Ep.159 4つの要
今頃ライト達は、無事魔導省の本部にたどり着いた頃だろうか。
女だと見抜かれた動揺からか、あの後ルーナ先輩は『浴室に湯は張りましたので』とだけ言い残し一度退室した。身体も冷えてしまったしせっかくなのでと浸かった湯船の中から、妖精達が顔を出す。
『わーい、ぽかぽかだ~っ』
『みこさま、あしはだいじょうぶ?』
「えぇ、平気よ。ありがとう。それで皆、ここが島のどの辺りかわかったかしら?」
「みてきたよ!かざんの中だった!」
やっぱりそうか。正確には中ではなく、地形を利用して山に連結させた屋敷なのだろう。頭部が破壊されていて見づらいが、この浴室の鏡の枠に不死鳥を模した飾りがついていた形跡もある。
島での儀式の際この地を訪れたフェニックス王家が滞在する為の場所だったと考えれば、豪華絢爛な内装にも合点がいく。
(問題は、フェニックス王家ですら無闇に立ち入れないこの場所に何故わざわざ私を連れてきたかだけど……)
聖霊専門の考古学者であるネロさんに伺った所、この火山は謂わば“神域”の類いだと言う。中心部には何が起きても決して消せない不思議な焔が灯っており、それに四年に一度。炎の国であるフェニックスの国王が魔力を充填する儀式があるそうだ。
こう言ったいわゆる“神域”は、実は他の三か国にも存在している。
アースランドには魂を導く篝火山、ミストラルにはこの世ならざる者と面会出来るとされる黄昏の滝。スプリングには王宮の中心を支えるように天高くそびえる聖霊の大樹。
どの国もそれぞれ同じように、四年に一度その場所に魔力の補填を行っている筈なのだ。
「問題はその理由だけど……、これは詳しそうな方に聞くのが一番ね」
湯上がりの身なりを整え、妖精達から水鏡用の木枠を受け取る。
「揺蕩う水よ、聖霊の巫女の名の元に命ず。かの方に謁見の許可を」
小さく泡の音がして、宙に現れた雫達が木枠へと集まり鏡面に変わる。そこに写し出された紺碧の髪が揺れて、聖霊王が唇を綻ばせた。
『何だ、今回は紅茶でないのだな』
「それはもう忘れて下さい……!」
『はは、そうむくれるな。しかし、どうやって繋いだ?呪文はまだ教えて居なかった筈だが……』
首を傾げる聖霊王に、側で遊んでいた妖精の一人を抱えて見せた。
「この子達が教えてくれました。初代の聖霊の巫女様は、こうして
『妖精は世界からこぼれ落ちた魔力の欠片。身体を失ってもまた時がたてば蘇るのでな。寿命の概念がそもそも存在しない』
なるほど。様は人間の考える生命の輪廻から外れた存在なんだなと妖精達に目を向けてふと気づく。待って、何か皆いつもよりふた回り位大きくない……?
「あの、
いつもなら手のひらサイズのその身体は、今は両手で抱き締めて丁度良いくらいのぬいぐるみサイズになっていた。狼狽える私を他所に、聖霊王は納得した表情になった。
『まぁ落ち着け。巫女よ、今汝らはどこに居る?』
「フェアリーテイル大陸の南海域に位置する離島の、神域とされる火山です。島の名は……あっ!」
そういえば聞いていなかったと後悔して、ふと部屋の壁にかけられた絵画がこの地の絵図だと気づく。下に小さくパラミシア語で示された地名を読み上げた。
「“朱雀島”の心臓部にそびえ立つ、焔の山に」
『やはりそうか……』
嘆息した聖霊王が指を鳴らすと、空中に残っていた魔力水の泡が変形し三つの形に変化する。
白金の剣と、三日月の弓矢。そして琥珀の盾だった。
「これは……」
『前回は話しそびれたからな。この三つが、汝の指輪と同等の聖霊力を持ち、初代魔族の封印の楔となっている神具である』
「封印の楔……ですか?」
『左様。水の要だけは亡き巫女の代わりにある姉妹に任せたがな』
頷いた聖霊王曰く、魔族に操られた人間達に巫女が葬られた後、遺された3人と聖霊達は戦いの末に人間界に居た魔族の残党を聖霊の森の一角へと送り返した。しかし、唯一の例外となったのが、最初にして絶対の存在だった初代の魔族の青年だった。
既に魔力暴走を起こしていた彼だけは、同格の魔力を持ってしてこの地に眠らせる意外に手の施しようが無い域に達していたのだ。
だから古の聖霊王の遣い達は……。
『自らの魂の半分と、聖霊力の結晶であった武器を要に封印を施した。我々がつけた番人に要の守護を託してな』
そして封印が解けない様に、定期的にその要に魔力を補填する義務を4つの王家に託したと言う。これが、神域の儀式の真相だった。
『悪しき者に封印を解かれぬ様、要の祭壇は不定期に結界を用い場所を変えるよう番人に命じている。移動先は番人の潤沢な魔力の英気によって他の場所より能力が強化されるであろう』
「…フェニックスの神域であるこの山に入ったら、妖精達が大きくなった」
つまりあるのだ、今この山に。聖霊王の神具が眠る祭壇が。
『異常気象は番人の身に何かが起きた証拠であろう。探す際はくれぐれも気をつけよ』
「はい、肝に命じます」
しっかり頷くと同時に、廊下から響いてきた足音に通信を切る。水鏡の木枠を託した妖精達を隠し、豪奢な椅子にかけて振り向いた。
勇んで入ってきたソレイユ先輩が、ルーナ先輩の制止を他所に私の肩を掴む。
「今、ずいぶん魔力を使ってたみたいだけど……まさか逃げようとはしてないよね?」
「お、おいソレイユ、あまり乱暴は……」
「ルーナは黙ってて」
余裕が無いその様子に、ライトの手紙にあった彼等に関わるある懸念が頭を掠める。多分あの予想、当たってるな……。
「おい、黙って無いで何か言っ……」
「『昔々、まだ世界がひとつの名しか持たなかった頃。人と聖霊は手を取り合い、平和に暮らしておりました』」
のんびりとした語り口に先輩達の足が止まる。
魔に犯され死にかけた世界を再生した、3人の勇者と一人の巫女の物語。フェアリーテイル大陸の人間なら、誰もが知る些細な御伽噺。
それの、誰も知り得ないハッピーエンドの向こう側の物語に、今、私達は生きている。
「『……こうして四人は魔の根元を眠りにつかせ、世界は息を吹き返しました』」
「なに急に、読み聞かせ?いくら学が無い俺達だってそれくらい知ってるし……」
「『それから、四人が封印の要として遺した4つの神具が奪われぬよう、王は番人をつけました』」
「「ーっ!!?」」
目を見開いた二人が顔を見合わせる中、私は穏やかに微笑んだ。
「『その番人達は今も尚、封印を護りながら。次の使い手が現れるのを待ち続けているのです』」
「……、その話、誰から聞いた?」
「知りたいのならお話しますよ。でも……私にそれを話させる前に、先輩達も話して下さいませんか?貴方達がこれまでどんな世界に居て、今、何を望んでいるのかを」
悔しげに拳を握りしめたソレイユ先輩と、困惑したルーナ先輩が顔を見合わせる。
「どんなも何も、我々は孤児でして。物心ついた時から魔導省に……」
「あら?それは不思議ですね。なら先輩方は、教会しか知り得ない古代魔術のひとつである結界を、どうやって解術したんでしょうか?」
ライト達が私の部屋に張ってくれてた結界は、私がネロさんの工房で見つけたパラミシア語の指南書を翻訳し、その一部を適当な理由と共に彼等に渡して初めて成立したものだった。だから本来なら、魔導省の人にだって容易に解除出来る代物じゃない。
あれを簡単に無効化出来る立ち位置に当たるのは、私達が知る限りある組織一択なのである。
「先輩達、本当は、教会から魔導省に間者として入り込んで居るんでしょう?」
~Ep.159 4つの要~
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