Ep.12 少女のポジション
大きな檜の木枠がついた姿見の前で、自分の姿を確認する。
私は今、空色の地に白みを帯びた桃色の桜の柄が入った着物を着て、ふんわり結った髪に桜の飾り付きの
「フローラ様、丈は如何でしょうか?」
「えぇ、問題ありません。ありがとうございます」
私の着付けをしてくれた女房(女の使用人)さんが、『では参りましょう』と器用に正座したまま襖を開けてくれる。
歩幅が取れずにちょこちょこと歩きながら、何でこんな事態になったのかしらと首を捻った。
野点用の長椅子に腰かけてクォーツ皇子を待ってたら、謎の和服美少女に決闘状とも言える白手袋を投げつけられて……。そして、あれよあれよとその子と勝負をすることになってしまった。
その時の会話を回想するとこうだ。
『勝負の内容は……そうね、野点にしましょ。わざわざそんな所に座ってるんだから、当然心得はあるでしょ!』
『あの、そもそも受けるとは申し上げてないのですが……』
『貴女に拒否権なんかあると思って!?さぁ、とっとと着替えてらっしゃい!!!』
と、まぁ話しているけど会話が出来ない少女の指示により私は近くの小さめのお屋敷に連れ込まれ、この格好に着替えさせられてしまったのでした。
野点かぁ、前世の高校の茶道の授業でちょっと作法をかじったくらいだし、自信無いなぁ。って言うか、これって負けたらどうなるんだろう……?
―――――――――
「あーら、よくお似合いよフローラ様」
「ありがとうございま……」
「まるでこけしみたいね、いっそ髪も短くしたらいかが?」
……うーん、小さいのに嫌味のレベルが高い子だなぁ。って言うか、一体どなた?
一応私に様付けこそしてるけど、普通の子達みたいに媚を売ってくるような感じは全くない。寧ろ敵意丸出しだ、原因がわからないけど。
で、野点勝負の結果だけど……何故か私の勝ちだった。
詳しい説明は飛ばします、お茶の小難しい説明を長々としても何だし。そもそも、ほぼ不戦勝だった。
私を笑い者にしてから自分が優雅にやってみせるつもりだったのか、和服美少女ちゃんは私に先にやるよう指示。
私もさっさと終わらせたかったから応じて、途中で考えすぎて動きをフリーズさせつつも特に失敗はなく終わらせた。
まぁ、細かいお作法まで全部あってたかは自信無いけど……。
私の番が終わったあと、周りに見に集まってきていた大人の人達から拍手を貰った。
でも、手前に居た知らない貴族らしきおじいさんに頭を撫でられていた時に、何故か和服美少女ちゃんから嫌味や指摘が無いことに気づいて、彼女が正座して待っていた方を振り返ったら……。
「あ、あの、顔色が悪いですわね。大丈夫ですか?」
「だっ、大丈夫よ!ちょっと待ってなさい、今そっちに行くから……~っっ!!」
明らかに顔が歪んでいたので思わず声をかけたら、却って怒らせてしまった。
でも、勢いよく立ち上がろうとした和服美少女ちゃんは、途中でブルブルっと震えてから座り込んでしまう。猫ちゃんみたいなつり目が、涙で僅かにうるうるしている。
これは……うん、もしかしなくても、痺れたんだね?
その後、痺れが収まるのを待たずに無理矢理自分の番を始めた和服美少女ちゃんはお茶の粉をぶちまけたりお湯を溢したりしてしまって、結局周りの評価で私の勝ちになった……らしいです。
そして今、綺麗な着物をお茶やお茶菓子で汚してしまった和服美少女ちゃんがわんわん泣きながら私の事を小さな拳でポカポカ殴ってきている所だったり。
まだ五~六歳だから良いけど、私が何も怒ってなくてもこれもう少し大きくなってからやってたら国際問題とかになっちゃうんだろうなぁ。うーん、貴族や王族って大変。
「わだっ、しっ、のっ、勝ち、だも、ん……!!」
「きゃっ!?」
と、考え込みながら叩かれるのをスルーしてたら、不意に突き飛ばされてしまい、動きにくい着物だったからそのまま転んで汚しちゃった。
どうしよう、弁償とか言われたら……。
「こらっ、ルビー!何してるんだ!?」
「ーっ!クォーツ様!?」
和服美少女ちゃんが私を突き飛ばした直後、人波を抜けてクォーツ皇子が飛び込んできた。
片手には、しっかりビニール包装された三色団子を持っている。
約束守って持ってきてくれたのね、律儀な子だ……って、あら?
「大丈夫!?フローラ、怪我は……」
「だ、大丈夫ですわ。大丈夫ですから寧ろクォーツ様が落ち着いてください」
クォーツ皇子は地面に尻餅をついた私と、今にも私に馬乗りになって殴りかかって来そうな位に憤慨して周りの大人に止められている和服美少女ちゃんを見比べて真っ青になった。
そう言えば、笑顔以外の表情見るの初めてかも。そして和服美少女ちゃんはルビーちゃんと言うのね。
瞳が綺麗な深い紅色だからルビーなのかな?
「とりあえず、立てる?ほら、掴まって!」
「えぇ、ありがとうございます」
クォーツ皇子がおろおろしながらも差し出してくれた手をお借りして立ち上がる。
普段なら自力で立つけど、不慣れな着物で転んだのを、どこにも掴まらずに立ち上がるのは私にはちょっと無理だった。
「何で……!なんでそんな子に構うのですか!!」
「こらルビー、止めなさい!」
「イヤです!!お兄様は、悪い女に騙されているのですわ!!!」
泣きながらそう叫んだ和服美少女ちゃん改めルビーちゃんは、私からクォーツ皇子を引き離すように腕に抱きついた。
いやいや、悪い女に騙されているも何もまだ六歳だよー、小学校一年生だよー、そしてクォーツ皇子は笑顔でまったりさんだけどなかなか強かだから大丈夫だと思うよー。
――……って、そんなことより。
「おっ、お兄様ぁぁぁぁっ!?」
そんな私の叫びのせいか、真上の枝からまだ綺麗に咲いている桜の花がハラリと舞い降り飛んで行った。
~Ep.12 少女のポジション~
『てっきり、婚約者か何かだと思ってたのに!』
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