Ep.78 なんにも出来ない無力な手でも

『君は一体、誰からそれを聞いたんだい?』


 フライの声が響いて消えた静まり返る私の部屋に、気まずい空気が流れる。


「えっ、えっと、それは……!」


 調子にのって色々語りすぎた。前世でこの世界を舞台にしたゲームがあってそこから知りました!なんてトチ狂った答えは例え事実だとしてもNGだし、かといって国家機密レベルの内容をツラツラ淀みなく語ってしまった以上適当な誤魔化しじゃ逃げ切れないだろう。聡明で勘も鋭いフライと口論しても私の頭で逃げ切れる気もしないし。ど、どうしよう……!


「あ、あの、私ちょっとミリアちゃんの様子を見に……っ!」


 撤退しようとした私の手にフライが自分の手を重ねて押さえつける。そして、静かだけどしっかりとした威圧感を感じさせる声音で言った。





「答えて、フローラ」




 重みのある声での一言に背筋が凍る。ひーっ、恐いよーっ!!

 助け船は、思わぬ場所からやって来た。


「ふぁぁぁぁ……、僕がフローラに話したんだよ、風の皇子様」


「なっ……!使い魔……!?」


「あっ、うん!私の相棒なの。ごめんねブラン、起こしちゃった?」


 カゴに柔らかい毛布を敷いた専用ベッドからふわりと浮かび上がったブランを抱き止めた後、私たちを見ているフライとキール君が呆然としていることに気づく。

 『どうしたの?』と聞くより先にフライが手を伸ばして、ブランの背中にある小さな羽に触れた。フライとブランの魔力が反応し合っているのか、羽の周りが淡く緑色に輝く。

 その反応を見たフライが、感嘆しているように呟いた。


「動物の容姿で天使の様な翼を持ち、人の言葉を話す子猫……そしてこの魔力、間違いなく使い魔だ。成る程、この子からさっきの話を聞いたのならそりゃあ詳しくて当たり前か。使い魔は元々、聖霊から派生した種族だから」


 『そうなの!?』と飛び出しかけた声を飲み込んで、代わりに確認の為に腕の中に居るブランを見る。耳をペタンと垂れさせたブランは、『いつかは話さなきゃと思っていたんだ』とちょっと申し訳なさそうな顔をして頷いた。どうやら本当らしい。


「それにしても、君が使い魔持ちだったとは驚いたよ。使い魔との契約は、法務省や教会の位が高い魔導師でも早々出来るものじゃないのに」


「え……っ?」


「まぁね、今聖霊の森から契約の魔方陣でこっちに来るには、契約相手の人間が清らかな魂の持ち主だって王様に認めてもらわなきゃなんないし」


 フライの言葉に首をかしげた私の声を遮ったブランの説明に、それまで大人しく話を聞いていたキール君がガタッと椅子から立ち上がる。


「その“王様”と言うのは、まさか……!」


「聖霊の王、“オーヴェロン”様だよ」


「と言うことは、やはり聖霊王は実在するんだな!?どうやったら会えるんだ、教えてくれ!」


 さらっと答えた途端、ブランと私に駆け寄ってきたキール君がすがり付くように言う。

 伸びてきたキール君の手をブランがピシャリと尻尾で叩き落とした。


「確かに聖霊王様は実在するし、絶大な癒しと浄化の力をお持ちだよ。でも、自分が辛いからってその痛みを攻撃にして他人を傷つけて、それを反省もしないような人間に力を貸すと思ったら大間違いだ!まず何より先に、フローラを攻撃したことを謝れ!!!」


「ーー……っ!」


 全身の毛を逆立たせて威嚇全開モードのブランに言われたその言葉にフライは頷き、キール君は愕然と膝をついて瞳を見開く。真夜中の森みたいな暗い緑色の双眸から、音もなく雫が溢れ落ちた。


 ぐっと唇を引き結んだキール君が、よろよろと立ち上がって私の方を見る。乾いてしまった唇が、声にならない声で呟いた。

 『じゃあ、どうすればよかったんだ』と。


「だって、どうしようもないじゃないか。自分は無力で、医学にも頼れず、周りの大人は信用ならない。唯一心を許した彼女が、日に日に弱っていくのをただ見ているしか無いなんて耐えられなかった!同情で手加減されての勝利も、その場しのぎの無責任な優しさも、知った所で中途半端に希望を持たせるだけの知識も要らない!どうせ貴女達が助けてくれる訳じゃないんだろう!?僕は、僕はただっ……」


「ブラン、ちょっといい子にしててね」


「あっ、フローラ!?」


 怒鳴り散らしている筈のキール君の声は、酷く弱々しく聞こえる。『どうせ貴女が助けてくれる訳じゃない』とキール君が言った通り、私には聖霊の力なんてない。ミリアちゃんをすぐに救ってあげることが出来ない以上、今私が何を言ったところでそれは偽善だ。

 それでも、机に叩きつけた彼の拳が赤く腫れていることに気づいたら……どうしても黙っていられなくて。抱き締めていたブランをベッドにおろして、空いた両手で腫れ上がったキール君の右手をそっと包んだ。


「キール君は、ミリアちゃんを本当に大切だと思ってるのね。だったら尚更、大切な人を助けるために、これ以上自分の手を汚しちゃ駄目。余計に彼女が悲しむことになるだけだわ」


「……っ、何を偉そうに!そんなことを言っても、だからといって貴女がミリアを救ってくれる訳じゃないんだろう!?人間には癒しの力はないのだから!聖霊の巫女でも居れば別だが、そんな女性はもうどこにもいやしないんだ!!実際何百年と指輪を受け継いできても未だに後継者は一人も見つかって居ないじゃないか!救いの聖女なんかどうせ現れなっ「そんなことない!!!」……っ!」


 負けじと張り上げた私の声に、キール君の泣き声のような叫びが止まる。本当は『私が助けるよ』って、だから大丈夫だよって言ってあげられたら一番いいけど、それは不可能だ。でも、それでも私は知っている。私達には不可能なその奇跡の力を手に入れられる女の子が、この学院に居ることを。ただ、それを手にいれるのは私じゃなくてヒロインのあの子だから、『絶対助かるよ』なんて無責任なことは言えないけれど。

 無力な自分の歯痒さには目をつむって、ギュッとキール君の手を握って微笑んだ。


「来年の春のお祭りで、指輪は必ず新しい聖霊の巫女を選ぶ。だから、諦めないで?」


「……っ!し、しかし、何を根拠に……いや、それが事実だったとしても、生徒会でも何でもない僕とミリアはどのみち会場にすら近付けない。そんな言葉、気休めだ……!」


 そう震える声で拒否しながらも、キール君の瞳に迷いと僅かな希望が宿る。ちらっとフライを見れば、彼を離さない私の肩にポンと手を置いて並び立ったフライがやれやれとわざとらしく肩を竦めた。


「逃げても無駄だよキール、彼女は一度こうと決めたら死ぬほどしつこいんだ。あまり足掻くと寝室に忍び込まれて手足縛られるよ」


「えっ、されたことあるんですか……!?い、いや、しかしっ」


「君達の事情はわかった。一方的に哀れんで、勝負も避けたまま長いこと君の苦しみに気づかなくて……悪かったよ」


 フライらしくないまっすぐなその謝罪にポカンとなるキール君は、正にハトが豆鉄砲を喰らったみたいな顔になっていた。


「ただ誤解はするな、僕も兄さんも君に我が国の王位を譲りはしないし、第一王位継承者になったとしても聖霊の森に行けるのは最短でも18歳……学院の高等科を卒業する日だ。ミリア嬢の体調からして、そんなに待っては居られないんだろう?」


 静かに諭すように語るフライの声にキール君が頷いた。


「だったら、フローラの言う新たな巫女が現れる確率にかけた方がまだ望みがあるんじゃないか?僕だって君の身勝手な振る舞いにはまだ怒っているし、その新たな巫女が本当に君とミリア嬢を救ってくれるかなんて知ったこっちゃないけど」


「フライ!」


 言い方ってものがあるでしょ!と鋭く名前を呼んで嗜めると、フライは苦笑しつつ肩を竦めてわざとらしくキール君に背を向けた。


「……でもまぁ、他ならぬ被害者のフローラが許している以上僕から言うことはこれ以上ないし。スプリングの第二皇子として、来賓枠で祭りのエリアに入れるように招待状位は出してあげるよ」


 それは多分、素直に慣れないお年頃のフライからの、精一杯の優しさだ。だから、わざとキール君に背中を向けたフライの耳が少しだけ赤いことには、気づかなかったふりをする。


「本当に助けてもらえるかの交渉は自分で頑張って、お話し合い、本当は得意でしょ?周りから目を逸らして攻撃的になっちゃわずに『助けて』って声に出来たら、ちゃんと誰かしら聞いてくれるよ」


「……っ!あ、ありがとう、ありがとうございます……!」


「あらあら、外は雪だけど部屋のなかは洪水ね」


 限界が来たのか、それだけ呟いたキール君がその場で泣き崩れる。私は彼の頭からタオルをそっとかけて、その涙が止まるまでずっと背中をなで続けた。






「さーて、じゃあ私もミリアちゃんとお風呂入るから、今夜は解散!さぁ、男の子は出てった出てった!」


「相変わらず唐突だな君は……」


「え?あ、あの、ですがミリアはまだ体調が……」


「隣のお部屋でお医者様に待機していただいてるから大丈夫よ、キール君も疲れたでしょ!今日はもうなにも心配しないでゆっくり休みむの。お姉さんの言うこと聞きなさい!」


「いや、フローラ様は我々と同級なのでは……??


「気にしたら敗けだよキール、彼女は昔からこうやって意味がわからない時に年上ぶりたがるんだ」


「は、はぁ……」


 廊下に閉め出した二人がヒソヒソと話しているけど、私も廊下まで来てるんだから丸聞こえよ貴方達!


「ちょっと、聞こえてるよ!」


「おっと、これは失敬。じゃあお休みフローラ、よい夢を。キールはまだ信用ならないから、僕が責任もって彼の部屋に叩き込むから」


 そう微笑むフライの天の邪鬼さについ苦笑が漏れる。素直に『心配だから部屋までは連れていく』っていえば良いのに……と、思っていたら、フライの後を追って歩き出していたキール君がふと立ち止まってこちらを向いた。辺りに人気が無いことを確認したキール君が、その場で膝をついて徐に頭を垂れる。えっ、どうしたの!?


「………今宵は、いいえ、学院に入ってからずっと、一方的な逆恨みと勘違いで危害を加えてしまい申し訳ございませんでした、フローラ・ミストラル皇女殿下。ミリアの病が治った暁には、どのような罰もお受け致します」


 その言葉に、きょとんと瞳を瞬かせる。まぁ確かに、事がことだしごめんなさいしてはいおしまいっては出来ないのか……じゃあ。


「じゃあ、今夜のあのしょっぱーいミルクティーの味なんて忘れちゃうくらい美味しいミルクティーにできる紅茶の茶葉をくれたら許してあげます!」


「……っ!」


 えっへんと平たいお胸を張りながらそう言うと、一瞬ポカンとしてからキール君が小さく吹き出す。


「かしこまりました、最高の一品をご用意致します」


「えぇ、楽しみにしてるわね」


 初めて見た自然な少年らしいその笑顔を見て。私の身勝手な偽善だとしても、手を差しのべて話を聞いてよかったなと素直に思いながら、中等科一回目のクリスマスの夜は更けていった。


   ~Ep.78 なんにも出来ない無力な手でも~


   『差し出せばきっと、なにかが変わる。無力な悪役皇女は、そう信じて生きていく』

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