Ep.86 美人だろうが男は男

 ハンカチの下から現れたコインの柄は、裏面を示すフローレンス教会の建物だった。つまり、裏を選んだマリンちゃんに、泊まる塔を選ぶ資格が与えられる。


「ふふっ、わかってたけどやっぱり運命はヒロインの味方よね。さて、どっちがいいかしら?」


 ご機嫌なマリンちゃんに、地味にずっと彼女の後ろに控えていた執事さんがそっと、耳打ちをした。声までは聞こえなかったけど。

 というかあの人、どこかで会ったことがあるような……?


「決めた、私は月詠の塔からスタートするわ!」


 首を傾げる私を他所に、マリンちゃんはそう宣言して、塔に泊まる準備の為にとさっさと出ていってしまった。


「マリンさんが月詠なら、私は十六夜の塔ですね」


「そうなりますね。フローラ様も22時までに身支度を整え、もう一度教会本部へお越しください。塔までは、教会の者がご案内致します」


 導師様にそう言われ教会から外に出ると、既に空は茜色に染まっていた。





「あれが例の塔か。一晩とは言え皇女が一人であんな町外れに宿泊ってちょっと危ないんじゃない?」


 帰る直前、向かいに見える十六夜の塔を見上げながらクォーツがそう言い出した。同じように塔を見上げたライトとフライも頷く。


「そうだね、ましてや聖霊の巫女の指輪は今まで幾度もアクアマリン教会の刺客や、歴史上価値ある宝を主に盗みを働く賊にも狙われてきた逸品。その指輪を封じた塔での一泊なんて、リスクが無い訳がない。護衛の数人くらいはつけるべきだ」


「俺もフライに同感だ。儀式の時刻になるまでは一人にならない方が安心なんじゃないか?何なら塔まで俺達が一緒に行くよ」


「それはなりません!」


「はぁ?何でだよ……っ、失礼。何故ですか?」


 提案を導師様に速攻で否定されたライトが顔をしかめつつも丁寧に言い直した。仏頂面のライトに怯まず、導師様がもう一度念を押すように言う。


「ここは元々スプリング領土ではありますが、フローレンス教会にすべての統括権限を委任された我々の自治区。故にライト様、クォーツ様はもちろん。この国(スプリング)の皇子であらせられるフライ様ですら、十六夜と月詠の塔への立ち入りを認めることは出来ません。護衛の兵士も勿論立ち入り禁止です」


「理不尽な……!護衛まで禁止だなんて、その理由は?」


「理由はいくつかありますが、最大の理由は清らかな巫女の指輪を護るあの塔の特性上、男の立ち入りを禁止としている為ですね」


 あぁなるほど、だから皇子である三人も護衛のおじさん達も連れてきちゃダメなのか……って、あれ?でもそれなら、導師様も塔に入れなくなっちゃうのでは!?そんな私の疑問をライトが代わりに導師様にぶつける。


「なるほど……いや待て、貴方も男だろう。それなら何で貴方は先ほどフローラを探しに十六夜の塔に入れたんだ!」


「僕はスカートも履いていますし何より可愛いからいいんですよ!!」


「ふっざけんな!そんなふざけた理由がまかり通るならフライだって女の格好したら入れる筈じゃねーか!」


「……うん、あいつ殴っていいかな?」


「フライ落ち着いてー、気持ちはわかるけどあれ絶対悪気0だから落ち着いてー!竜巻は、この狭い場所での竜巻はヤバイ!!」


 確かに女顔をしてる導師様が胸を張ってした意味不明な主張にとうとうぶちギレたライトが怒鳴り、そんなライトの“だったらフライも入れる”宣言がそれまでずっと静かに流れを見ていたフライの逆鱗に触れ、ライトに魔力の竜巻をぶつけようとしているフライをクォーツが後ろから羽交い締めにして止める……なかなかにカオスな事態!!


「皆、やめなさ……っ」


「とにかく!何を主張されようとも例外は認められません!フローラ様とマリン様が塔まで同伴させて良いのは身の回りをさせる侍女を数名のみです。良いですね?」


「はっ、はい!」


「よろしい、では私は失礼します」


 止めないと収集がつかなくなる!と覚悟を決めたけど、私が声をあげるより先に導師様はビシッとそう宣言して去っていった。マイペースだなぁ、あの人。なんだか儀式本番の前にどっと疲れちゃったよ……。

 それは皆も同じなようで、ライトなんて宿に着くなりソファーに身を投げていた。気だるそうに髪をかき上げながらため息をこぼすその姿さえ絵になると言うか、妙な色気があるんだからイケメンってズルい。


「はぁ……まぁ規則なら仕方ねーな。せめて塔に行く時間になるまでは一緒に居よう」


「えっ!?そこまでしてくれなくて大丈夫だよ?」


「ダーメ、フローラの『大丈夫』はどうにも当てにならないからねぇ」


「全くだよ。君は渡ろうとしたその石橋を叩きすぎて自ら割っていく生き方をしているからね」


「私ってそんな危ないイメージなの!?」


「あぁ、しかもこれから叩くその石橋に自分が乗ってから叩き始める質だな」


「それ最早自分で落ちに行ってるようなもんだよね!?」


 止めて、幼馴染み達から容赦なく下される評価にもう私のライフは0よ!皆して失礼しちゃう!!


「ばーか、皆お前を心配してんだろ?拗ねんなよ。とにもかくにも、今夜は儀式が無事済むまで俺等もここで徹夜だな……」


「いいえ、徹夜してる場合ではありませんよ皇子!」


「ーっ!?」


 不満です!をアピールするために全力で膨らませた私の頬っぺたをつついてライトが笑ったその時、奥の部屋から飛び出してきたフリードさんがライトの腕を掴んで無理やり立たせた。ちょっ、フリードさん、その人一応あなたのご主人様なのでは……!?


「おい、なんなんだいきなり!」


「『なんなんだ』ではございません。我々はすぐにでもこの町を発たねばならない事態に陥っているのですから!」


 そう言い切ったフリードさんは、困惑する主人ライトを引っ張り宿から出ていってしまう。


「一体何事……?」


「さぁ、さっぱりわからないね」


「うん、わからないけど………とにかく待ってくださーいっ!!」


 同じく困惑した私達も、一旦顔を見合わせた後慌てて彼等を追いかけるのだった。


 

   ~Ep.86 美人だろうが男は男~


   『特例は、自分以外は認めません!』(by. 導師アステル)


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