いじめられっ子の悪役転生記 ~『って、国ごと転覆!?冗談じゃないです!』~
弥生真由
序章 その死は終わりか、始まりか
Ep.0 終わりの始まり
「えー、今日の授業は使い魔の召喚ザマス。良いザマスか?自分のインスピレーションに合う最高のパートナーを探すザマス!」
逆三角形のレンズのメガネを指で押し上げて、先生が魔法陣の描かれたプリントを私に渡して下さいました。
まずはそこに薄く描かれている魔法陣をなぞり、自分の手で完成させるのですが……
「えっと……、あら?何で真っ直ぐに引けないのでしょう……。」
真ん中の直線をなぞろうとして、大幅にはみ出してしまいました。先生の顔を見上げると、呆れたようにため息をつかれて落ち込んでしまいます。
「はぁ……、ミス・フローラ!」
「はっ、はい!」
「宜しいですか?貴方は将来、この国を背負って立つ立場のお方ザマス。ご自身の立場をしっかり考えるザマスよ!!」
「はい先生、申し訳ございません……。精進致しますわ」
先生が、困ったような顔をして『さぁ、もう一度ザマス!』とプリントを叩く。
次は失敗しないようにと、一度深呼吸をしてからゆっくり魔方陣を描き上げて、無事に召喚までたどり着くことが出来ました。
「まぁ合格点ザマス。では、召喚してみましょう」
「はい!」
そしてその日、私は先生のご指導のお陰で無事に可愛い白猫さんの使い魔を召喚することが出来ました。でもこの子、何だか会ったことがあるような……なんて、気のせいですわね。わたくし、まだ五才ですもの。
―――――――――
「あら、ここは……?」
簡素な木で出来た机と椅子、自分が着ている紺のブレザーにスカート。
えっと、私は……?
「花音かのん、遅刻するわよー!」
「あっ、今行きまーす!」
そうだわ、今日から新学期だった!
――……あの人達が居る学校にまた通わなきゃいけないと思うと、制服のリボンを結ぶ手が震えてしまう。
でも……、お母さんには言えない。母子家庭でただでさえ大変なのに、余計な心配かけられないもの。
「花音、どうかした?」
「な、何でもない。行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい。今日も仕事で遅くなるから、悪いけど……」
「大丈夫、ご飯は私が作っておくね」
そう伝えてから、自転車に跨がって家を出る。
まだ時間には余裕があるし、ちょっとあの子の様子を見てから行こう。そう思って、登校ルートの途中にある小さな教会の裏に立ち寄る。
夏休み前から、私はここでこっそり小さな白猫を飼っていた。
安物だけど、小さな餌皿と水飲み皿も置いてある。
「猫ちゃーん、来たよー。……あれ?」
いつもなら私の足音に気づいてじゃれつきに来てくれるのに、今日は何故か姿が見えない。昨日来たときはちゃんと餌食べてたのに、どうして……?
結局、その朝はあちこち探したのに猫ちゃんはどこにも居なかった。
遅刻してもまたあの人達に色々言われてしまうので、仕方なく猫ちゃん探しは諦めて登校した。
「――……」
「やだぁ、何あの子の上履き」
「ボロボロじゃない。よくあんなの履けるよね、恥ずかしくないの?」
朝、下駄箱を開けると、上履きがボロボロになっていた。
ただ、履けないほどじゃないので履いて廊下を歩いていると、周りから色々ヒソヒソと話す声が聞こえてくる。でも、決して俯いたりはしなかった。
(――……気にしない、私は別に悪いことはしてないもの)
「あーら、日下部さん、素敵な上履きね」
「――……おはよう中河さん、悪いけど私急いでるからそこを通してもらえる?」
突然目の前に現れた女子グループに、あっと言う間に囲まれてしまう。
短く整えられたサラサラの茶髪、派手なピアスや指輪で着飾ったリーダーの中河瑞紀が私の腕を掴む。
「あら、朝から冷たいわね。つれない事言わないでよ、貴方に話があるの」
「はっ、離して……!」
「いいからついてきなさいよ、アンタが私に逆らって良いとでも思ってんの?」
振り払って逃げ出そうとしても、周りを囲む中河さんの取り巻きに囲われていてどちらにしても逃げられない。
結局誰にも助けを求められないまま、私は中河さんのグループに屋上まで引きずられて行ってしまった。
あの時、何としても逆らっていれば……こんなことにはならなかったのにと思うと、後悔してもしきれない。
―――――――――
屋上に着くと、取り巻きの1人がガタガタと動く小さな段ボール箱を中河さんに渡す。そして、全員でニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて私を見た。
気味が悪いその姿に、思わず数歩後ずさる。
「な、何……?」
「ねぇ、貴方最近面白いモノ飼ってるんですってね」
「ーっ!!?」
そう言って彼女が箱から引き上げたその子を見て、一気に血の気が引いた気がした。
どうしてあの子が……!
「かっ、返して!」
「あら、人聞き悪いわね。私はただこの小汚ない猫を拾っただけよ」
『それとも、貴方の飼い猫だなんて証拠があるのかしら?』と言う彼女の腕の中で震える小さな身体。
確かに首輪も何もしてないけど、でも……!
「ほら、何も言えないって事はないんじゃない。だから、この猫は拾った私のモノよ」
「ブランは物じゃないわ!」
「――……はぁ?アンタ、さっきから何様のつもり?」
ギロリと鋭いつり目に睨まれるけど、後ずさらずに私も彼女を見つめ返す。
いつもはやり返さないけど、今日は……
「――……!」
「何よ、やる気?悪いけど私、今日は直接貴方とやり合う気ないのよね。……ねぇ、その生意気女押さえといて!」
「「はい!!」」
中河さんの一言で、一番近くに居た2人に挟まれ腕を掴まれてしまう。
私が動きを封じられたのを確認して、彼女が猫をつまんだまま屋上のフェンスに手をかける。
「さっきも言った通り、これはもう拾った私の物だからどうしようと私の自由よね」
そう言って、彼女の手が猫をフェンスの外側に移動させる。
その指がゆっくり猫から離れようとするのを見た時、気づいたら私は自分でも驚く位の力で取り巻きを振り払い、中河さんに飛び付いていた。
「止めて!!!」
「ーっ!!?ちょっと、何すんのよ!!!……っ!?」
フェンスに片足をかけている彼女に飛び付き止めようとしたら、2人分の体重と揉み合いの衝撃で歪むフェンス。
そして、一部亀裂の入ったそこから私たちの身体は向こう側に抜けてしまい……
『あぁ、人生ってこんなに呆気なく終わってしまう物なんだ。』
なんて気持ちが過って、世界が真っ暗になる直前。
誰かの柔らかい優しい手に、力強く引っ張られたような気がした。
~Ep.0 終わりの始まり~
『助けてあげられなくてごめんね』
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