Ep.77 語るに落ちると言うけれど

 幼馴染みのフライは除外するとして、いきなり見知らぬ男女を連れて、しかも泥まみれで夜会から帰ってきた主人(私だ)の姿に、帰宅を待って待機してくれていたメイド達は軽くパニックになった。

 それでも私が『彼らとゆっくりお話をしたいからお茶を淹れて貰えるかしら』と言えば、直ぐ様テーブルの上に四人分のティーセットが用意される。流石はミストラルが誇る優秀なメイドさん達、仕事が早くてありがたい。


「あとは軽くつまめる物だけ用意してくれたら貴方達も下がって結構よ、今夜は長くなりそうだから。皆さん、遅くまでありがとう」


「身に余るお言葉でございます。軽食はすぐにご用意させて頂きますので、皆様どうぞお席へ」


 流石は私に仕えるメイドの中では一番のリーダー格のハイネ。遠回しな物言いから『人払いをして』と言う意思を正確に汲み取って、他のメイド達を退室させつつお客様を席につかせるその手腕は見事だと感心する。


「私達が今夜ここで何を話したとしても、他言無用でお願いね」


「かしこまりました」


 すれ違い様にそう呟いた私に頷いたハイネがテーブルからかなり離れた壁際に控えて、ようやく気まずいお茶会のスタートである。


「それで?どうしてあんな真似をしたわけ?」


 席に着くなりそう口火を切ったのはフライだった。決闘は私が無理矢理止めてしまったし、まだ怒りが消火しきれてないんだろう。その声音は完全に冷えきっていた。


「貴方に本気で勝負をして頂き、勝利することでスプリングの王位継承権を手に入れる為ですよ」


 対してフライの問いに淡白に答えて、ふいっと視線を逸らしたキール君。それを見たフライがバンッと机を叩いて立ち上がった。


「ふざけるな!そんなことの為だけに無関係のフローラを巻き込んだのか!?」


「も!申し訳ございませんフライ殿下、フローラ様!私からも謝罪致しますので、どうかお許しください!!それに、キールがスプリングの王位に就きたがっているのは元を正せば私のせいでっ「ミリア!!!」ーっ!」


 震えながら謝るミリアちゃんの声を、キール君が途中で遮った。二人の切羽詰まった様子に、お茶の香りが漂う部屋に嫌な沈黙が落ちる。


「……どうやらただならない事情が有るようだけど、だからと言ってこのまま理由ひとつも話さずに帰れると思うな。フローラが許しても、僕が許さない」


「それは……っ」


 暗に事情を話せと要求したフライに対して、一度は口を開きかけたキール君が目を逸らす。視線の先に、小さく震えて縮こまっているミリアちゃんを一瞬捉えてキール君は口をつぐんだ。

 それはつまり、その“事情”とやらの内容を話す所を彼女には聞かれたくないと言うことだろう。

 フライには彼の目的がわからないみたいだけど。さっき見えたミリアちゃんにまとわりついていた闇の力を示すモヤモヤの事、そしてゲームのフライルートのハッピーエンドで出てきたスプリング王家が受け継ぐ秘密を知っている私にはなんとなく予想がついてしまう。


 私は机に置いてあるベルを振った。


「ご用でしょうか、姫様?」


「えぇ。湯浴み用のお湯は沸いているかしら?」


 合図に答えて側まで歩み寄ってきたハイネに聞けば、即答で『勿論でございます』と返ってくる。本当に、うちのメイド達は優秀だ。


「ミリアさん、その格好のままじゃ寒いでしょう?まずはお湯を浴びて、ゆっくり身体を温めていらっしゃいな」


 にこやかに提案した私を、ミリアちゃんとキール君が驚いた顔で見る。気にせず笑ってタオルを渡そうとするけど、ミリアちゃんはブンブンと激しく首を横にする。


「えっ!?そ、それは出来ません!こちらはフローラ様のお部屋ですのに、家主であるフローラ様を差し置いて私がお湯を頂くなんて……!!」


「あら、構いませんわ。お友達ですもの」


 さらっと答えた瞬間、呆気に取られたように黙りこむミリアちゃん。その手にしっかりタオルを握らせて、微笑んだ。


「だから遠慮などしなくて良いのです。そうだ、先日頂いたアロマがあったわね、ハイネ、浴室にリラックス作用のあるものを焚いて、そのまま彼女の湯浴みを手伝ってきて下さる?」


「姫様のご友人とあれば、丁重におもてなししなければなりませんね。ではミリア様、浴室までご案内致します」


「えっ、あっ、ちょっ、待ってください~……っ!」


 抵抗虚しく、ミリアちゃんはハイネによって浴室へと連行されていった。パタンと音を立てて扉が閉まり、私達の居る部屋と浴室が分断される。これで、向こうにこちらの声は聞こえない。


「何のおつもりですか?まさか、気を効かせたとでも?」


 メガネの奥の冷たい、でもどこか不安を、苦しみを消しきれてない瞳でキール君が私を睨む。


 ここは私の部屋だし、もう取り繕うのも疲れた。皇女としての態度を止めて、素の口調で話しながらクッションを抱き締めてベッドに座る。


「あら誤解しないで?あくまでミリアちゃんと、後は何よりフライの為。フライはツンデレなだけですーっごく優しいんだから、今キール君の事情を知らないままに終わっちゃったらあとで絶対後悔する。私、友達にそんな足枷をつけて欲しくないもの」


「……別に僕は君に優しくした覚えなんかないんだけどね」


 私の言葉に若干照れたように顔を背けつつ呟くそのフライの態度こそ正しくツンデレの鏡だと思う……けど言わないでおく。


「……っ、だから何だ?偉そうに仕切ったところで、所詮他国人の貴方は何も知らない癖に!」


「あら失礼ね、私知ってるのよ?スプリングの次の王様になる人は、戴冠式の日に一度だけ王城の中心に生えている命の大樹から“聖霊の森”に行けることを」


 ゲームのスチルでは、王位についたフライと彼に嫁いだヒロインのマリンちゃんが白く煌めく不思議な森で聖霊の王夫妻から素敵な衣を賜っていた。

 そう、忘れてただけで私本当は初めから知ってたんだ。スプリングのお城の中心に柱がわりに鎮座している“命の大樹”は、じつこの世に唯一残った聖霊達の世界への入り口なんだって。

 そして先日学院長から聞いたお話では、聖霊の力には、人間の魔力にはない“癒し”の力がある。そして、愛する彼女が闇に犯されているキール君が、形振り構わず自国の皇子に執拗に勝負を挑んでまで王座を欲しがった……なんて聞いたら、考えるまでもなく、目的は一個しかない。


「キール君は“魔族の力が原因のミリアさんの病を『聖霊王』様に浄化してもらう為に、スプリングの次期国王になりたかった”んだよね。聖霊の巫女様が亡き今、人間には彼女を助けられる人は居ない、ならもっと高位の存在である本物の聖霊王様に頼むしかないから、その為にはなんとしてもスプリングの王位につかなきゃいけない。だって、他に聖霊の世界に行ける手だてがないから。……違う?」


「なっ……!?」


「なんだって……?魔族の力に犯されてた人間の事例は少ないけど、記録によれば被害者達は皆闇の魔力に身体が耐えられず二十歳まで持たず亡くなっている。それが事実なら見過ごせない事態だ。……けれど」


 キール君はもちろん、多少彼への態度を軟化させたフライまで驚いた顔で私を見つめている。


「“聖霊”の存在自体がおとぎ話だけの生き物に成り果てた今の世で、我が王家が代々“聖霊の森“との関わりを持ち続けていたことを知る者はスプリング国内でも一握りしか居ない。まして、他国への情報漏洩などあり得ない話。それなのに……」


 私を見据えるフライの目は、心の裏側まで見透かされそうな、なにかを探っている色をしていた。


「君は一体、誰からそれを聞いたんだい……?」


 浴室から漏れ聞こえるシャワーの音にかき消されそうな位の声で、フライが不安げに呟いた。


   ~Ep.77 語るに落ちると言うけれど~


  『どうやら墓穴を掘ったようです』








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