二人芝居
にとろげん
二人芝居
西に傾いた日差しが一階まで届き、春の
男子生徒は台本を片手にぎこちなく台詞を読み上げた。
「お、おお姫よ……私が来たからには大丈夫、です」
囚われの姫を助けに現れた王子様。人前で演技をするという不慣れなシチュエーションとありきたりにロマンチックな役柄は、内向的な男子高校生である優斗にはなかなか厳しいチョイスだった。情けないかな声は震え、視線も完全に床を向く。
一方彼の正面。教壇に足を組んで座り、頼りない王子にへなへなと呼びかけられた姫は眉尻を下げた。
「なあ優斗先輩。協力してもらっている身で申し訳ないんだが、もう少しこう、キリッとできないかな」
艶のある黒髪を高い位置でまとめた女子生徒。ともすればその身長は優斗よりも高く、凛々しい表情には余裕も感じ取れる。
「いや、すまんな……。ずっと裏方しかやってこなかったし、ましてや桜庭の前で“王子様”だなんてさ」
彼女の名前は桜庭愛梨。優斗の部活動の後輩の一年生であり、演劇部期待のエースでもある。男装の麗人を地で行く性格で、今年の学園祭で披露した“王子様”によって校内中の女子生徒の心を鷲掴みにしたレディーキラーだ。
方や優斗は三年間裏方専門で、就いた役職は“裏方長”。照明から美術、大道具まで幅広くこなせるために部内での信頼は厚いが、いかんせん演技の方は三年経ってもからっきしだった。二年生の頃に代打で出演した木の役Bでさえ、終演後のアンケートで『後ろの木が挙動不審で変だった』と書かれた始末である。
「んー……」
愛梨はため息をひとつ吐くと、座ったまま軽く伸びをした。室内に漂っていた演劇の空気が薄れ、緊張がほどけていく。
「そう言ったって、今回は私が“お姫様”なんだよ。先輩も部のグループトークに上がってた配役表は見ただろう?」
桜庭愛梨のお姫様。どうにも繋がらないこの配役は、卒業式前に行われる三年生を送る会にて上演される。この公演はもちろん卒業生を激励する意味もあるが、演劇部にとっては世代交代の節目となる重要な場でもあった。
「ああ、見たよ。王子様は橋本だっけか」
「そうさ。アイツ、絶対裏で仕組んだに決まってる」
台本のオーディションが済んだ後、配役は部内での匿名の多数決によって決定される。本当に適した人を選ぶという目的で完全に他薦方式だ。しかし今回はどうにもおかしかった。次期部長である二年の橋本と仲の良い生徒の台本が選ばれ、配役も、裏方も、彼に都合の良い割り振られ方がされている。
「もちろんアイツらの台本が本当に評価された可能性もあるけどさ、何回読んだって美保ちゃん先輩の書いた方が面白いんだよ」
「美保ちゃん……ああ、金井ちゃんな。あの子が書いた台本も読ませてもらったけれど、確かに演劇の魅せ方をしっかり理解してるなと思ったよ」
「だろう? 先輩も同じ意見みたいで良かった」
まるで演技のように捲し立てる愛梨に、優斗も頷いて見せる。
「でもな――」
そして愛梨の隣に座ると
「形はどうであれ、今回演劇部ではこの台本が選ばれて、桜庭は役者に選ばれたんだ。自分が納得いかないから文句を言うだなんて、それは逃げじゃないか?」
突然の否定的な言葉に、愛梨は動揺する。
「逃げだなんて……! 優斗先輩もアイツらの味方なのかい?」
「敵だ味方だって話じゃない。強いて言うなら俺も桜庭も橋本も“演劇部”だ」
綺麗事だ、と思った。そういえばこの人はいつもそうだ。遅くまで残って裏方の仕事を仕上げ、演劇部が上手くいくために必死に努力してきた姿を一年間見てきたじゃないか。
「あーあ! 王子様の演技もそんな風にカッコよくキメてくれたらなあ」
愛梨は前屈して優斗を茶化す。別に慰めてほしかったわけではないのだ。ただ、味方で居てほしかった。
「うわ、俺今カッコつけちゃってたか?」
「うん、かなりね」
慌てる優斗先輩の顔。それを、ずっと見ていたと思った。
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