Ep.109 魔法と力と無害な皇女

 魔法省。それは、四大国やイノセント学院でのあらゆる魔法が関わる出来事はもちろん。四大国から自治権を与えられている二つの教会の犯した罪も唯一裁くことが出来る絶対の権力を持つ特別な組織である。

 5年生の時にライトと私を襲った刺客も、フローレンス教会本部で事件を起こしたローブの男とマリンちゃんも、なんならゲームのエンディングで罪を暴かれたフローラ皇女も魔法省が管理する牢獄に収容されていた。


 そんな強大な魔法の実力と権力を持つ組織の、しかもトップレベルの人がわざわざ直々に私に会いに学院まで来ている。と言う事は……!


「わ、私、逮捕ですか……!?」


「ーっ!?馬鹿言え、それならわざわざ学院長室呼ばないで直接捕まえに来るだろ」


「そうだよ、大丈夫だからそんな角に居ないでこっちおいで?」


「ライトとフライの言う通りだよ、ほら、椅子も人数分あるでしょ?」


「そうよ、第一まだお話は何一つ始まって居ないじゃない。早合点はよくないわ、冷静に、ね?」


 部屋の角で縮こまってプルプルと震える私を皆が慌てて励ましてくれるけど、頼もしい仲間達の優しさが今は痛いです……!


「「ふふ……、はははははははっ!」」


「えっ!?」


 涙目の私に一回ポカンとしてから、学院長とジェラルドさんが同時に笑いだした。コホンと咳払いをしたジェラルドさんが私の前まで来て膝をつく。


「逮捕だなどと、他ならぬ貴方様にそのような無礼は働きませんよ。ただ、今後同じような間違いが起きぬよう事実確認に参った次第です」


「左様。端から罰する為に呼んだのではない。根本の原因がフローラ皇女に執拗に求愛していた三年の男子生徒であり、あくまで皇女の行動は正当防衛であった事は匿名で届いた証拠写真によってわかっていたのでな」


「証拠写真!?」


 ピラッと学院長が取り出したそれには、確かにチャールズ先輩に壁に押さえ込まれた瞬間がバッチリ納められていた。一体、誰が、いつの間に……?と、思っていたら、背後でザワッと空気が変わった。

 チラッと振り向くとライトとフライとクォーツの周りが、それぞれ彼等の放つ魔力の波長で大きく歪んでいてびっくり!ガタガタ窓枠まで揺れて、今にもガラスが砕けそうだ。急にどうしたの!?


「あ、あの、どうし……んぐっ!」


「貴方は火に油を注ぐんじゃないの。学院長先生、このままじゃ殿下達の怒りで部屋ごと全員消し飛びそうなのでその原因はしまって下さい」


「はっはっは、これはすまないことをした」


「いやぁ、若いって良いですねぇ。あんなに小さかったライト殿下も立派に成長されて」


 慣れた手付きで私の口を塞いだレインに言われ、学院長はあっけらかんと笑ってジェラルドさんと談笑しながらも写真を頑丈そうなケースにしまった。誰が撮ってくれたのかわからないけど、私の無罪を証明してくれる大切な一枚ですからね!失くさないで下さいね。頼みますよ、学院長!


「あのナルシスト野郎、性懲りもせずこんな真似してやがったのか!フローラに怖い思いさせやがって、退学前に一度痛い目見せてやらないと気が済まねぇ……!」


「全くだ。うちの国民としてあり得ない浅はかさだね、一度直々に性根を叩き直してあげようか」


「嫌がる女の子にここまで自信満々に繰り返し求愛出来るって、この人さぞ自分の事しか好きじゃないんだろうねー。……身勝手な自己顕示欲でフローラに近づかないで欲しいな、本当に気色悪い」


 ライトは直球に、フライは嫌味っぽく、クォーツは笑顔の中にひっそり毒を潜ませて。三者三様ながら、いつになく怒り狂った三人の様子に固まるしかない。どうしよう、この空気。


 一緒に彼等をなだめて欲しくてレインを見たら、『ごめん、無理』と一蹴されてしまった。白状な友め!


「いやぁ、皆さん大変お冠ですね」ぇ


 物理的にもピリピリした空気をてんで気にしないジェラルドさんが明るく笑ってローブの懐に手を入れる。出てきたのは、大人の頭ひとつ分以上の大きさの特大の水晶の塊だった。


「丁度おあつらえ向きな物もございますし、その怒り、存分に発散して頂きましょうか」










 学院長室から連れていかれた先は、高等科の敷地にある武芸大会用の闘技場。そのど真ん中に、ジェラルドさんがさっきの特大水晶セットして振り返る。


「これは通称APCと言い、我々魔法省が職員の能力値、或いは捕縛した罪人の危険度を数値化……」


「罪人!?」


「……貴女の事だとは言ってませんよ。話を最後まで聞いてくださいフローラ様。とにかく、ようはこちらの魔鉱石付の測定装置に魔術を撃ち込む事でその術者の力量を測ることが出来るのです」


「健康診断の時に使ってる魔力測定装置マジックパワーポインターとは違うんですか?」


「あれとはまた判定基準の違うものになりますね。実際にやって見せましょうか」


 ローブから手を空に掲げたジェラルドさんがパチンと指を鳴らすと、巨大な氷柱が現れて闘技場の中心の測定装置を貫いた。そしてシュウゥ……と蒸気が晴れた空中に、電光掲示板みたいな文字で『5000AP』という文字が現れる。


「おぉぉぉ……!?」


 何これおもしろい!でも、あの数値って高いのかな?

 初めて見たものだからいまいち基準がわからないなと皆で思わず顔を見合わせると、ジェラルドさんが苦笑しつつ一歩右にずれてレインを手招きした。


「まぁ難しく考えず実践してみましょうか。ではまず三つ編のお嬢さん、こちらへ」


「は、はい!」


「レイン、頑張って!」


 私の声援ににこっと笑い返したレインが、小さく深呼吸をした後水の魔力を矢にしてAPCに放つ。スコーンっと小気味良い音をさせて貫かれた後、ふわりと空中に『410AP』の表示が現れる。それを見たジェラルドさんが『なかなかの数値ですね』と呟いた。


「そうなんですか?」


「えぇ。平均値としては、初等科低学年で50前後、高学年で50以上150未満。中等科ならば全体で150~600の範囲、最高レベルでも1000~2000程です。進学したばかりの一年生で400超えならばまずまずですよ」


 そうなのか、これで何が証明されてるのかはいまいちわからないけど力比べゲームみたいでちょっと楽しそうかも?


「先ほどはお試しだったので軽めに撃ちましたが、最大数値は9999APなのでそう簡単には壊れませんので鬱憤を晴らすにもってこいでしょう。さて、どなたからなさいますか?」


「はいはーい、じゃあ僕がやるよ!」


 まだピリピリしてるライトとフライを押し退けて元気に前に出てきたクォーツが闘技場の大地に両手をつく。一瞬地面が光ったと思ったら、クォーツの居た場所の土が10メートル程盛り上がって巨大なゴーレムに変わった。

 そのままゴーレムが腕を振りかぶりゴォォォンッとAPCをぶん殴る。音だけ聞いてもすっごく痛そう……!さて、結果はどうかな?


「3900APかぁ……もうちょっといけるかと思ったんだけど」


「またまたご冗談を。3000APで魔法省の高位魔導師の平均レベルですよ。齢14でその数値なら十分でしょう」


 残念そうにしているクォーツにジェラルドさんが苦笑いで言うけど、それって何だか凄いことなのでは!?


「そうだよ!だって普通の中等科生なら学年トップレベルで2000位なんでしょ?その倍近い威力だよ、すごいよ!」


「そう?フローラに褒められると嬉しいなぁ」


「……クォーツ退いて、次僕がやるから」


 と、何だかムッとした表情のフライがクォーツを押し退けてAPCの前に向かう。クォーツと対照的に高らかに天に構えられたフライの指先がパチンと音を鳴らすなり、闘技場全体が揺れる程の竜巻が起こった。


「ちょっと、然り気無く僕のゴーレムまで切り刻むの止めてくれない!?」


「ふん、抜け駆けした君が悪いんだろ」


「???」


 そんなよくわからない口喧嘩の後、竜巻はそよ風に変わって消えていった。そして現れた数値はなんと4700AP!後一歩で筆頭魔導師であるジェラルドさんにも届きそうな値に皆びっくりだ。


 数字を指差し顔を見合わせる私とレインのリアクションに満足したのか、フライが軽く髪を払って立ち位置を譲る。流れ的に次はライトの番だ。

 じっと全員から見つめられたライトをジェラルドさんも『さぁどうぞ』と促すけど、ライトは動かない。どうしたんだろう、いつもならこう言う勝負事に真っ先に食い付くタイプなのに。


「……これはフローラの力量を測る為に持参した物だろう。俺達全員にやらせる意義はあるのか?」


「比べる対象が無いとフローラ様自身ご判断がつきかねるでしょう?いいじゃないですか減るものじゃなし。それに鬱憤晴らしにもなりますよ。さぁ、全力でどうぞ」


「……そうかよ。相変わらず胡散臭いおっさんだな」


 喰えない返事に興を削がれたのか、ため息をひとつ溢したライトが近場にあった模擬剣を構える。うねる炎を纏った一太刀がAPCに叩き込まれた。


 ピッと小さくヒビの入った音がした後、現れた数字はぴったり5000。お手本の時のジェラルドさんと、全く同じ数字だ。


「……魔力の威力は相変わらず化け物染みてますねぇ、宣戦布告ですか?」


 面白そうに上がった口角を片手で隠しながら問うジェラルドさんに対し、魔力に耐えられず灰になった剣を投げ捨てたライトが『さぁどうかな』と笑う。ライト、もしかして調節してあの数字にしたの!?


「まぁ良いでしょう。さて、最後はフローラ様ですね。難しく考えず、普通に撃っていただいて構いませんので」


「はい!」


 なんと言うか、クォーツ、フライ、ライトの三人が規格外過ぎて逆に緊張はほぐれてしまったようだ。ただ、『平均くらいにはなるといいなー』なんて軽い気持ちで、組んだ手の中に水球を生み出す。


「行きます!」


 ドッジボールの要領で投げた水球がAPCに当たって弾けると、さっきのライトの番で入ったヒビがシュウゥと再生していく。そして続いて空中に、巨大な”ZERO“の表記が浮かんだ。


  ~Ep.109 魔法と力と無害な皇女~

    


 




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