Ep.87 例え隣に居なくても
慌てて宿から飛び出して、フリードさんに引っ張られていくライトのマントをぎゅっと掴んだ。良かった、間に合った……!
「フリードさん待って、何があったのかきちんと説明して下さい!」
「そうだぞ。緊急時なら尚更、状況もわからないまま動くのは却って危険だ。順序だてて何があったかを話してみろ」
掴まれていた手を振りほどき、ライトが主人としての態度で改めてフリードさんに説明を求める。ようやく振り返ったフリードさんは、これは参ったと言わんばかりに両手を上げて肩を竦めた。
「これは失礼いたしました、お二人の主張はごもっともですね。少々不味い事態になってしまい、私も気が急いていたようです」
「わかったのなら良い。それで?こんな夕刻から主君を説明も無く連れ出して、お前は一体どこへ行くつもりだったんだ?」
「アニバーサルゲートです」
「……何?」
「ーっ!アニバーサルゲート……!?」
一緒にライト達を追いかけてきたフライが珍しく驚いた表情を浮かべるしライトも険しい顔をしてるけど、私には何が何だかさっぱりだ。そもそも、アニバーサルゲートって何?
「もー、皆足早いよ~。追い付いて良かった」
一人だけいつものペースで歩いて追い付いてきたクォーツが、そんな私の疑問を見抜いたように言う。
「で、話は聞いてたけどアニバーサルゲートってあれでしょ?商人が他国に商品を搬入する時に使う、それぞれの国の王が魔力を込めた特別な門」
「そんなものがあるの!?」
「当たり前でしょう、いくら友好関係にあったとしても所詮は他国同士だ。互いの領土の安全の為にも、国境の整備は怠るわけにはいかないんだよ」
「世知辛い話だが、まぁフライの言う通りだな。故にアニバーサルゲートは、ゲートの表と裏に必ずその国側の王家の魔力を帯びた紋章が刻まれてる。それが開閉の鍵代わりだ」
「その門に専用のカードをかざして魔力を流さないとそもそも門が開かないんだよね。確かこの町から一番近いゲートはスプリングからフェニックスに通じてて、貿易の要になってるんだっけ?」
「左様です。そして本日の午後四時頃、ここ“スプリング”から我が国“フェニックス”へ通じるアニバーサルゲートが、大規模な爆発により焼けてしまい門の開閉に必要な紋章が消えてしまったと連絡が入りました。事故か事件かはまだ不明ですが」
フリードさんは淡々と言ったけど、それってつまりスプリングとフェニックスを行き来する為の門が使えなくなっちゃったってことじゃん!
「そのせいで門が開かなくなり、かなりの量の物資の流通が滞っております。一刻も早く修繕せねばなりません。紋章を記すことが出来るのは王族の直系のみなので、既に修復してほしいとの連絡がスプリング、フェニックス両国に届いております」
「それで慌ててライトを呼びに来たんですか……」
「はい。スプリング側の紋章の修繕にはフライ様の兄君であらせられるフェザー様が向かわれたそうですが、フェニックスの王都からは今回の事故現場は遠い上に、陛下は……」
そこでフリードさんが言いづらそうに言葉を切った。眉をひそめたまま、ライトも肩を落とす。
「父上は今、具合が優れず床に臥せってる。命に別状はないとはいえ、すぐに門まで来るのは不可能だろうな……全く、体弱いくせに不摂生な生活してるからだ」
そうため息をついて、ライトがフリードさんに事態の確認を始めた。
「しかし、アニバーサルゲート付近にはその国の兵は勿論、法務省の魔術師も護衛として居る筈だろう。ましてや巫女選びの儀式を控えたこのタイミングでなんて……その情報は信じて大丈夫なのか?」
「門の位置はこの町から北東にある二つ目の山の麓です。早馬を休み無く走らせても片道二時間はかかります故私も自身の目では確認しておりませんが、事故の報告書と共に送られてきた殿下への紋の修繕依頼書には法務省のエリオット様とジェラルド様の署名がございました。恐らく、間違いないかと」
「げっ……あのおっさん達かよ……!ますます胡散臭いじゃん」
その名前を聞いた瞬間、ライトがあからさまに顔をしかめた。らしくない表情だ。
「知り合いなの?」
「あぁ、まぁ一応恩人にはなるな……」
「どうみても“恩人”を思い浮かべてる
「え?」
「今、門の場所がこの町から北東の山だってフリードさんが言ってたでしょ?私、夕方に十六夜の塔の天辺から見たの。北東の山から、黒い煙がまっすぐ空に上がってくのを」
あのときは何の煙かなんてわからなかったし、見た直後に指輪を封じた水晶に触れちゃったり儀式の説明を受けたりって怒濤の展開ですっかり忘れていたけど、多分あれがゲートが燃えたときの煙だったのだと今ならわかる。
「成る程。スプリングからうち(フェニックス)への輸入品は、鮮度が高いうちに煎じないと使い物にならなくなる薬草の類いが非常に多い。薬を待っている患者の中には、時間のない民も居る。門の修繕は今夜中に済ませなければならないし、皇太子として、向かわない訳にはいかないけど……」
言葉を濁したライトがちらっと私を見る。今夜、巫女としての儀式を受けることを心配してくれているのだ。
馬で片道二時間かかる場所に言って、門を直して帰ってくる。言葉にすると簡単だけど往復だけでも四時間はかかるし、紋章の書き直しにどれくらいの時がかかるのかもわからない。現在の時点で既に日もくれかけているし、今すぐ出発しても多分、明日までに帰ってくるのは無理だろうから。
それでも皇子として彼に『行かない』と言う選択肢は無いし、私も友達に、大切な物を投げ出してまで自分を優先してほしいなんて思わない。だから、小さく拳を握って意気込んで、笑って見せた。
「大丈夫だよ!儀式はただ塔を上るだけなんだし、ライトは自分の国のために大切なことを優先して!早くお薬が届かないと、困る方達も多いでしょう?」
「あぁ……わかった。でもお前はどうにも危なっかしいからさ」
「失礼な!たった一晩だし、ライトがついててくれなくても平気だよ!!」
「ーっ!!?」
心配させまいとガッツポーズで跳び跳ねながら念押しでそう言った瞬間、ライトの方からグサッと変な音がした気がして首をかしげる。振り向くと、なにやら壁に手をついて項垂れたライトがクォーツとフリードさんに背中を擦られていた。
「どっ、どうしたの!?具合悪い!!?」
「いや、大丈夫だ。何でもない……」
「そうだよねぇ、体は何ともないよねぇ。相手との温度差に精神的ダメージ喰らっただけで」
「クォーツ様、煽らないで下さい」
「はいはい、二人ももういいから。それより、行くなら早く出発しよう。トラブルは初期に解決しておくのが一番だ」
ライトを挟んだまま会話する二人の話の意味はわからなかったけど、すぐに立ち上がった所を見ると本当に具合が悪いわけではないみたいでほっとする。
気を取り直したらしいライトが、夕日に赤く染まる山を見上げた。
「例の山ってのは彼処か、今から向かうなら足の良い馬が必要だな……。フライ、用意を頼めるか?」
「あぁ、すぐに手配しよう。手続きの間に必要なものをまとめておいて」
「いや、俺も一緒に行く。話しておきたいことがあるんだ」
そう言って、厩舎に向かうフライとライト。気を付けてねと声をかけようとしたら、その前に足を止めたライトがふと振り返った。
「あぁそうだ、忘れるところだった。フローラ!」
「へ?わわっ!」
しゅっとなにかを投げる仕草をしたライトの手から、キラリと光るなにかが飛んできて。慌てて受け止めた両手をそっと開くと、そこにはつやつやしたクリスタルのハートの髪留めがあった。
「可愛い!どうしたの!?これ」
「さっき祭りの土産やるって言っただろ。それがこれ、魔鉱石付きのバレッタだとさ。暗いところで魔力を込めるとハートの石の部分が光るんだと。でもあんま一気に込めるなよ、光りすぎて目痛めるから」
「はーい!ありがとう、今夜早速着けよーっと。とりあえず、今は壊れないようにしまっまておこうかな。何かポーチ的なもの持ってたっけ……あ」
そう鞄を漁って出てきたのは、お母様がくれた『お守り』が入った袋で。開けば中から三色の石がコロンと転がり出てくる。そうだ、いくら修理に行くだけとは行っても、危険がないとは限らないんだし……。
「ライト、手出して?」
「は?何で?」
「いいから出して!」
「お、おぉ……」
おずおずと広げられた豆が固くなったその掌に、3つある宝石の中から深紅の石を選んで乗せる。
「お母様がくれたお守りだよ。ライトの瞳と同じ炎の石、貸したげるから、気を付けて行ってきてね!」
戸惑ってるその右手を両手で包んで石を握りしめさせれば、ライトはぎょっとした顔をした。
「お前、ミストラルの王妃様から貰ったなら大事なものなんじゃないのか?」
「大事だよ?大事だから、出来るだけ早く帰ってきて返してね!」
「……ははっ、なんだそりゃ。って、痛い痛い痛い痛い!いきなり何するんだ!」
「ーっ!?ふ、フライ、どうしたの?」
「はいはい、一刻も早く出発したいんだろう?文句言わずに早く来なよ。じゃあフローラ、クォーツも、またあとで」
小さく吹き出して笑ったライトは、魔王顔負けのアルカイックスマイルを浮かべたフライに執拗に足を踏まれながら去っていった。
「フライ、何であんな機嫌悪いんだろ……。トラブル続きで気が立ってるのかな……?」
「あはは、どうだろうねぇ。ところでフローラ、今夜の事なんだけど……実は僕も調べものがあって、何かあっても駆けつけられないんだ。ごめん。でも……」
「?でも?」
「僕も、ライトも、フライも、君なら大丈夫だと信じてるよ」
「……っ!うん、ありがとう!」
そうクォーツと微笑みあった後、ライトとフリードさんを見送って帰ってきたフライもやっぱりゲートの事故のせいで今夜は仕事になってしまったと言い出し。
結局、ハイネを含む四人の侍女さんだけを連れて、私は再び十六夜の塔へと訪れるのだった。
「あと一時間で0時か……」
上の方が霞む高さの純白の塔と、その横に浮かぶ満月に見守られ、もうすぐ試練が始まる……!!
意気込む私の髪をまとめる、ハートのバレッタが月明かりに光った。
~Ep.87 例え隣に居なくても~
『心はいつでも、すぐ側に』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます