Ep.137 聖霊の巫女と褐色少女

 最近よく一人だけ放り出されるな……。先日の談話室の件しかり、今日のフライ然り。エドガーはお祖父さんの部屋に戻ったし、ライト達は結局フライが怯えないように三人同じ部屋に泊まることにしたそうだから部屋の移動に行っちゃったし。

 ルビーはクォーツについていっちゃって、レインは『今のうちに訪問時お部屋の整え方をハイネさんから習ってくるわ』と行ってしまったので、ライトに貰った“魔力を込めると暖かくなる魔法石”と言ういわば魔法版カイロを持って、一人でお屋敷内をブラブラ。


 しばらく進むと、本邸と別邸を結ぶ温室らしき場所に出た。でも、貴族の温室にしてはなんだか緑率が高いな……?


(違う、これ全部薬草なんだ。エミリーちゃんの治療の為に植えてるんだわ……!)


 今は異常気象で雪国になっているが、本来この島の気候は亜熱帯。特殊な植生の為、手に入りにくい薬草もあるのだろう。その為の温室なのだ。


「……確かこの世界って、普通の煎じ薬だけじゃなくて魔法薬液ポーション有るよね。前に聖霊の巫女の儀式用に育てた花みたいに薬草を私の魔力水で育てたら、通常とは効能の違う物とか作れるんじゃないかしら……」


 エミリーちゃんの身体は今、極端な衰弱状態と聞く。滋養強壮の薬草なら何が良いかな。魔法薬液ポーションの作り方も調べないと……。


 そう考えながら少し生い茂ったクマザサを掻き分けた時、小さな悲鳴が聞こえた気がした。数回辺りを見回して、木陰に埋もれるようにうずくまっている褐色肌の少女の姿に気づく。

 この子確か、キャロルちゃんの付き添いメンバーの一人の……。


「アーシャさん……だよね?」


「ーっ!」


 ビクッと肩を揺らして立ち上がったその身体が前に傾く。咄嗟に支えて座らせて、彼女の身体が冷えきっていることに気づいた。肌の色が濃いからわかりづらいけど、心なしか顔色も良くない。

 そう言えばこの子、船から降りたすぐ後もちょっと具合悪そうだったな……。


「大丈夫ですか?」


「……っ、お手を煩わせて申し訳ございません。大丈夫です、お構い無く……っ!」


「あぁっ、ほらまた……目眩が酷いときは無理に動かないで。まずは身体を温めた方が良いわ」


 よろけた彼女を花壇わきに広げたハンカチの上に座らせ、鞄から取り出した持ち運び用のティーセットを取り出す。ミリアちゃんの件で私が魔力を込めた水には浄化や癒しの効能があるとわかってから持ち歩くようにした物だ。小瓶から茶葉を移したポットを両手で抱え、ゆっくり魔力を込める。

 数分経たずに沸いた紅茶に生姜とハチミツを入れて、カップをアーシャさんに差し出した。


「紅茶は苦手じゃないかな?大丈夫そうなら少しで良いから飲んでみて。ね?」


「……っ要らないって言っているでしょう!」


「きゃっ!」


「あっ……!」


『『あぶなーいっ!』』


 アーシャさんに振り払われた衝撃で飛んでしまったカップが空中で不自然に止まる。妖精達が何人かで集まって落下しないよう支えてくれたのだ。中身も零れていない……のは良いんだけど!


「か、カップが、浮い……っ」


「や、やだわ私ったら!偶然木に引っ掛かって落ちずに済んで良かったですわ!」


 サッとカップと妖精達を背中に隠して回収。誤魔化し笑いの私を怪訝な目で見てくるアーシャさんに聞かれないよう、小声で背中に隠した皆に声をかける。


(皆ありがとう。熱かったでしょう、大丈夫?火傷してない?)


『へいきだよー』


 その返事にほっと息をついたけど、問題はアーシャさんだ。妖精自体は見えてないとは言え、これまだ誤魔化せて無いよね……!?


「まぁ、何でもいいです。とにかく、これ以上は私に構わないで下さい。せっかくキャロル様のお友達に入れて頂いたお陰で容姿について揶揄されなくなったのに、フローラ様と話している所を見られたら皆様から何を言われるかわかりませんので。迷惑で……くしゅんっ!」


「あら……」


 タイミング悪く出たくしゃみに私は苦笑し、逆にアーシャさんは恥ずかしさに顔を赤くする。でも、赤いのは顔だけだ、指先はまだ冷えてるのだろう。血色が悪い。


 とは言え、グループのリーダーが嫌ってる相手と親しくしてしまった場合の立場の悪さは確かにわかるような気がするな……。キャロルちゃんが今や完全に私を敵視してるので、彼女のお友達も私が好きでは無いのだろう。

 本人が要らないと言っているのだから、これ以上はお節介なのかもしれない。


「わかりました。差し出がましい真似をしてごめんなさい。ですが貴女方をこの島に同伴させた以上、わたくし達には生徒会役員として、ひいては王家の者として。全員を無事に過ごさせる義務があります。お部屋に戻る前に貴女に万が一があっては困りますわ」


「……っ!」


 語気を少しだけ強くした私に、アーシャさんの眉が小さく動く。その手に、ライトがくれた炎の魔法石を握らせた。


「こちらはライト殿下から賜った、温熱効果のある魔法石です。3つあるので1つお持ちなさいな、これは命令です」


 ぐっと、私に掴まれた手首を捩るアーシャさん。しかし、私が“命令”と口にした事で観念したのか、力なく魔法石を受け取った。

 それを確かめて力を緩めると、アーシャさんが私の手を振り払う。


「……立場弱き者に権力で無理矢理ものを受け取らせるだなんて、聖女の風上にもおけませんね」


『なんだとーっ!?』


「(止めてみんな。)そうかもしれないわね。ではその“聖女の風上にもおけない”私から無理矢理それを押し付けられた貴女に、お友達の皆さんから責められる謂れはございませんよね?」


「……っ!」



 『では、ごきげんよう』と。アーシャさんに臨戦態勢な妖精達を鞄に隠して静かに歩き出す。ずっと背中に視線を向けられている気がしたけど、振り返らなかった。













 一枚扉を潜ると、隣は花が咲く普通の温室だった。こちらは憩いの場らしくテーブルが設置してあったので、そこに腰掛け息を吐き出す。


「はぁ……、思ったよりきつい言い方しちゃったな。アーシャさん、無事にお部屋に戻れてると良いんだけど……」


 溜め息混じりにすっかり冷めきったティーカップと鞄を机に置いた拍子に、鞄からパタンと何かが落ちた。


「やだ、これ初代の巫女様の鏡の枠だ!間違えて持ってきちゃったんだわ。後で返さなきゃ」


『ねーっ、なんでたすけたのーっ?』


 その妖精の問いに、曖昧に笑う。


「……そうね、あの子の“また一人に戻りたくない”って気持ちが、ちょっとわかるからかな」


 長く他人から冷たくされた心は固く、冷たくなって、ちょっとの痛みでも酷く傷ついてしまうから。傷つけられる前にと逆に攻撃的になってしまったり、他人の目に異様に敏感になってしまうことがあるのだ。


 それがわかるから、怯えた目をしていた彼女に怒る気にはなれなかった。……のだけど、そんな難しい話はまだ幼い妖精さん達には難しかったようで。


『みこさまにイジワルするやつはきらい!あのこ、みこさまのこうちゃをパーンてした!』


『つぎあったらおしおきしてやる!』


「あっ!」


  まだまだ怒りが治まらない妖精達が飛び付いてきた反動で、紅茶に満ちていたカップが倒れる。そしてあろうことか、中身が鏡面のない鏡の枠の中に流れ込んでしまった。

 慌てて枠をひっくり返すが、木が吸い込んでしまったのか一滴も紅茶は落ちてこない。


「きゃーっ!大変!これ木枠なのに!!どっ、どうしよう、とりあえずお水……っ」


 洗うために魔法で出した水泡が、鏡から溢れた波動で弾ける。


「きゃっ!もう、今度は何……!?」


『わーい!おうさまだー!』



『せいれいおうさまーっ!!』


「えっ……?」


『やれやれ、やっと繋がったか。久しいな、フローリアの跡を継ぐ者よ』


 独りでに浮かび上がった枠の向こう側で、麗しく気高き聖霊の王が微笑んだ。


    ~Ep.137 聖霊の巫女と褐色少女~



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