Ep.13 思わぬ繋がり

「なるほど、妹さんでしたのね」


 出されたお茶を一口啜ってから、改めて隣に座る兄妹をじっくりと見てみる。瞳の色は大分違うけど、髪色も顔立ちもよく似てる。

 クォーツ皇子はつり目ではないけどね。


 あの後、私の叫び声を聞き付けたお母様が飛んできて、私達三人はあの場から連れ出された。そして、お父様とお母様に訳を聞かれる前に、アースランドの陛下と王妃様がこちらに謝罪してきたのだ。


 私達のひとつ年下であるルビー王女は、生まれてからつい最近までずっと病弱で、床に伏せがちだったらしく。

 国の上に立つための勉強は愚か、普通の生活すら出来ない期間もあったのだとか。

 そんな妹を、多忙な両親に代わってクォーツ皇子はそれはもう可愛がった。


 年子だし、蝶よ花よとまではいかないだろうけど、とりあえずクォーツ皇子は常にルビー王女の理想通りの“お兄様”であり続けた。


 その結果……


「異常なまでに兄を溺愛しちゃったんだね、これが」


「そうなんですか……。って、フライ様!?」


 お茶を頂きながらクォーツ皇子の話を聞いていたら、急に真後ろに風の国“スプリング”のフライ皇子が現れた。

 ホントにいきなりですっごく驚いた。アンタはマジシャンか何かか!!!


「お久しぶりです、クォーツ殿下、ルビー王女。そして……」


 フライ皇子が私の手を取り、その甲に軽い口づけを落とした。


「――……っ!?」


「フローラ姫。本日は、貴方とゆっくりお話が出来ると思い楽しみにしておりました」


「え、えぇ、それは光栄ですわ」


 本来の年齢よりずっと下の子供にときめいてしまったのを誤魔化すように、にっこりと余裕の笑みを浮かべる。


 この一年、入学式の日以降フライ皇子とはまるで接点が無かったのに、何故彼はわざわざ私に絡んで来たのか。

 あ、幼なじみで後の親友であるクォーツ皇子と一緒に居たから!?


 そう思うが早いか、私は乱暴にならないように且つ素早く椅子から立ち上がった。内心はかなり焦っていても、顔は笑顔を崩さない。

 長年(と言ってもたかだか6年ですが)の姫生活の賜物だ。


「申し訳ございませんフライ様。私、本日はそろそろおいとまを……」


「そんな事を言わずにちょっと待ってよ、ライトは遅れてくるって言うしさ」


「ーっ!」


 砕けた口調で囁かれた内容に驚いた。ライト皇子も後から合流するの!?


 尚更冗談じゃないと、私はなんとか席を外そうと頑張った。


 頑張りすぎて六歳にしては変な言い訳もたくさんしてまで頑張ったのに……、結果は惨敗。


 あれよあれよと、一緒にお茶をすることになってしまった。

 フライ・スプリング……、末恐ろしい子だ。


 そう言えば、優しい笑顔が特徴の“腹黒王子様”だって攻略本の帯に書いてあったなぁ。人気投票第一位だとか言って……。


「……現実で関わってみると、萌えより恐怖しかないのよね」


「フローラ様、何か仰いましたか?」


「いいえ、何でもありませんわ」


 思わず漏れた心の声すら聞き逃さなかったか。なんか、攻略キャラの中では彼が一番の要注意人物かもしれない。


「それにしても、フライはともかくライトが遅刻なのは珍しいね」


「あぁ、なんか城の門を出た所でひと悶着あったらしいよ?」

 

親しくなっていないからか私には王子様口調で接していたフライ皇子が、クォーツ皇子の言葉にはタメ口で答えた。やっぱ友達相手だと違うのね、当たり前だけど。

 それにしても、その“ひと悶着”って話が気に……


「気になりますか?フローラ様」


「えっ……!?」


 気になるなぁ、と思っていたまさにその時に、フライ皇子にそう言われた。


 驚いてその整った顔を見上げれば、妙な怪しさを含んだ笑顔がそこにある。


「いいえ、他国の方の私的な事にまで首を突っ込むような府設楽ふしだらな真似は致しませんわ。」


 図星を指されたことと、『ライト“が”気になるんだ?』と言わんばかりのその笑顔にちょっとイラっと来て、こちらも負けじと笑顔を作ってそう言い返した。

 あくまで優雅に、穏やかに……。この子に動揺を悟らせてはいけない。


 そう気を持ち直して、小さめの桜餅を一つ口に運んだ……その時。


「でも、フローラって去年ライトにフェニックスの城下でケンカ売ったんだよね?」


「ーっ!?ゲホッ……、なっ、なにを……!」


 友からの予想外の追撃に、桜餅の餡が気管に入った。


 何か反論しようとすると餡に喉の水分を持っていかれて、余計に咳き込んでしまう。


「まぁ、みっともないこと」


「こらっ、ルビー、失礼だろ。フローラはお兄様の友達なんだよ」


 うん、友達だね。

 友達なら、何もこんな各国の王子や姫がいる場でそれをバラす事は無かったじゃないですか。

 って言うか、何故それをクォーツが知っている!!?


 まだ咳き込んでいて声に出せない私の心の叫びを察したかのように、フライ皇子が『手紙に書いてあったんだよ。』と教えてくれた。

 話を聞いてみると、ルビー王女の側を離れずクォーツ皇子が他国になかなか行けなかった時期に、ライト皇子が文通を提案したんだとか。


 そのやり取りは昨年、皆で同じ学園に通いだすまで続いていて、その文通終了間近に届いた手紙に……


「私の事が書かれていた……、と」


「そう言うことです」


 人当たりの良さそうな笑顔を浮かべたフライ皇子が、私の言葉に頷く。顔は普通に笑顔だけど、肩が震えてるわよ!

 うーん、腹黒王子様に笑われるような内容かぁ。面白おかしく誇張して書かれたのか、それともあのライト皇子のことだから、怒りのままに筆を掴んで勢いで書き上げたのか……。


 駄目だ、どっちにしても恐ろしい。


 まぁ、フライ皇子とクォーツ皇子に同じ内容の手紙が届いていたらしい話を聞くと、多分後者だったんだろうなぁ。


 大きな問題にならなくて本当によかった。


 まぁ、後々ヒロインの方に問題が出てきたりしたらと思うとちょっと恐ろしいのですが。そこは私も反省しているので、もしヒロインがいずれ入学してきたらライバルどころかサポートキャラになるくらいの心構えで居るべきかしらね。イベント横取りしちゃったし。

 まぁ攻略の知識は乏しいけどね!


「……フローラ、何百面相してるの」


「すごい顔ね、まぁ、元があれなので大差はないでしょうけど」


 ルビー王女がまた私にさりげなく毒を吐き、それをクォーツ皇子が注意しつつ、ご機嫌斜めな妹を甘やかす。こうして見てると、仲の良さが伝わってくるなぁ。


「それで、僕がライトに提案したんですよ。貴方に借りを返したいなら、対等に学園の同級生となって関わりを持ったらどうかって」


「なっ……!」


「えっ、そうだったの?」


 そうか、あの急展開の黒幕はお前か!!!と、私が思わず叫んでしまう前にクォーツ皇子が驚きの声を上げた。

 そっか、クォーツ皇子は知らなかったのね。だったら許そう、やっぱり君は私の友達だわ。

 妹ちゃんには認められてないけど。


 

 それにしても、このまま私の話が続くのは非常に居心地が悪い。

 背に腹は変えられないので、さっきの『ひと悶着』の話に触れて流れを軌道修正しようとしたその時……。



「つ、疲れた……!」


「えっ!?ライト!!?」


「あーあ、服もずいぶんよれちゃってるね」


 私達が通されていた王室の和庭園に、妙にボロボロなライト皇子がよろめく足でなんとか入ってきたのでした。

 本当に、フェニックスのお城の前で何が……!


「あ、あの、ライト様、よろしければお座り下さい」


 親友二人に支えられたくたくた皇子に、立ち上がって自分の席を譲る。なんかもう、座るどころか横にさせてあげたい感じの疲れ具合だよ!


 本来なら女性を退かして座ると言うのはあまりイメージが良くないとお父様から聞いていたので、プライドの高いライト皇子にこんなことしたら怒るかなと思ったんだけど……。


 怒る気力すらないのか、ライト皇子は小さくお礼の言葉を口にして、その長椅子に腰かけた。気を使ったのか、同じ椅子に座っていたルビー王女も立ち上がって移動する。


 クォーツ皇子からお茶とお茶菓子を、フライ皇子からはいつの間にか用意されていた蒸しタオルを貰ったライト皇子は、ようやく少しだけ復活した。


「しっかしまぁ、一体何があったんだい?」


 尋ねておきながら、フライ皇子は『それなりに想像はつくけどね。』と苦笑いでそう付け足した。

 ライト皇子は無言でフライ皇子を一旦睨み付けてから、何故か私の方に目を向けた。


「――……フローラ・ミストラル」


「はっ、はい」


 皇子口調にする余裕は無いらしい、それに、わざわざフルネームで呼ばれるって恐いんだけど……。

 でも、流石にこの顔ぶれの中逃げ出す訳にも行かない。

 仕方なしにライト皇子の声に耳を傾けていれば、彼の口から出てきた名前に私の思考は停止した。


    ~Ep.13  思わぬ繋がり~


『……マリン・クロスフィードと言う子を知っているか?』


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