Ep.97 誰もが知る御伽話の真実 [前編]

 聖霊王オーヴェロン。かつて人間達に魔力を与え、魔に取り憑かれ滅びかけたこの大陸を救ったが。訳あって歴史からは抹消されたその名前を、私は確かに知っている。


 この世界の神にも等しい気高き存在のお二人に、これ以上失礼な姿は見せられない。気を取り直して姿勢を正し、スカートをつまんで膝を折った。


「お初に御目にかかります、聖霊王オーヴェロン様、聖霊女王タイターニア様。水の国、ミストラル第一王女、フローラ・ミストラルと申します。この度は、人間の過ちでせっかくのご加護である指輪を暴走させてしまい申し訳ございませんでした」


「そんなに畏まらずとも良い。あの厄災とも言える悪しき娘と対峙し見事暴走を納めたそなたの働きは、これを通じて全て見ていた」


 聖霊王様が指を鳴らすと、現れたのは宙に浮かぶ水鏡。その中には、人間界の様々は場所が写し出されていた。一番大きな鏡に、すっかり火も消えて無事な町や騎士団に保護されているフライやキール君、ミリアちゃんの姿もあって、そっと安堵の息を溢す。


「それにしても自ら業火の中に飛び込み、指輪の中の魔力を上書きするとは……恐いもの知らずな娘だな」


 皮肉を踏まえた笑みで聖霊王様が鼻を鳴らす。それくらいの苦言は覚悟の上だ。しっかり胸を張り、微笑み返した。


「数多の罪なき人々の命と愛する仲間達を護るべき勝負の瞬間に、私が己の命ひとつかける覚悟もなくて一体何が救えると言うのですか」


「……っ!なるほど、やはり、あやつの子孫だな」


「あぁ、……本当に、容姿だけでなくその芯の強さ、清らかさ……魔力の質の高さと言い、良く似ている」


 真剣だった面持ちを綻ばせて、懐かしそうに聖霊王夫妻が笑う。さっきから似てる似てるって、確か姿の見えないあの幼い声にも言われたっけ。

 それに聖霊王様さっき、私の事を『聖霊の巫女の“血”を受け継ぐ姫君』って……。


「あの、お恥ずかしながら私は魔力が低く落ちこぼれな未熟者なのですが、先ほどから“誰”に似ていると……」


「おちこぼれじゃないよー」


「みこさまのまりょく、おいしいよー」


「ふわふわしててあまくてキラキラなのー」


「こわれたまちも、けがしたひともみんななおっちゃうのー」


「ーっ!?また今の声……っ、一体誰なの?」


 励ましてくれるような言葉にハッと周りを見回すものの、辺りにはふわふわ浮かぶ光の玉と舞い散る花びらがあるだけで聖霊王夫妻以外の姿は無い。

 不審がる私の様子を見て、聖霊王様がきょとんと目を瞬かせた。


「何だ、まだ見えては居なかったのか?」


「仕方あるまい、本来人間にはあまり姿を見せない者達だからな。だが、彼女は資質は十分だ、指輪にも認められた今ならば、コツさえ掴めばすぐに見えるようになろう」


 一体何のお話でしょうか。そう首を傾ぐ私に、聖霊王夫妻が手を組んで一度瞳を閉じるように言う。言われるがまま、目蓋を落とした。


「フローラ姫よ、そなたの魔力は決して弱くない。むしろ膨大過ぎて、出力を無意識に最小まで抑えてしまっているのだ」


「恐怖と自己への否定を捨て、呼吸と魔力の波長をこの大地の波長に合わせてみると良い。そうすれば、“この子達”とも波長が合い目視出来るようになるだろう」


 優しい声に導かれるみたいに、身体から余計な力が抜けていく。ゆっくり深呼吸をしながら、溢れる魔力がふんわりと周りのそよ風に溶けては戻ってくる感覚を理解出来るようになって。10回目位の深呼吸で出ていった魔力が、パチッと近くの小さい何かにしっかり収まる感触があった。


「もう掴んだか、流石の早さだな。もう良いだろう、目を開けてみよ」


「……っ、わぁ!」


 恐る恐る、目を開いていく。そこには先ほどまで居なかった、手のひらサイズのたくさんの妖精達が自由気ままに飛び回っていた。


 ちょんっと肩に何かが乗る感触がして視線を向ければ、鈴蘭を帽子にしたハムスター位のサイズの女の子が座って私を見ている。かっ、可愛い……!


「ひめさま、みえるー?」


「ーっ!えぇ、見えるわ。ありがとう、貴方達が私をここまで案内してくれたのね」


 指先で小さな頭をそっと撫でると、鈴蘭の妖精はきゃっきゃと可愛らしく声を上げた。やだ、本当に可愛い……!


「ずるーい、ぼくもあんないしたよー!」


「わたしもなでてー!」


「あたしもーっ!!」


「えっ!?あっ、ちょっと……わぁぁぁぁっ!!」


 妖精さんの可愛らしさに癒されたのもつかの間。我も我もと集まってくる妖精さん達に一斉に群がられて身動きが取れなくなってしまった。モゴモゴとカラフルな妖精さんの海に溺れながら脱出の方法を考える。


(ど、どうしようこれ。抜け出そうにも可愛すぎて振り払えない……!)


「やれやれ……、人が良すぎるのも考えものだな。お前達、いい加減にしないか」


 パチンと聖霊王様が指を鳴らせば、妖精さん達が魔力の風にさらわれて大空に吹き飛ばされていく。


「えっ、あれ大丈夫なんですか!?」


「案ずるな。彼等は妖精フェアリー、聖霊の中でも最も身軽で気ままな風に乗るのが得意な種族だ。これくらいどうと言うことはない」


「は、はぁ……」


「ひめさま、ばいばーい!」


「またきてねー!」


「あっ、うん!案内してくれてありがとう!」


 手を慌てて振り返した頃、春風に吹き飛ばされた妖精さん達は遥か彼方に消えていった。な、なんだか嵐みたいだったな……。


「あの者達は、聖霊の中でも特に力が弱く、故に警戒心が強い。それがこれほどこぞって我先にと懐き、手を貸した人間はそなたで二人目だ」


「それって、もしかして……っ!」


 また聖霊王様がパチンと指を鳴らした。

 ひとりでに開いた私のポーチから、お母様に持たされた御守りが浮かび上がり彼の手に収まる。その中から取り出された写真は、お母様曰く私(正確にはミストラル王家)のご先祖様だそうだ。


 少し色褪せた中で微笑む、その姿を見て息を呑む。写真の中のその人は、フローラに瓜二つだった。



「この者こそ、かつて聖霊を愛し聖霊に愛された初代聖霊の巫女であり。もうわかるだろう?」


 『そなたの先祖だ、フローラ王女よ』


 その言葉と共に、足元に魔方陣が開く。


「話すより見た方が早かろう。我らと人のその歴史、己の目で見てくると良い」


   ~Ep.97 誰もが知る御伽話の真実 [前編]~

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