車の通る山道は細くうねり、時には人間でさえかろうじて通れるかというほどに狭まっている、真上に位置した太陽の陽射しが眩しく照りつけ雨の後のように蒸し暑い空気に満ちている、毎年この季節は真昼でも深い森の中は薄暗く冷涼で、虫や鳥達が常に喧しく騒いでいるのだが、この数週間の異常な暑さのせいなのか、妙な静寂に包まれていた、その静まりかえっている森の奥をくたびれた乗合馬車が走る、時折車輪が外れそうに大きく荷台を揺らして、時々「ギルギル」という音を出して。馬車を引く老馬の栗毛の鬣は既に白髪交じりになり、あちこち抜け落ち疎らになっている、その老馬と同じように馭者も年老いて髪が薄く疎らになっている、荷台もいくつもの開いた穴を乱雑に釘で板を打ち付け素人補修をしていた、それでもまだ補修の出来ない幾つもの穴から向こうの景色が良く見えた。

「ぶるるるう」弱々しい鼻息を鳴らす老馬を「ほうやれほう」と老人がなだめる、狭い山道を木の葉をものともせずに照りつける太陽を見上げ、困ったようにまたもやため息をついて馬を馭しながらチラチラ後方を気にしていた。その眉間には長年の苦労によって深いシワが刻まれてその顔に影を落としていた、年老いた男は道を進むほどに山道の深い轍に馬車の車輪が嵌まり込まない様一層注意深く、老いた馬の機嫌を取りながら走らせていた。

木々の枝が迫ってくる狭い山道をギリギリ人が歩くよりは早い速さでようやっとのろのろと走る。

そしてしばらく進んだ時、馬を止めると意を決して、一人しか乗っていない乗客に話しかけた。

老人は客の鋭い眼光を避けるように目を逸らしして話し掛ける「騎士様ちと聞いていいべか、こんな辺境のど、ど田舎なんかにエルフの王国騎士様がなんの御用で。」この馬車など真二つに出来そうな見事な白く輝く剣を携えた、端正な顔立ちの細面の客は銀色の鎧に黒糸で刺繍飾りのされた模様を指先でなぞって眺めていたが呼びかけに応えて顔を上げた。

「いかにも、武装した王国の騎士が一人でこんな所にいるのはさぞかし不審でありましょう、実はこの先の村ニカワ村が私の故郷なのです。」

「ひえっ、も、もうしくぁけありませ、ごご無礼をお許しくださ、王国の騎士様い、命ばかりはお助けを。」先ほどよりもさらに血の気が引き真っ青な顔で馬車の床にひれ伏した。

「落ち着いてください、恐れることはありません、私は粗暴な野盗や魔物とは違うんですから。」騎士は困った顔で苦笑いを浮かべる、なにせさっきはいきなり剣を向けたので説得力はあまりなかったが。

「ほら、明日から星野祭が始まりますよね、それで私は3日間の休暇を与えられたので故郷に帰ってきました。でも王国の騎士は休暇中も武装が義務なので、つい気持ちまで堅苦しくなって。こちらこそ気を遣わせてしまってごめんなさいね。」できるだけ優しい口調で話してみる。

「とんでもねえ、あ、ありがとうござます、騎士様だからいつでも戦えるように気を張ってるすね、男の中の男ですね。」

「いやその・・、そんなものでは」

老人はまたも少し言いにくそうな表情でまたもや床板に頭が付くような姿勢で思い切り頭を下げる「あの、できればお里の村までお乗せしたいでが、わしも馬ももうこれ以上進めねえで、こんなオンボロですまんこってす、お許しくだせええ。」なんとも弱々しい声で訴えてくる。

「いえ、ここで降りますよ構いません、ここまで連れて来てくれて礼を言いいます、歩くのは軍で慣れているので支障ありませんから、あなたもこの先気をつけてお行きなさい、ああ、そこの先で馬車の向が変えられますね。そしてこれを」気持ちばかり多めに運賃の銅貨を渡す。

「すまんこってす」老人はさらに深々と頭を下げた。。

先の道が少し幅広くなっているのを確認して荷物と背嚢袋を手に取って馬車を降りると、馬車の方向が変わり出発するのを見送り深く深呼吸をする。

「悪いことをしたな。」

懐かしい空気、故郷の匂い、エルフの森の匂い、澄み渡る空気。

一息いれると日陰に沿って山道を歩き始めた、今日の日差しはこの時期にしては本当にきつかった。

「ほんと暑いわ」つい口に出してしまう、「もうすぐ村に着くんだからいいよね。」楽しみで口調が緩む。

正直言って帰郷するのに鎧なんて無粋で嫌だったけど、休暇中でも騎士は装備するのが常識だし。ぶつぶつ独り言を言いながら歩いていく「汗臭くなっちゃうな、臭うかな。」鎧の隙間から嗅いでみた、「んん、まだ大丈夫だわ、ちょっと湿っぽいけどまだ朝飲んだ薔薇の紅茶が仄かに香るし、汗臭くなりにくい体質で良かった。」少しほっとする、故郷が近づくにつれて本当の自分に戻ってくるような気がして頬が緩む。

それから1時間ほど歩いた、道は乾き傍に咲く紫の大きなメラスクや小さなタミンなどの花達も暑さで少ししおれてはいたけれど道は比較的歩きやすかった。

急に道が広くなり急な角を回ると先程までは何も見えなかった森の中に懐かしい村の物見櫓が見えてくる、木で作られたその古い櫓は明日に迫った祭りのために既に色とりどりの布や星神への捧げ物とで綺麗に飾り付けられていた。

「ああ、昔とちっとも変わらないわ、子供の時と同じだわ。」

居なかったのはたった1年だけなのにもう何年も留守にしていた様に呟きながら、ようやく村の門に近づくとそれを待ち構えていた様に、銀色の巻き毛の子供が駆け寄ってきた。

「パムねえちゃんおかえりなさい!きのうからず〜っとまってたんだよ。」

待ちきれない子犬の様に飛びついてきた。

「手紙着いてたんだねジャムちゃん、誰に読んでもらったの?」

構わず飛び込んで来るとその拍子におでこがごつんと鎧にぶつかった「あっぁ、このふく、いたいよぅ〜。」泣き笑いする妹に。

「よしよし。」パムはおでこをさすってあげた。

「ジャムちゃんただいま、あなたも少し見ないうちに大きくなったね」

パムは手に持っていた兜を置いた、頭を軽く振ると長い銀髪が鎧からこぼれ落ちる。

ジャムは流れる髪に見とれていた。

パムは少ししゃがむと「あら、ちっちゃいお鼻が可愛いわ。」指で軽く鼻をつつく。

「お姉ちゃんの意地悪、ジャムも大きくなったら美人になるもん。」

「なるよ絶対に、お姉ちゃんが保証する。」

縮れた短めの銀髪を左手でくしゃくしゃにして抱きかかえる。

「ほら、高いでしょ」

「もういい、子供じゃないもんやめてよ、おろしてよ。」プンプン怒って手足をばたつかせる。

「ねえねえ、ジャムの髪はどうしてお姉ちゃんと同じじゃないの?、まっすぐな髪になりたいよ。」不満そうに口を尖らせる。

「きっとなるよ」

「あ、ジャムにおみやげは?ねえおねえちゃんおみやげは?」

下に降ろすと子犬のようにパムに纏わりつく「ジャムちゃんは、ちゃんといい子にしてたかな?ちゃんとお土産持ってきてあげたからね。」

「いいこにしてたもん。」

「ねえねえおみやげなあに?」

「後でね楽しみにしいてね。」

「いやいや、いまおしえてよぅ、ねえってば、おねがいだからおねえちゃま。」

「しょうがないわね。」

パムは背嚢袋を床に降ろすとその中に手を入れた、ごそごそ探って小さなガラスの器を取り出してジャムに見せる。

「これなーんだ?。」

「これきれいね、それにいいにおいがする、ねえこれなあに?」

「これはね、いまお城の街でね流行っているの・・飴玉っていうのよ、食べる物なの、でもお姉ちゃんは先に、村長様や皆さんにご挨拶してくるからね、ジャムちゃんはいい子だからお家で待てるよね。」

「うん、ジャムいいこだからまてるもん、あ、でも、わるいこでまてないかも。」

「こら」

「えへへ」

「ジャム、おうちでまってるね」

そう言うと村の奥に小走りに駆けて行く。

パムはこの村で一番大きな家に向かい、扉を開けた、家の奥に見慣れたハゲ頭が光っている。

この村ではノックとかしなくても、村長の家は出入り自由だった。

「ご無沙汰しております村長、パムただいま帰りました、留守中にはジャムもお世話になりました。」

「おお誰かと思えば。久しぶりじゃな、ジイロの男の娘パムよこの村から騎士見習いが輩出されるとは坊やが初めてだ、こんな名誉なことはこの村始まって以来だぞ、亡き父母もさぞや誇りに思うことだろう。」

「あの、去年見習いが取れてエルフの騎士になりましたってこの前手紙出しましたよね、ね、そんちょー!」

「ん?そうだったかのう。」

昔からすっとぼけているのか天然なのか読めない村長だったが、輪をかけてボケが進んでいる様であった。

「まあともかくすっかり逞しくなったのう、しっかりと男前じゃ」

「や、やめてください体型の話は、気にしてるんですから、細い剣でも結構腕太くなるし重鎧着てるから足も太くって何言わせるんですか村長!、あ、それに私は男じゃないですよ!女の娘です!」

「そうかそうか、ところでパムは街で嫁候補は見つけたかな、この村にもお前に憧れる年頃の可愛い娘達が」

「ごふ!」

悪いけど全て言い終わる前に村長に当身を食わせて黙らせてしまった、もちろん何が起きたか分からないように。

「で、ではまた夜にきますね」

どうも村長には勘違いをされているようなので、祭りの宴の前にお風呂に入って、ドレスに着替えることにした、色気も大事だもの。

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