Ep.99 誘いの手の主

「落ち着いたか?」


 穏やかに降ってきたその声に小さく頷いた。

 どれくらい泣きじゃくったのかはわからないけど、少し心が軽くなった気がした。ここ最近色々な事が有りすぎて、自分で思うより気が張ってたのかな……。


 泣きすぎで少し腫れた目蓋を覆うように聖霊王様の手が触れる。ひんやりした感触がして手を外された時には、腫れがすっかり引いていた。聖霊特有の、癒しの力だ。


「まだ幼い少女に突きつけるにはあまりに酷な歴史だったか。すまないことをしたな」


 その言葉に慌てて首を振った。


「そんな事ありません!人間に都合良く改竄されてない事実を知ることが出来てよかったと思います。ただ……先ほどの歴史をわざわざ隠蔽してまで聖霊の巫女の話を秘匿とした、その理由がいまいちわかりませんが……」


 かつて四大国を作った人間達は、聖霊の王に選ばれし救世の英雄だった。彼等はそれぞれに与えられた聖具を使い、魔族を長い眠りにつかせて世界には平和が訪れました。

 その背景にある多くの悲しみは別として、大筋だけ切り取れば別に普通にそのまま絵本にしても問題無さそうな話だ。だからこそ、わざわざ秘密にされていた事を疑問に思ったのだけど。


「そう……だな。その理由はまた、次にしよう。その方が良い」


 目を細めて笑う聖霊王様の哀しい微笑みに、今はこれ以上踏み込んではいけないのだと察した。



「オーヴェロン、そろそろ時間が近いぞ」


「ーっ!そうだな、本題に入らねば」


 女王様に囁かれハッとなった聖霊王様が、真剣な面持ちで私の手を取った。


「長年魔族の封印の要の一つとして眠りについていた指輪が、何故今になり覚醒し新たな持ち主を求めたのか。それは、かつての英雄達が施した封印に限界が近づいて居るからだ」


「……っ!それって、また人間界に大きな争いの時代が来てしまうってことですか!?」


 冗談じゃない。そんなことになったら、ゲームのバッドエンドシナリオでミストラルだけが滅ぶよりももっと大きな犠牲が出てしまう。

 そう青ざめた私の額を、今度は女王様の手が軽く小突いた。


「安心しろ、そうならないようこちらもすでに動いている。全く……早とちりな面はフローリア譲りだな」


 懐かしげな表情で呟かれたその名前が、初代の聖霊の巫女様だろう。フローレンス教会の名前は、多分巫女様の名を頂いて決まったんだろうな。


「失礼いたしました。それで、その対策とは?」


 気を取り直して訪ね返すと、二人の視線が何か言いたげに私に向いた。思わず、自分を指差して首をかしぐ。


「……え?まさか、私ですか!?」


「「他に誰が居ると言うんだ」」


 さも当たり前みたいに、声を揃えて返される。え、えぇぇぇ……!?


「フローリアは、遥か先の未来でいつか封印が解けてしまうことをわかっていた。だから我々に託したのだ。自分の力を遥かに凌ぐ、新たな巫女誕生の予言をな。そして今日、彼女の血を継ぐフローラ王女、そなたが“聖霊女王タイターニアの指輪”に認められた」


「……っ!で、でも私、本当のフローラ王女じゃなくて……ーっ!」


「皆まで言うな。わかっているさ、“異界”から誘われし清き魂の乙女よ。何の問題もない。そなたの魂は、他ならぬ聖霊の巫女に見初められ、その身体に誘われたのだから」


 『向こうで息絶えた時、誰かに手を引かれただろう?』と問われて、ハッとした。

 あの時、暗い“無”に沈みかけた私を優しく引っ張りあげてくれた手。あの手が、初代巫女様の手だったんだ……!


「封印の地は、そなた達若い貴族達の学舎であるイノセント学院。そこに強い光の加護を持つそなたが居るだけでも、封印の持続はかなり延長出来よう。しかし、それでは単なる時間稼ぎにしかならん」


 確かにそうだ。なら、どうしたら……?


「もう一度封印をし直すにせよ、何か別の解決策を探すにせよ、あと三つの封印の要……すなわち、私が人間達に与えた聖具が必ず必要になる。それを、探して貰いたい」


「ーっ!成る程……。でも、手がかりもないのにどうやって……!?」


「問題はない」


 パチン、と聖霊王様が指を鳴らすと、お母様に持たされた御守りの翡翠色の石と琥珀色の石が宙に浮かび上がる。そのまま飛んできた二つの石は、“聖霊女王タイターニアの指輪”の窪みにぴったり収まった。


「これは、三つの聖具に与えた属性の力を結晶化させた物だ。この石とその指輪が、必ず聖具の元へ誘ってくれるだろう。ん?そう言えば炎の石はどうした?」


「あ!す、すみません。赤い石は今ライトに御守りとして貸しちゃってて……!」


「炎の皇子に……、成る程なぁ。今の所その男が優勢か?」


 ワタワタ慌てる私を見て、何故だか聖霊王様がいたずらっぽく口角を上げる。な、成る程って、何がですか?


「在りかがわかっていれば問題はない、あとで炎の石も指輪にはめると良い」


「は、はい!」


「それから、聖具の力が弱まると、封印の軋轢によりその付近には異常な出来事が起こるだろう。それも手がかりになるやも知れん。同時に、その異常の解決の為に大変な目に合うかもしれんが……」


「それは大丈夫です!私、人の役に立てるの好きですから。せっかくいただいたこの指輪と私の魔力で、その異常に苦しむ人達を助けられるなら、目一杯頑張りますよ!」


 ふんっと気合いを入れて拳を握りしめる。一瞬ぽかんとした聖霊王夫妻が、同時に吹き出した。


「はははははははっ!そうか……なんとも頼もしい限りだ。とは言え……今そなたが持つ魔力は、初代巫女から引き継いだ癒しと浄化の能力のみだ。戦いには少々不安だな」


 突然ぎゅうっと抱き締められた。目をパチパチさせていると、聖霊王様から額に口づけが落とされる。


『穢れなき魂を持つ聖霊の愛し子に、万物を強化せし我が加護を与えん』


 ぽわっと辺りに舞い上がった金色の光の粒子が私の身体に流れ込んで消えた。そのまま今度は、女王様にも背中から抱き締められる。また、額に柔らかい物が触れた。


『世界に愛されし聖なる少女に、降りかかる全ての厄災を弾き返す我が祝福を与えよう』


 また、ブワッと金色の光が舞い上がり流れ込んでくる。何が起きたのかわからなかったけど、水鏡に写った自分の顔を見て気づいた。水色から薄いピンクになっていた私の瞳の一部に、綺麗な金色が混ざったことに。


「自分はもちろん、仲間の魔力や身体能力を高める事が出来る強化魔法と」


「どんな強い攻撃や災害も防ぐ事が出来る、結界能力を授けた。貴女と貴女の愛するもの達に危険が及ぶ時は、この二つの力と貴女を愛する人間界に聖霊達が、必ず力となるだろう」


「あっ、ありがとうございます!」


 ペコッとその場で深く頭を下げる。それと同時に、足元がふわっと軽くなった。


「ずいぶんと遅くなってしまったな。服までは修復出来なかったが、身体の傷は全て治したはずだが……痛む所はないか?」


「はい、大丈夫です!」


「それは何よりだ。では、そろそろ人間界に帰ると良い。お迎えが来ているようだからな」


 『お迎え?』と首を傾げるより先に、聖霊王様達の姿は見えなくなった。


 フローラを人間界に転移させた聖霊王に、女王が呆れたような眼差しを向ける。


「どうせなら服も治してやれば良い物を……。あれでは外傷が無くとも一度致命傷をうけた事が丸わかりではないか」


「だからこそだろう。聖なる力の源は愛だ、彼女は自分が周りを愛するだけでなく、自分がどれだけ周りに取って大切な存在なのかを自覚して貰わねばな」


「まぁ、それは一理あるが……」


「それに、あと三つの聖具の持主の覚醒を促す為にも、己の想いを自覚させる刺激が必要だろうからな。フローラ王女の傷ついた事実を知ったあの男共がどう出るか楽しみだ。少し覗いてみるか」


 ウキウキした感情を隠さない弾む声音で悪趣味な提案をする夫に、聖霊女王はため息を溢す。

 その二人の前の水鏡に写し出された人間界では、空中に転移したフローラが真っ逆さまに落ちていく姿が見えるのだった。



   ~Ep.99 誘いの手の主~


 『救世の乙女に誘われ、いじめられっ子は生まれ変わった』


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