Ep.108 巫女様は天然小悪魔
時計台の跡地で突然倒れたライトに下ったお医者様の診断は、“過度の睡眠不足と疲労+軽度の熱中症”との事だった。いわゆる過労である。
そしてそれから一週間、ライトは学院に来ていない。
「と、言うわけでブラン、今日もお願い!」
「えぇ、またぁ?もういい加減直接会いに行けば良いじゃん!」
「駄目だよ、療養中なんだから負担になっちゃうもの。でも嫌なら仕方ない、今日は諦めるわ。残念だなぁ、ライトのお見舞い作った時にブランへのお礼にマタタビいりクッキーも作っといたんだけど……」
「飛ばせて頂きます!」
よし、交渉成立!ちなみにこれ、この一週間毎日やり続けたやり取りである。
ブランに抱えて飛んで貰い、こっそり男子寮のライトの部屋の外側に個包装したお菓子の包みを置いて、誰にも気づかれない内に撤退する。これが今の私の日課だ。
(今日もカーテンは閉め切られたままか……、そんなに具合悪いのかな)
厚手のカーテンに覆われた窓からじゃ、中の様子は見えない。そっとクッキーを置いて窓辺を離れようとした時、急にカーテンごと窓が開いた。
びっくりして体勢を崩した腕を引かれて、そのまま部屋の中に引っ張り込まれる。
「よーし、掴まえた」
「え……、え、え!?ライト!?どうして……っ」
「どうしてじゃないだろ、これだけ毎日来ておいてバレてないつもりで居たのか?」
私を抱き止せたままいつもと変わらない笑顔で笑うライトにほっとする。よかった、顔色も悪くないし元気そう……って、そうじゃなくて!!
「起きてて大丈夫なの!?具合は!?」
「はは、落ち着けよ。見ての通りもう大丈夫だ。ただ少し夢見が悪くてな……よく眠れないせいで安静期間が伸びちまって参るぜ。まぁあと三日も休めば普通に授業も出られるから、心配すんな」
「そっか……。なんだ、よかったぁ……」
安心して力が抜けてペタンとその場に座り込むと、『服汚れんぞ』とそのままひょいと抱き上げられてソファーに下ろされた。
「元気そうで何よりだけど、よく来てるのが私だってわかったね」
「あのな……、ご丁寧にいつも貰ってた菓子と同じ赤いリボン付きの物が届けばいくら俺でも誰が来てるか位気づくわ。ったく、俺が居ないのがそんなに寂しかったのか?」
腕組みをしてソファーにもたれいたずらっぽく笑うライトのその言葉に、うなずいた。
「うん、寂しい」
「え……」
「寂しいけど……、無理してライトに何かあるほうがもっと嫌だから、しっかり休んでね」
「……っ!」
真っ直ぐ目を見て微笑んで答えるとパッと視線を逸らされてしまった。
「ちょっと意地悪する気が返り討ちにあってやんの」
「うるせえぞ白猫……!」
どうかしたのかと首を傾げて、口元を片手で覆ったその頬が赤くなっていることに気づく。
「……あっ!もしかして、また熱上がって来ちゃった?具合悪いのに無理させちゃってごめん、もう帰るね!」
「いや、待て、違っ……」
「ブラン、行こ!」
「はぁ……、りょーかい」
ブランに抱えてもらってそっと外に舞い上がる。窓から顔を出しているライトに最後にもう一度振り向いた。次はいつ会えるかわかんないからね。
「待ってるから、早く元気になってね!じゃあバイバイ!」
ヒラヒラとフローラが手を振り終わったタイミングでブランが窓際から天高く飛び立つ。すぐに遠くなった窓の向こうでしゃがみこむライトの呟きが耳を掠めて、ブランは抱えた主人に思わず声をかけた。
「フローラってさぁ……、すっっっっごく鈍いよね」
「え?失礼ね、私体力ないだけで別に反射神経は悪くないのよ!」
真意が上手く伝わらないのもまぁ予想通りだ。
(僕、人間の言葉にはあんまり詳しくないけど知ってるよ。こう言うの、天然小悪魔って言うんでしょ?)
転生者で、悪役令嬢で、天然小悪魔で、一国の王女にして聖霊の巫女。そんな肩書き多き主人の未来を案じ、ブランはもう一度小さくため息をついた。
一歩その頃。ライトはフローラ達が飛び去った窓際から動けずに居た。あの子はいつもそうだ。掴まえたかと思えば、いつもすぐに腕をすり抜け居なくなってしまう。それがどうにも悔しいと言うか、もどかしいと言うか。
いや、今はそんなことよりも、と無意識に胸元を押さえる。
「……っ、ドキッてなんだよ……!」
相棒の白猫と共にあっという間に遠ざかっていくその姿が見えなくなるなりそう呟いて、ライトは窓側の壁に背をつけズルズルとその場にしゃがみこんだ。
ちなみにその日の夜。
「まだ全快してないのに明日から学院行くって言って聞かないんですけど、フローラ様うちの
「えっ!?」
訪ねてきたライトの専属執事のフリードに唐突にそう言われたフローラが困惑し、ブランとハイネがやっぱりかとため息をついたのはまた別のお話。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ライトもすっかり回復し、またいつもの日常が戻ってきた頃のある日。私は学院長から直々にお呼び出しを喰らった。
(これってやっぱり、時計台が消し飛んだ件のお話だよね……!)
その件に関してはあまりに急だったから謎な事も多いし、ライトが倒れたことで生徒会の業務が押してたこともあって『調査が終わり次第報告する』って話で一旦保留になってたんだよね……。
学院長室の豪奢な扉の威圧感に、ノックをする直前で固まってしまう。
「どうしよう、責任取って退学とかになっちゃったら……」
「だっ、大丈夫だって!別にお前が破壊した訳じゃないんだろ?少しお咎め喰らう位だよ。……多分」
「そうそう。どんなに事件を引き込む台風の目だろうと君の能力と立場を考えればおいそれと追い出しは出来ないでしょ。まぁ事の次第によっては待遇は悪くなるかも知れないけど……」
「ま、万が一学院に通えなくなっちゃっても長期休みには必ずミストラルまで会いに行くから!ね、元気だしてよ!!」
「「クォーツ、それフォローになってない!」」
一緒に呼び出されたいつもの面子が声を揃えてクォーツに突っ込むけど、ライトとフライのフォローも大概だと思う。慰めるならせめて最後までちゃんと慰めて!
「うぅ、恐いよー……」
「大丈夫よ、フローラだけじゃなく皆一緒に呼ばれたのだから、きっと退学の話ではないわ。さ、入りましょう」
「レイン~!」
背中を擦ってくれるレインの腕にぎゅっとしがみつく。ありがとう、貴方は本当に頼りになるお姉さんだよ!同い年だけど!! なんなら魂的には私のが年上のはずだけど!この際気にしません。頼もしいです。
「……フライ、女の子同士なんだからそんなレインの事睨まないの。羨ましいのはわかるけど」
「は?別に睨んでなんかないけど!?」
「おーい、馬鹿やってねぇで全員身なり正せよ。開けるぞ」
騒がしい後ろを嗜めたライトが先頭で学院長室の扉を開く。扉の向こうには当たり前だけど学院長が居て。
それと別にもう一人、見慣れない格好の人がゆっくりとこちらに振り向いた。紫紺のビロード地に金糸と銀糸でふんだんに刺繍がなされた満天の星空みたいなローブの男性が、被っていたフードを徐に下ろす。露になったその顔を見たライトが眉をひそめた。
「ライト、お知り合い?」
「あぁ、まぁな……。一応、恩人だ」
恩人なのに“一応”とはこれ如何に。皆のそんな空気は気にせず、ローブの男性が歩み寄ってくる。で、結局貴方はどちら様?
「御初にお目にかかります、新たな聖霊の巫女様。私は今回の件の調査を任されました、魔法省教会管轄部筆頭魔導師、ジェラルド・ミッドナイトと申します」
『以後お見知りおきを』とあくまで丁寧な物腰で、この世界の魔法を統治する組織のトップクラスであろうその人が至極穏やかに微笑んだ。
~Ep.108 巫女様は天然小悪魔~
『純真無垢な天使の笑みが、彼等の心をかき乱す』
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