Ep.100 聖女になった悪役王女はメインヒーローに求婚される

 パッと転移させられたそこは、上空100m位の何の足場もない空中でした。


「きっ、きゃあぁぁぁぁぁっ!!」


 嘘っ、落ちる落ちる落ちる落ちる!!慌てて空中で手をパタパタさせるけど、掌が虚しく空を切るだけだ。

 でも、地面まで秒読みになってもう駄目だと目を瞑った瞬間急に草影から飛び立ってきた誰かにガシッと抱き止められる。落下の速さが怖くて目を開けられないまま、助けてくれたその人の背中にぎゅううっとしがみついた。


「……ったく、いくら恐かったからって顔も確かめず男にしがみつくのはどうかと思うぞ」


 ようやく地面に辿りついた頃、聞き慣れた声でそんなお小言が落ちてきた。お姫様抱っこされたまま恐る恐る目を開けると、鮮やかな金髪と深紅の瞳が間近に現れる。


「ら、ライト……?」


「……あぁ。ったく、またお前はどんな無茶、を……ーっ!」


「きゃっ!」


 いつもみたいに呆れたように、だけど優しく微笑んだその顔から急に血の気が引いた。どうしたんだろうと思うより先に、真っ青になったライトに肩を掴まれる。


「どっ、どうしたの?」


「どうしたじゃないだろ……!お前、一体どうしたんだ、この出血と焼けた服!!!」


 怒鳴り付けられて改めて見た私の服は、肩から足首まであちこち焼け切れて煤け、更にはお腹の辺りが一面血で赤くカピカピに固まっていた。幼馴染みのこんな格好を見たらそりゃあびっくりしただろう。私の両肩を掴んでいるライトの表情からも、これは不味いと慌てて言い訳タイムに入る。


「は、話せば長くなるんだけど、お腹のマリンちゃんに刺された傷は聖霊王様が治してくれたから大丈夫だよ!ただ、試練の最中にマリンちゃんが聖霊の巫女様の指輪を暴走させちゃって大火事が起きてね、それを止めなきゃって咄嗟に火の中に飛び込んだからお洋服がこんなになっちゃって、その……『上手に焼けました!』みたいな?」


「……っ!馬鹿野郎!!お前……っ、自分がどれだけ危険な真似したかわかってんのか!!!」


「ーっ!!」


 力一杯怒鳴り付けられて、ビクッと肩が跳ねた。肩を震わせているライトの顔が本当に真っ青で、今さらながら自分の行いがどれ程無謀だったのかを痛感して。俯いて、血染めのスカートをぎゅっと握りしめた。


「ごめん、なさい……」


 ライトの膝に抱えられたまま、しゅーんと小さくなる私。重たい沈黙の後、ライトが長いため息を落とした。


「ったく、お前って奴は……!」


「あっ……!」


 痛くないけど抗えない位の優しい力で抱き締められる。


「反省してるなら良い。……無謀だったのは事実だが、お前が指輪を止めたお陰で奇跡的に死傷者は0だった」


「……っ!良かったぁ……!!」


 死傷者0。何より嬉しいその報告に、無意識に呟いてしまった。こん、と私に額をあわせて、ライトが息をつく。


「この御人好しが。……ったく、よく頑張ったな。痛かったろ」


 もう完治してるその傷があった位置を、ライトの指先が優しく撫でてくれる。その仕草があまりに優しすぎてじわっと目頭が熱くなって、バレないように彼の胸にすがりついた。

 ビクッと、ライトの身体が一瞬強張って。抱き締められる力が強くなった。


「本当、危なっかしくて目を離してられねー奴だな。いっそ、一生俺の目が届く所に居て欲しい位だ」


 怒りは収まったのか、呆れ混じりに笑いながらそう言ったライトの背後で、茂みががさりと大きく揺れた。


「ーー……求婚ですか?」


 そうライトに問いかけたのは、ガサッと音を立てて茂みから飛び出してきたハイネだ。びっくりして固まる私達を凝視して、もう一度ハイネが繰り返す。


「今のは求婚プロポーズですか?」


「え……、えっ!?」


「え……~~っ!いや、ちょっ、待っ……違う!そう言う意味じゃない!!!」


「じゃあどういうつもりだったのか、僕にも詳しくお聞かせ願いたいね」


「きゃ!……え、フライ!?」


「フローラお姉さまーっ!ご無事で何よりですわーっ!」


「学園長のご厚意で駆けつけさせて貰えたの。本当に、生きてて良かった……!」


「ルビーにレインまで……!ありがとう、心配かけてごめんね」


 いつの間にか駆けつけてきたフライが私の腕を引っ張ってライトから引き剥がす。そのまま、フライの背後から飛び出してきたルビーとレインにまで抱きつかれた。


 おいおい泣いてるルビーをなだめながら、ようやく安心できる場所に帰ってきたなぁと実感する。久しぶりの穏やかな空気が美味しいです。……が、ハイネだけはまだライトをじっとりと睨み付けている訳で。


「それで、先ほどのお言葉は姫様への求婚プロポーズですか?」


「だから違うっつってんだろ!しつこいなフローラの専属侍女は!!」


「ハイネに疑われるのも無理ないんじゃない。君すでに5年生の時の前科があるし、自業自得」


「そうですわライトお兄様!フローラお姉さまにはお兄様と結婚して我が国にお越し頂くのですから、抜け駆け厳禁です!!」


「それは聞き捨てならないわね、ルビー。フローラは私達の国、ミストラルの皆に愛される王女ですから。そう簡単に余所の国になんて渡せないわ」


「え!?あ、あの、皆、落ち着いて……!!」


 何がなんだかよくわからないままバチバチと散り始めた火花にオロオロする私。ひょこっと木陰から顔を出したフリードさんが、『あちゃー』と言いつつも面白そうに笑っているのが見えた。


「これはこれは……四大国の王族三人に自国の貴族にまで取り合われるとは、大人気ですねぇフローラ王女殿下?」


「もうっ、からかわないで下さい!元はと言えばライトの何気ない言葉をハイネが変な風に勘ぐるからいけないのよ!?」


「申し訳ございません。しかし、フェニックスからは既に何度か姫様への婚約の申し入れも頂いておりましたのでどうしても聞き捨てなりませんでした」


「えぇっ!?」


「はぁ!?それ俺も初耳なんだけど!?」


「あくまで政治的理由で陛下がお決めになった仮婚約ですからね~。『娘の意思を尊重する』って保留にされたみたいですし。まぁどうせ貴方自分で今求婚しちゃったんだから良いじゃないですか。で?フローラ様としてはどうですか?うちの王子様は」


 からかうようなフリードさんの物言いに皆の視線がザッと私に集まる。

 ライトと結婚!?ライトのことは信頼してるし大切な幼馴染みだけど、好きとかそう言うんじゃなくて、そもそもライトはメインヒーローで私は悪役王女で、だから、だから……!!


「え、あ……えっと……ご、ごめんなさい?」


「お前もそんな真面目に断るんじゃねーよ、その気が無くてもなんかすげー傷つく!!」


「ふっ、ダッさ。フラれてやんの」


「うるせーぞフライ!お前だって潜入の為に男のプライド捨てたんだろうが!!」


 女装した件のことだろう。ライトのその言葉にフライの空気がピシッと凍った。


「はぁぁ!?あれは元はと言えば君の提案でしょ!?はっ、大体王族同士の国際結婚なんて周りの貴族への根回しとか親族の力量を均等に分散して政治を行う慧眼とか、何より嫁いできた相手が幸せである為の心遣いが必要な繊細なものなんだから、ライトにそれをこなせる器量なんかあるわけないよね!」


 美しい翡翠の髪を片手で払ってフライが早口に捲し立てる。かちんっとライトの頭から音がした気がした。


「……っ!そんな事ねえよ!」


 売り言葉に買い言葉。まさにそんな感じで立ち上がったライトが、なぜだかフライじゃなく私に向き直る。


「フェニックスは元来四大国な中でも安定して強い地位にあるから他の国に嫁ぐより軋轢は少ないだろうし、権力の分散なら既に国内で少しずつ手をつけている。両国間で友好の証として嫁いだ貴族の娘も多いから互いの文化にも精通している。地理的にも隣国だから帰郷もしやすいだろうし、何より俺自身フローラに自分を追い詰めるような無理はして欲しくないしさせないつもりだ。だから、いざって時には安心して嫁に来い!!」


「はっ、はい!!!」


 ーー……って、あれ?ライトの勢いに呑まれて元気にお返事してしまったけど、今のって……。


「……求婚しましたね」


「求婚ですわね」


「いやぁ、今のは完全に言い逃れ出来ませんよ殿下」


「姫様も同意されたと言うことで、国王陛下にご報告しなければなりませんね」


「えっ!?いやっ、違います!私そんなつもりじゃ……!」


「フローラも何流されてる訳!?こんな婚約、僕は認めないから!」


 周りからの一斉の批難に一気に頬が熱くなる。肩を震わせたライトの『だから違うんだってーっ!!!』と言う叫びは、虚しく朝焼けの空に吸い込まれていった。


   ~Ep.100 聖女になった悪役王女は、メインヒーローに求婚される~


   『※まだ、恋ははじまっておりません』






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久しぶりにフローラの仲間大集合でとても楽しく書きました(((o(*゚∀゚*)o)))クォーツが出てこないのはわざとです、決して忘れたわけではございません(;・∀・)


ライトには今後も各章で一回ずつ、告白紛いな台詞を言って貰おうと思ってますw

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