Ep.160 三人揃えば大胆不敵〔ライト編②〕

 魔導省の人間は日陰の任務が常である為、本部内であっても隊服のローブで顔を隠している者が殆どだ。なので、目深にフードを被り廊下を堂々と歩こうが誰も、ライトを気にしない。


(とは言え、流石にこの髪を見られちゃ誤魔化しようが無いんでな)


 近場の部屋に隠れ、懐から小瓶を取り出した。霧吹きの要領で髪に吹き掛ければ、夏の太陽のような金色が真冬の月のような銀色に変わる。

 

(作ってから日が経ってるから不安だったが、効力は問題無さそうだな)


 窓ガラスに反射する銀色の髪をかき上げれば、その右手で金色の魔法陣が淡く光る。それを手近な手袋に隠し、再びフードを深く被りなおした。


 今回、敢えて魔導省に捕らえられる策を練った際、三人が共通して懐に忍ばせたものが3つある。

 ひとつはフローラ作の回復魔法薬液ポーション。ふたつめが、幼い頃三人で遊びに出るとあまりに帰りが遅いのでと対策に持たされた、それぞれの瞳の色と同じ宝石が文字盤に埋め込まれた懐中時計。これが、いくら離れていようが寸分のズレなく時を刻む優れものであったりする。


 そして、みっつめ。それが、今しがたライトの髪色を変貌させた魔法薬。月の聖霊の魔力水で作られた、”ルナの涙“である。以前ライトの初恋疑惑(※フローラの勘違い)のあった際、彼を尾行すべくフローラが使用したその余りを3分割して持ってきたと言うわけだ。


 懐中時計で時刻を確かめ、二人と示し合わせた時刻には若干早いなと思った時。


 小さく、ドアノブの軋む音がした。軽々飛び上がったライトは金具を炎で焼き切り、天井裏の通気孔へと身を隠す。

 入ってきたのは、自分と同じ年の頃の青年二人だった。彼等は厳重に扉を施錠してから、声を潜めて囁き合う。


「おい、聞いたか?皇子達の連行と入れ違いに例の島に巫女を迎えに行った第九小隊から聞いたんだが、彼等が到着した時にはシュヴァルツの屋敷はもぬけの殻だったそうだ」


「どういうことだ?前公爵であるエイグリッド殿と孫たちはどうした」 


「それがなぁ……聖霊の巫女は勿論、更に孫たちまでがどうやら何者かに連れ去られたらしく、前公爵はその責を問われて本土のシュヴァルツ公爵邸に連れ戻されたそうだ」


「それは不味いな。シュヴァルツのガキはどうでも良いが、聖霊の巫女が居ないのではエリオット様がなんと仰るか……」


「巫女を隠したのが皇子達ならば、後程居所を吐かせれば良いだけだが……あの島にはジェラルド派筆頭の二人が居ただろう。あいつ等の手に渡っていると厄介だぞ」



 魔導省の内部が総括であるエリオットと言う男とジェラルドの派閥で二分されていることは知っていた。口ぶりからして彼等は前者の派閥であろうと、その会話に耳を澄ませる。


「四大王家を内側から崩した後に我等が長となり民衆をまとめ直すには、彼等の信仰の頂点になり得る癒やしの聖女が必須。エリオット様は聖霊の巫女を妻になさるおつもりなのだろう?」 


 その言葉を聞いた瞬間、ライトの心が激しくざわついた。それに呼応して魔力が溢れる寸前で、拳を握りしめ踏み止まった。


 ここで彼等を倒すのは容易いが、それでは潜入の意味がない。


 目線で会話し再び下を見やれば、幸い勘づかれはしなかったようで二人は会話を続けていた。


「もちろん能力、容姿、人柄どれをとってもフローラ皇女に勝る娘は居ないだろうからな。彼女をこちらに引き込めるに超したことは無いが……まぁ、だが最悪代理はある。見つからないのならそちらを替え玉にするだけの話だろう」


「あぁ。リヴァーレの王女か、あれは頭が軽そうだからな。傀儡にはうってつけだろう。リヴァーレ国王も愚かな事だ、目の前の金に釣られて実の娘を顔すら知らぬ齢50越えの男に差し出すとは」


(なるほど、そういう事か……)


 ようやく腑に落ちた。魔導省が何故あの問題しかないキャロルをイノセント学院に編入させたのか。そして、彼女の世話役にフローラを指名した理由も。


 要はあの娘は、初めからフローラの代わりの手駒でしかなかったのだ。再三迷惑を被った故に正直キャロルは嫌いだが、大人の汚い事情に振り回されている被害者であることには少しばかり、同情する。


(わかっちゃいたが、心底下衆だな。反吐が出るぜ)


 何より、他ならないフローラが、邪な理由で他の男に娶られようと狙われている。その事実に、腸が煮え返るほどに腹がたった。

 だから、小指の爪程もない小さな魔石を一つずつ。男達のフードの中に放り込んだ。


「エリオット様は容姿だけならば二十代で通じるからな。見目も麗しい。案外顔を合わせればまだ初心なお姫様方はイチコロかも知れないぞ」


「いや、報告によればキャロル・リヴァーレは留学直後から炎の皇子にご執心らしいぞ?それに確か聖霊の巫女が真価を発揮するには恋を知らなければなかった筈。街一つ容易く救うあの力だ、聖霊の巫女には既に愛する男が居ると考えた方が良い」


「あぁ、だから恋敵になり得る皇子達を……ん?何かきな臭くないか?」


「言われてみれば……って、わーっ!お前っ、ローブから火が!」


「は!?そっちこそ!何で急に!?しかも扉が開かないぞ!」


 数分で自然に消えるよう調整された炎の魔石によって、二人のローブから火の手が上がる。

 何食わぬ顔でダクトから廊下に降り立ったライトはその部屋の扉の魔力回路を弄ってしばらく開かなくし、フードの下でザマァ見ろと小さく舌を出した。


「ふん、悪どいやり方してっからだ。さて……と、そろそろ頃合いか?」


 真紅の珠が嵌め込まれた懐中時計を開き、右手の指を使い3つ、カウントを刻む。

 指針が0を指し示すと同時に、塔の2箇所でとある騒ぎが生じたが……。それを知るのは、たった3人の少年たちのみである。


     〜Ep.160 三人揃えば大胆不敵〔ライト編②〕〜







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