Ep.96 聖霊の森
「ひめさま、おきてー」
「いたいー?」
「だいじょうぶー?」
「んっ、んぅ……」
頭の周りで、可愛らしい子供みたいな声がする。
(身体が重い……。私、どうしたんだっけ……?)
「「「ゆびわのぼーそーはとまったよー!はやくおーきーてーっ!!」」」
「ーっ!!」
その声に弾かれるように飛び起きる。そうだ、私、聖霊の巫女の指輪の暴走を止める為にマリンちゃんと戦って、そのまま……!
「ーっ!嘘、身体の傷が無い……!」
着ていた純白のワンピースの腹部は確かに血で赤く染まっているのに、マリンちゃんに刺されたお腹の傷が無い。それどころか、炎に飛び込んだ時の火傷も、アクアマリン教会の刺客に襲われた時の足の傷も、跡形もなく消えていた。
「一体どうして?それに、ここは何処……?」
立ち上がって顔を上げてみると、辺りは一面の花畑だった。おかしい、気を失う前は確かに塔の天辺に居たし、あの周りにこんな果ての見えない壮大なお花畑は無かったはずだ。
目の前の光景は、サワサワと柔らかいそよ風に色とりどりの花弁が舞ってすごく綺麗。綺麗、なんだけど。
「致命的とも言えるダメージを喰らって気絶して、起きたら傷は全部消えた上にお花畑に立ってました。これって詰んでないですか……?え、まさか私、また死……っ!?」
「しんでないよー」
「だいじょーぶだよー」
「おうさまがなおしてくれたんだよー」
「……っ!誰!?」
また聞こえた。私を起こしてくれたのと同じ、幼い声だ。すぐに辺りを見回すけど誰も居なくて首を傾げる。
ふわっと、目の前を淡く輝く光の玉が横切った。
「よんでるよー」
「あんないしてあげるー」
「ついてきてー」
「待って!呼んでるって誰が!?私、皆の所に帰らないと……きゃあっ!」
また、姿の見えない“誰か”の声がして、光のふわふわが私の少し先に進んで止まる。『ついてきて』って、そう言う事?
(このままここに突っ立っていても埒が開かないし……、それにあの光、悪いものだとは思えない)
意を決して満開の花畑に一歩足を踏み出す。ついてこいと言わんばかりに、光のふわふわが速度を増した。
「見れば見るほど、本当に不思議な場所……」
満開の花畑を走り抜け、太陽を反射して輝く湖に浮かぶ蓮の葉の間を飛び移って渡る。その先には宙に間隔を開けて浮かぶ大輪の花が遥か先の空にまで続いていて、今はそのお花を階段みたいに駆け上がっているところだ。明らかにファンタジーでメルヘンな世界に不安よりワクワクが勝ってきた頃、ようやく天辺が見えてきた。
「とうちゃ~く!」
「おつかれさまー」
「ようこそ、“せいれいのもり”へー」
最後のお花から飛び移った先は、純白の大樹に囲まれ、中心には人一人余裕で座れそうな大輪のアネモネの花が二つ佇む、神々しいくらいに綺麗な森だった。
ここまで案内してきてくれた光のふわふわ達は花園の中心まで行ってフッと消えてしまったので、どうしたら良いかわからずとりあえずそこまで歩み寄ってみる。
『ようやく来たか……、待ちくたびれたぞ、姫君よ』
突然、また誰も居ないのに声がした。さっきまでと違いハッキリと単語が聞き取れる、大人の男性の声だった。
(それに今の声、何だか聞き覚えがある、ような……?)
さっきまでずっと穏やかに吹いていた風が急にざわっと強くなり、前が見えないくらいの花吹雪が起きた。条件反射で目を擦る私の前で、舞い上がった花弁と光の粒子が混ざり合い人の形に変わっていく。
花吹雪が収まった時には、誰も居なかった筈のアネモネの椅子の上に2人の人が現れていた。一人は海のような蒼い髪を背中で三つ編みにした琥珀の瞳の男性。もう一人は、太陽みたいな紅髪のストレートヘアに、一輪の白薔薇を髪飾りにしたナイスバディな女性だ。
パチパチと目を瞬かせる私に、優雅にアネモネに腰かけている2人が微笑んだ。
「お……」
「「お?」」
「おばけぇぇぇぇぇぇっ!!私まだ死ねないです!許してくださいーっ!!……きゃうっ!」
アワアワと手を振り回し、2人から逃げ出そうと走り出して……足がもつれてスッ転んだ。うぅ、顔からスライディングしちゃったよ……!
「あいたたたたっ……!ーっ!これは……!」
ぶつけたおでこを右手で擦れば、コツリと感じた固い感触。その違和感の正体は、私の右手の薬指に輝く
「聖霊の巫女様の指輪……!どうして、私の指に……」
「ふふっ……ふははははははっ!いやあ参った、まさか我々を見た反応まで瓜二つとは。人間の血と言うのは面白い!」
「……はぁ、そんなに笑うものではない。見ろ、姫君が呆然としているではないか。安心しろフローラ王女、私達はお化けなどではないし、ここは死者の国ではない」
「え、え……?あの、ならここは何処なんですか?それに、貴方達は、一体……?」
気配もなくまた目の前に現れた二人の手が、優しく私を立ち上がらせてくれる。ようやく爆笑が収まった男性が、再びアネモネの椅子に座り直して足を組んだ。
「ここは人ならざる者達が暮らし、人の世を見守る聖霊の森。そして我々は今そなたが持つその聖霊の巫女の指輪……、正確には、“
『まさか』と、声にならない呟きをきちんと聞き取って、目の前の男性が笑う。
「人々の世では、“聖霊王”と呼ばれていたか。我が名はオーヴェロン。彼女は妻の
『我々は、ずっとそなたを待っていた』
この世界の神様にも等しい美しい夫妻が、真っ直ぐ私を見つめて微笑む。
唖然と佇む私の右手で、聖なる指輪がキラリと光った。
~Ep.96 聖霊の森~
『聖なる指輪に導かれ、悪役王女は聖なる森へ』
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