Ep.155 新月の訪問者

 前回の復習。

 キャロルちゃん達の起こした大火災と津波を鎮めてようやく一段落したかと思いきや。今度は魔導省の人達が現れライト達を連行誘拐する現場を目撃してしまった私は、ライトの専属執事であるフリードさんに保護され安全地帯結界の部屋に強制送還されました。


「……よし、探すぞ!恋文!!」


 ジェラルドさんはライト達が大人しく捕まるなら私や屋敷の主であるシュヴァルツ家に手出しはしないと言っていたけれど、それを鵜呑みにしていい状況ではないと思う。いつ、ここにも魔導省の手が伸びるかわからないのだから。

 なので戸締まりを念入りに確認しなおしつつ然して物の無い部屋をしらみつぶしに捜索した結果、クローゼットの上段の天井裏に白地の封筒が貼り付けられているのを無事見付けることが出来た。


「発見!」


「いいから早く読んだら?」


「あ、はい。ごめんなさい」


 一人じゃ不安だから魔法陣で呼び出したブランに淡々と促されてしまった。冷たい。もう少し優しくしてくれても……。


「と言うか、それ何で蝋印が四つ付いてるの?」


「ん?あぁ、これはね、どの印の位置から開くかで中の便箋に浮き上がる内容を変えられる暗号用の魔道具なのよ」


 恐らく、今後の事態をいくつか予測して対策を書き出しておいたに違いない。私が昏睡していたから、直接話し合う前に敵襲があった場合に備えてこれを部屋に忍ばせてたんだろう。


 特殊な折り方の封筒の四隅に散る蝋印の柄は、トランプのスート。フリードさんはこの手紙の存在を私に囁いた際にわざわざ“恋文”と言ったのだから、開くべきはハートの蝋印からだ。

 ピッと広げてみれば、白紙だった中身に見る間に文字が現れ出す。そして、内容は……。


「恋文と言う名の作戦指示書ですよね、知ってた」


 ライトが私にラブレターなんか書くわけないですね!とセルフ突っ込みしつつ、綺麗な字で分かりやすく綴られたそれに目を通す。


「『書くわけ無い』って、ホント、鈍感さも歴とした罪だよねぇ……ライト可哀想」


「何よ、その白けた目は。別に恋仲じゃないんだし、そもそもライトは恋愛嫌いなんだから何も可笑しくないでしょ」


 便箋の裏側に書かれた“即火中”の指示に従い、燃え盛る暖炉の前へと移動する。


 それにあの人、正直もしも書こうとしたとしても書いてる内に気恥ずかしさで何書いてるかわからなくなって、結局『直接言いに行く!』ってなる質だと思うわ。と私が言い、私の肩に乗るブランと想像がつくと笑い合いながら、恋文作戦指示書は暖炉の炎に呑まれて消えた。
















 数時間後。結界で閉ざされ、誰にも開けぬ筈の窓が、音もなく外側から開かれた。


 冷ややかな風に頬を撫でられ寝台から身体を起こせば、銀世界になびくレースのカーテン越しに窓枠に立つ二人の魔導師。

 一人は漆黒、一人は純白。色違いで対となるローブをまとったソレイユ先輩とルーナ先輩が、無言のまま一瞬で窓枠から姿を消す。


「こんな夜中にごめんね?でも俺達、フローラちゃんにどーっっっしてもお願いしたいことがあってさぁ」


「申し訳ございませんフローラ様。非礼は重々承知しておりますが、何卒ご容赦を」


「せ、先輩方、何を……きゃっ!!」


 空気の揺らぐ気配すらさせずに寝台の側に移動してきた二人に挟まれ、ソレイユ先輩には正面から両手を。ルーナ先輩には背後から肩を強く押さえられる。


「君は過労で寝てたから気づかなかったんだろうけど、君の王子様達はうちの上司がちょっとご同行願った関係で島には居ないから助けには来ないからね。あの3人……特に炎のクソガキの目が常に光ってて、全っっっ然君とお話出来るチャンスがなかったからさ」


「そうまでして一体、私に何をさせたいんですか……!?大体、この部屋には結果が張ってあった筈です」


「ん~、それはまだ内緒。ああ、結界ってこれ?確かに、素人の癖してよく出来てるよね。流石は天才王子様、これなら普通に王宮や神殿に使える強度だ」


 でもね、と。月明かりで僅かに目視出来る窓の外に張られた薄い膜を、指先で一息に切り裂いた。


「今回のこれはあくまで、“術者が常に近場に居る”ことを想定した結界。つまり、彼等が島を離れた時点で弱まるのは必至だ。それでもあの3人の魔力なら普通だったら2、3日持っただろうに……今夜が新月で残念だったね」


 昔、ライトから聞いたことがある。

 メカニズムはまだ解明されていないが、満月の夜は魔力が強まり、逆に新月の闇夜には極端に魔力の弱まる地があると。つまり、彼等は本部と示し合わせて、私達の力が一番弱まる今夜を狙い打ちしてきたのだ。



 たまたま右手に当たっていた枕を、思い切り投げつけ寝台から飛び降りる。


「……っ!わ、私は皆が帰ってくるまでここから離れませんよ。エミリーちゃんの身体は良くなったみたいだけどまだ油断出来ないし、異常気象の原因もまだ突き止めてないんですから!」


「はは、ざ~んねん。端からお姫様に拒否権なんか無いんだわ」


 ソレイユ先輩に一瞬で八つ裂きにされた枕から、飛び散った羽毛が部屋に舞う。


 伸ばした手が扉の取っ手をを掴むより早く、ルーナ先輩に抱え上げられ、ソレイユ先輩の冷たい手に、完全に視界を奪われた。


「大丈夫大丈夫、悪いようにはしないから」


 この胡散臭い物言い、ジェラルドさんにそっくりだ。流石上官と部下なだけあるわと内心で嘆息した辺りで、完全に意識を失った。



 そして翌朝、昨夜は妹につきっきりであった為に、祖父からやむ終えず相談も無しに昨晩ライト達を魔導省に引き渡した話を聞いたエドガーは大慌てでフローラを保護していた結果の部屋に飛び込む。


 乱暴に開け放った扉の向こうは既にもぬけの殻で、フローラが羽織っていたカーディガンだけがポツンと寝台に残されていた。



     ~Ep.155 新月の訪問者~


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