Ep.118 わかりあえる私達

 遠巻きに見えたルビーとレインの立ち寄っていたお店は、どうやら女性向けの装飾品店のようだった。偶然出くわすなんてついてるーなんて思いながら駆け寄ろうとして、耳を掠めたレインの声に足が止まる。


「だからそっちの色より絶対紺がいいわよ!そこは譲れないわ!」


「まぁ!それは傲慢なのではありませんか!?絶対黄色が良いですわ!レインお姉様のわからずや!!」


「(嘘、けんか!?)ふっ、二人とも、事情はわからないけど落ち着い……っ「「フローラ(お姉様)に似合うのは絶対こっちです!!」」ズコーっ!」


 って、私が原因ですかーっ!!?


 ギャグ漫画の如くずっこけた私を見て、髪留めを手にした2人がポカンと固まった。


「フローラお姉様!だっ、大丈夫ですの!?」


「ごめんなさいフローラ。来月の誕生日に合わせてルビーと贈り物をしようと内緒で下見に来たのだけど、まさか本人とこんな形で出くわしてしまうなんて……」


「う、うん、大丈夫~……ひゃっ!?」


 ため息混じりのレインの一言と同時にひょいっと後ろから抱き上げられる。私が相手の顔を見るより先に、周りからきゃーっと黄色い声が上がった。


「ははっ、また盛大に転んだもんだな。大丈夫か?」


「ライト!……み、見てた?」


「そりゃあもう、頭からスライディングする所までバッチリ」


「みゃぁぁぁぁっ!!」


 ヤダもう恥ずかしい!奇声を上げて両手で顔を覆った私をそっと下ろしてくれるライトの隣で、顔を背けて口元を片手で隠したフライと、両手いっぱいの荷物を抱えたクォーツの肩が震えてるのも見えた。いっそ素直に笑ってくれて良いよ?気を使われると更に居たたまれないので!


  てんてててんてんてんてんてん


 ……って、なんの音?


「まあまあそんなに落ち込まないで、元気出しなって」


  てんてててんてんてんてんてん


 ぴょこっと私の前に出てきたクォーツが励ましてくれるけど、その右手から軽快な音を奏でる物が気になって固まってしまった。


「あ、ありがとうクォーツ。でも右手のそれは……?」


「でんでん太鼓!今日はライトの不眠対策で色々買ったからね!」


「いや流石にそれは使わねーしフローラもそんなもんであやされる訳ないだろ!赤子か俺らは!!」


「えーっ、なんでーっ!?」


 成る程、その大量の手荷物は全部安眠グッズだったのか……と納得したところで。


「それにしても、結局皆揃っちゃったしせっかくだからソレイユ先輩とルーナ先輩も誘ってどこか行かない?生徒会の親睦会って事で!」


「「「却下」」」


 三人声を揃えた皇子トリオの一刀両断に固まる。な、何で!?


「悪いが、仕事相手としてなら付き合えるがあんな女好きな軽薄野郎とはわかりあえる気はしないんでな」


「そんなのまだお互いの事よく知らないんだからこれから変わるかも知れないじゃない」


「お互いを知るっつったってなぁ……」


 そう頭を掻くライトはもちろん、皆も乗り気じゃなさそうだ。どうしたものか……って。


「あーっ!」


「ーっ!?どうした?」


「あれ見て!」


 皆でそちらを向けば、学院では珍しい黒髪と白髪の二人の後ろ姿が見える。どうやら2人でお出かけ中らしい。


「これって、お二人のプライベートを知るまたとないチャンスだよね!」


「は?待て、お前まさか……! 」


「そのまさかです、ちょっとだけ尾行しましょう!!!」











 と、言うわけでそれから小一時間。ソレイユ先輩のナンパをルーナ先輩が殴って止める姿に驚いたり、途中見かけた数量限定スイーツのお店に気を取られた隙に見失いかけて慌てて追いかけたりしたものの……。


「距離が開いてるせいで声がまるで聞き取れない!!」


 これじゃあなんの情報も入ってこない!とむくれた私の口を、ライトが後ろから掌で塞ぐ。


「仕方ないだろ。この人数での尾行だぞ?これ以上近づいたら絶対バレるわ」


「それはそうかもだけどー……」


 でもなんかモヤモヤする。そんな私の顔を見てため息を溢したライトが、時計屋の女性店員と談笑している先輩達に目を向けた。


「『去年まであったって言う時計塔を見るの楽しみにしてたんだけど、巫女様の魔力の暴発で消えちゃったんだって?残念だなぁ

』」


「ーっ!?」


 いつものライトと全然違う声音と口調にびっくりしていたら、ライトはトントンと指先で自分の耳を叩いた。そうか、魔力による身体強化!


 フライとクォーツも声が聞き取れているんだろう。三人が、険しい表情で顔を見合わせた。


「……“時計塔”に“聖霊”に“この島で立ち入り禁止の場所”についてか。表向きはナンパ目当ての雑談に見せかけているが、狙いは十中八九で情報集めだな」


「だね。……目的まではわからないけど、フローラの力を調べたいって所かな」


「それにしても、わざわざ僕らに聞かず回りくどい調べ方して……なんか、嫌な感じ」


 ちょっとしたおふざけだったつもりが、一気に不穏な空気になってしまった。でも、どうしようと思った瞬間、徐に三人の視線が先輩達じゃなく、私達の後方に移る。


「……にしても、やっぱり間違いないな」


 そうライトが呟いて、フライも目を鋭くして頷く。


「ああ、ちゃんと気づいてたんだ?」


「当然だろ、……走るぞ!」


 突然のライトの掛け声に、一斉に皆で先輩達とは真逆の方へ走り出す。


「えっ、ちょっと尾行は!?」


「今回は諦めろ、さっきから、!」


「ええっ!?」


 ライトに手を引かれて走りながらも後ろを振り返ると、確かに暗がりの奥でなにかがキラっと光った気がした。


「全然気づかなかった……!でもそれならバラバラに逃げた方が良いんじゃ」


「誰が狙われているかもわからないのにか?バラけた途端一人だけが狙われたらどうする。安全の為にも全員一緒に居るべきだ」


「同感だね。目的がわからない以上、今回は犯人の特定より身の安全を取ろう」


「そう言う事だ。とにかく追手を撒くぞ、はぐれるなよ!」


 そうしてライト、フライ、クォーツに導かれながら走って、隠れて、また走って。ようやく付けてくる気配を感じなくなった頃には、最後に先輩たちを見たエリアとは真逆の場所まで来てしまっていた。


「やっと撒いたか、しつこかったな……」


「うん、でも先輩達見失っちゃ……いたっ!」


 ピクッと耳を動かしたブランに急に髪を引っ張られて振り返る。何するの、と怒るより早く、ブランの意図を理解した。


 私達が背にしていた目立たないお店の上、三階の辺りから声がしたのだ。


「だから!俺がどんな方法で情報集めをしようがルーナには関係ないだろ!」


 間違いない。いつもよりずっと荒々しいけどソレイユ先輩の声だ。


「(あそこの部屋かな?なら……!)ブランお願い!この木の一番太い枝まで私を運んで!」


「はいはい、言うと思ったよ」


 木の枝に立ち葉の陰に隠れながら中を伺えば、ソレイユ先輩が悲しげな表情のルーナ先輩と激しく言い争っている様子で。声を荒げているせいか、身体強化なんて使えない私でも、少しは単語が聞き取れた。


「それが自分の品位を下げる行いだとわからないのか?私達がこんなままでは、聖剣を見つけるなんて夢のまた夢だ!」


(……っ、“聖剣”……?)


「……っ、馬鹿!何でそんな所登ってんだ!」


「ーっ!」


 真下から小声で叱られてハッとなり、そちらを向いた。うわっ、高い……!


「ごめんなさい!でも、中に先輩達が居るの!」


「だからってそんな不安定な位置から覗く奴があるか!落ちたらどうすんだよ!」


「そんなドジじゃないよーっ「あれ?声がすると思ったらフローラちゃんじゃん」きゃっ……!?」


「フローラちゃん!!」


「フローラ!!!」


 真後ろで開いた窓枠に当たり、体勢が崩れる。あ、と思うより先に爪先が枝から離れていた。


 しかも落下先は、丁度皆が居る位置からは来づらい並び立つ木の幹の間。どうしよう、地面にぶつかる……!


「危ない!」


 ぎゅっと目を閉じて衝撃に備えたのと、少年らしいその声が全く同時で。どんっと感じはしたものの、予想より柔らかいものの上に落ちて恐る恐る目を開く。私の下敷きになっていたのは、鮮やかな橙色の髪にフェニックスの制服を来た美少年だった。この子、もしかして……!って、そんな推測より、まずは。


「ごっ、ごめんなさぁぁぁぁいっ!」



 静かな夕方の空に私の謝罪が響くなか、美少年は完全に意識を手離した。






 気絶した美少年を運ぶべく、寮長に事情を話して教えてもらった部屋まで全員で移動。たどり着いたそこはやたらカーテンだらけで薄暗い、飾り気のない部屋だった。

 手を翳して魔力を込めると美少年の頭のアザがふっと消える。


「ん、んん……!」


「ーっ!気がついた?」


「は、はい。俺は……、ーっ!!?」


 目を開いた途端にぎょっと目を見開いた美少年がベッドから跳ね起きた。そりゃ気絶から目覚めるなり生徒会メンバー勢揃いで自分の部屋に居たらびっくりするよね、ごめんね!!


「気絶してしまったからお部屋まで運んだの。下敷きにしてしまって本当にごめんなさい……」


「いいえ!お怪我が無くて何よりです!」


 しゅんと謝る私に対し、美少年がブンブンと首を横に振る。いい子だ。


「にしても、まぁよくあんな町外れにタイミングよく居たよね君」


「あぁ、偶然ってすごいよな。ありがとう。ところで名前は?」


「はい!よくぞ聞いてくださいました!」


 何の気なしに聞いただろうライトの両手をぎゅっと一回握りしめてから少年が部屋中のカーテンを一斉に開く。

 一気に明るくなった室内の壁を飾るのは、初等科時代から現在までを事細かに追ったライト、フライ、クォーツ、そして、私の学院での写真の数々で。一番大きく印刷されたライトの生徒会長就任時のポスターの前で、美少年が自慢げに両手を上に掲げた。


「お初にお目にかかります、自分はエドガー・シュヴァルツ。ご覧の通り、皆様のファンです!」


「「「「「「「「ヤバイの来ちゃった!!!」」」」」」」」


    ~Ep.118 わかりあえる私達~


    『この日、この時、この瞬間、私達の心はひとつになった』





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