Ep.122 聖女と、神具と、妖精と

 ひとつの島を更に幾重にも掛けた古代魔術で拡張した学院の敷地は、言うまでもなくものすごく広い。なので、キャロルちゃんの校内ツアーは初日が中等科から女子寮付近。二日目が主要な特別施設。後日他の科やお買い物エリアなどを徐々に案内していくプランだった。……の、ですが。


「まぁフローラちゃん!あちらにたくさん綺麗なお花が咲いているわ!あれは何の建物なのかしら!」


「お待ちくださいキャロル様!また迷子になってしまいます!」


 案内開始から既に小一時間。気になるものがある度あっちへこっちへと駆け出すキャロルちゃんを押さえ切れず振り回され、結局中等科の通常棟から大分離れてしまった。もう何度目になるかわからないが、ダメ元でバラ園にはしゃいでいるキャロルちゃんを諭してみる。


「キャロル様、物珍しいものが多くて興味を抱かれるお気持ちはよくわかります。ですが、まずは生活圏内の施設をきちんと把握していないと後々困ってしまわれるでしょう?お楽しみは後日に撮っておいて、本日は校舎内部の見学を優先致しませんか?」


「あら、大丈夫よ!クラスの皆さんが移動教室の際にはぜひ案内してくれると仰有っているし、困ったときはフローラちゃんも助けてくれるんでしょう?」


 いつの間にか一輪摘み取ったバラを手に無邪気な笑みで答えたキャロルちゃんに、やっぱり上手く伝わらないなと頭痛を覚える私。と、つい頭を抱えた私の右手を見たキャロルちゃんが急に先ほどまでより一際元気な声をあげた。


「まぁ綺麗!それが“聖霊女王タイターニアの指輪”ね!?真ん中の深紅の石がとっても素敵だわ!」


 そうはしゃいだキャロルちゃんの手が、私の右手にはまっている指輪に伸びる。と、突然いつぞやの時計塔消滅事件の日のように辺りの空気がざわめきだした。


『さわらせちゃダメーっ!!』


「ーーーっ!!?」


 そう私とキャロルちゃんの手の間に飛び込んできた妖精達を慌てて抱き締めて背中に隠す。普通の人には見えない子達だけど、キャロルちゃんは別シリーズのヒロインな上に聖女様だ。多分見えちゃうよね!?


(下手に騒ぎになったらキャロルちゃんがおかしな子と思われちゃったり、逆に実験や調査の名目で妖精達が危ない目に合うかも……!どうにか上手く誤魔化さなきゃ)


『みこさま、そいつにちかづかないで!』


『そのこのまりょく、ゾワゾワしてすっごくイヤなかんじ!!』


「えっ……?」


 しかし、妖精達はお構いなしに私の腕から抜け出しあっちへこっちへ飛び回る。あぁぁぁ、もう駄目だ……! 


「……?フローラちゃん、急にどうしたの?虫さんでも居た?」


 きょとん、と目を瞬かせたその言葉に、はたと冷静になる。見てみれば、キャロルちゃんはいくら妖精が目の前を横切っても視線を一切動かさず私を見ていた。ってことは、見えて、ない……?


(はぁぁぁぁ、良かったぁ……!)


「まぁ!急にしゃがみこんでどうしたの?大丈夫!?」


 思わずへなへなと座り込んでしまった私に駆け寄ってきて、キャロルちゃんが自分の首から下げていた白金のチェーンをつまみ服のしたから引き出す。現れたのは、淡い虹色に輝く貝殻だった。


「これは私の神具なの、癒しの魔法が使えるのよ!今治療してあげるわね」


 にこっと笑ったキャロルちゃんが貝殻を握りしめ魔力を込める仕草を見せるが、私は気が抜けただけで至って健康体だ。治療は必要ないので、魔術の発動はやめて貰おうと、キャロルちゃんの手越しに神具の貝殻に触れた。


『ーー……たすけて』


「ーっ!」


 その瞬間耳を掠めた声に肩が跳ねる。キャロルちゃんが驚いたように、神具の貝殻がついたネックレスから手を離した。


「フローラちゃん、本当に大丈夫?」


「……っ!えぇ、ごめんなさい。大丈夫ですわ。少々疲れているみたいですが、わざわざ聖なる力で治療して頂く程の不調ではございません」


 いけない、心配させてしまった。神妙に告げた私の返事に、キャロルちゃんが貝殻を再び制服の内側にしまう。そして、彼女が『具合がよくないなら案内はまた明日にしてもらうわね』と笑って言ったので、今日のところはそこでお別れすることに。少し自由奔放だけど優しい子なんだな、悪いことしちゃった……。

 それにしても。


「ねぇ皆、さっき私が神具の貝殻に触ってた時……何か言った?」


『なにかいったー?』


『ぼくはしらないよー?』


『わたしもー』


 声の雰囲気的に妖精の内の誰かかと思いきや、どうやら違うようだ。なんとも言えないモヤモヤした感じに悩んでいたら、ポンと急に背後から頭を本のようなもので叩かれる。


「よお、お前がこっち来るなんて珍しいじゃん。もう少し進んだら騎士科の野外鍛練場だぞ」


「ライト!」


 鍛練着に身を包み模擬剣を抱えたライトがポスポスと私の頭を……これは、叩いているのか、それとも撫でているのか……。別に嫌ではないので大人しくされるがままになりつつ、質問に答えることにする。


「例の留学生の皇女様に学院を案内してたんだけど、色々あってさっき解散したの。私ももう帰るよ」


「あぁ……、ならいいけど。案内は結構だが、明日明後日は騎士科の方には来るなよ?週末成績決めの模擬戦があってかなり練習が激しいんだ。巻き込まれたら怪我するぞ」


「了解です!」


 びっと敬礼した私に笑って、くるりとライトが踵を返す。鍛練するの?ライトが模擬戦なんか出たら普通の生徒さん達怪我するよ、大丈夫?


『きしさま、がんばれーっ!』


「あっ!また……きゃっ!」


「あーあー、何をやってんだか……」


 ふよっと飛びながらライトに近づこうとした妖精を追いかけようとしたら、段差につまずいて転んだ。驚いて戻って来てくれたライトが、苦笑しながら手を貸してくれる。


「うぅ、ごめんね……」


「いいけど、気を付けろよ。怪我は……うん、大丈夫そうだな。ったく、相変わらずそのホワホワした小さいのに振り回されてんのな」


「えっ!?ちょっ、ライト、見えっ……」


「あ、転んだ所はみたけど別に変な物は見てないぞ。じゃあな、気をつけて帰れよ」


 言いたいだけ言って、今度こそライトの背中が鍛練場の方へと消える。

 色々新たに増えた疑念にぽかんとしばらくそこに立ち尽くす私の頭上を、三色の蝶々がふわりと飛び去って行った。



   ~Ep.122 聖女と、神具と、妖精と~


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