Ep.138 聖霊王の水鏡
水面を鏡のようにして宙に浮かぶ木枠の向こうに微笑むは、こちらの世界の神とも言えよう聖霊王その人だった。
「
「はは、今回はお化けだと騒がんのだな。無論、本物だとも。これは我等が聖霊の巫女達と連絡を取るために作った鏡だからな」
元々人間界と聖霊の森は、空間の壁で隔たれている。更に魔族が人間界に攻めいらないよう聖霊王が森に結界を張ったことでその隔たりは厚くなり、今や行き来が出来るのは人間と契約中の使い魔のみだ。ましてやこんな通信手段があっただなんて、転生してから学んできた知識でも、ゲームの方でも聞いたことない。
唖然とする私を余所に、鏡に群がる妖精達を構っていた聖霊王がはてと首を傾げた。
「それにしても、しばし見ない内にそちらの世界はずいぶん茶色くなったのだな……?」
「ーっ!!!!わーっ!違うんですごめんなさい、今枠の中に入ってるの紅茶なんですーっ!!」
「どうしてそんなことに!?」
何てことだ、神聖な存在の筈の聖霊王様にツッコミをさせてしまった……!恥ずかしさで赤くなった顔を両手で覆いながらも、改めて情報を整理してみる。
「えぇと、この木枠はある研究者さんが研究材料として保管していたものだそうです。初代の聖霊の巫女……フローリア様の持ち物だったと言うことで間違いありませんか?」
「左様。鏡は自身を写すもの。そして、現し世以外に通ずる扉。現にかつて我々は、鏡を通じて人間達を見守っていた」
その技術を応用して作ったのがこれだ、と言われれば、確かに納得出来ないではないけれど。先程からある疑問がずっと引っ掛かっている。
「あの、先程から“鏡”と仰られてますが、そもそもこの木枠にはもとから鏡面がなかったみたいなんですけど……」
「それはそうだろう。我々が扱うのは普通の鏡にあらず。それは、聖霊の巫女の生み出す魔力の水を礎にして初めて完成する物。聖霊王の水鏡だ」
「聖霊王の、水鏡……」
そうか、これ元からお水を注いで使う物だったんだ……。私の魔力で出したお湯で入れた紅茶が入ったから、それで魔法が発動したのね。
「まぁ何にせよ、息災なようで何より。あれから何か変わりはないか?」
「ーっ!そうだ、お伺いしたいことがあるんです!」
聖霊王から水を向けられ、ようやくそもそも私がこの島に来る決め手になった内容を思い出す。“異常気象”だ。
「指輪を継承したあの日、聖霊王様は仰いましたね。魔族の力の影響で、人間界に異常気象が起こるかも知れないと。それで、実は今……」
妖精達が時計塔を消し飛ばした真下に一瞬だけ現れた謎の空間。
突如別の大陸からやって来た“聖女”と神具の貝殻に、私が見た不思議な夢と託されたさくら貝。
本来なら常夏の筈の島の真冬化。
以上の三つの不可思議な事を説明し、もしかしたら魔族の封印の緩みと関係はないかと聖霊王に問いかける。
「まず、恐らく学院の地下に現れたと言う結界は封印の要として聖具のひとつを保管していた空間であろう。本来なら人には見えんが、妖精の力で結界に裂傷が生じたのやも知れん」
「聖具って、この指輪の他にもあったのですか?」
「うむ。かつて我々が人間に与えた力は4つ。しかし、指輪以外の聖具は今、完全にこちらから遮断されてしまってどこにあるかはわからん」
「え!?封印に使ったなら学院にまだあるんじゃ……」
「それ……ーは、ー……~っ」
「あっ……!」
突然鏡面がわりになっていた紅茶が大きく波打ち、聖霊王様の声に激しいノイズがかかる。そのままテレビのようにブチンと何も写らなくなった木枠は、地面に落下し反動で溢れた紅茶にまみれた。
まだ一つ目についてしか聞けてないのにとか、通信の仕方を先にしとけばよかったとは、4つの聖具の形状とかあれやこれや聞きたいことはあるけど。まずはとにかく……
「み……水ーーっ!!!」
これ以上紅茶が染み込む前に鏡の木枠を洗わなきゃ!!!
「ーー……と、言うわけで汚してしまったんです。本当に申し訳ございません……!」
夕食前、エイグリットさんの書斎で洗い直した木枠を取り出し頭を下げた私に、仲間達がやれやれと肩をすくめる。うぅ、いたたまれない……!
「何、構わぬよ。そのままこれは貴女がお持ちになると良い。聖霊王に繋がる物ならば、聖霊の巫女が持つのが一番であろうて」
「申し訳ありません、ありがとうございます……!」
穏やかに笑いそう言ってもらっていくらか気が軽くなった。とは言え、大事なコレクションだったんじゃないかと聞けば、この木枠は正確にはエイグリットさんが選んで入手したわけじゃなくて、他の物を購入した際にたまたま一緒についてきたんだって。
「で、譲り受けたはいいがびしょ濡れなんだが?」
「だって水洗いするしかなかったんだもん……。ライトの魔法で乾かせる?」
「いやぁ、これ木だろ?聖霊の作った物だから一概にそうじゃないかも知れないけど、下手に乾かしたらひび割れるんじゃないか?」
水でしっかり紅茶を洗い流した後タオルで吸えるだけ水気を取ったその木枠をライトが困り顔でくるくる回す。そうだよね、どうしよう……。
「そんなに落ち込むことないじゃない。木の細工品なら職人に正しい処置をしてもらえばいいよ。この島、確か技量はあれど様々な理由で人里から遠退いた技術者が集まっているんでしょう?」
『なら一人くらい、それを直せる人間が居るんじゃないの』とフライが言えば、エイグリットさんが一枚の文を認めご自身の使い魔に持たせて飛ばした。
「そうじゃな。まだ明日は調査の準備は整わぬし、エミリーとの面会は今行っている治療の目処が立つ明後日以降。
穏やかな老紳士の笑みでそう告げられ、翌日、私達はエイグリットさんの旧友だという職人さんのお宅へお邪魔することになったのだった。
~Ep.138 聖霊王の水鏡~
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