十一-5

 布の山から引きずり出されたスイは速やかに拘束されて護送車で運ばれていった。周囲では大勢の収拾班員が巨大傀儡の残骸の焼却処理に取り掛かっており、騒然としている。トラックで焼却施設へ運ぶとなると膨大な時間が掛かるし、その道中でまた傀儡が復活するパターンも十分あり得るため、この場で小分けにして燃やすしかないのだ。

 あちこちで立ち上る火柱が夜空に橙色を滲ませている。マキは離れたところからその風景を眺めながら、一人考え事をしていた。

 スイやエレンがそうであったように、ブレシスは社会に多大な驚異を齎す存在だ。野放しにしておけばいずれ必ず人に危害を加えるようになるし、今回のように災厄レベルの被害を引き起こす可能性だってある。そうなる前に捕まえて管理・治療するというホスピタルの理念はやはり間違っていないとマキは再認識した。

 だが――今日出会った碓井瑠己人という少年はそれに当て嵌まらないようだった。

 ブレシスは高慢だ。大きな犠牲を支払ってギフトという異能を手にしたのだから、何をしてもいいと彼らは思っている。しかしルキトにはその思想がない。ギフトを自分の利益には使用せず、他人を不幸から遠ざけるために使っていた。エレンも最終的には彼に感化され、巨大傀儡の破壊に協力するまでに至っていた。

 あの根暗っぽい少年には不思議な影響力がある。悔しいが、マキもそれを受けた一人と言えた。

『ナース・マキ』

 耳に付けたイヤーモニターからリンサの声が聞こえた。

『収拾班から円田翠の確保を確認しました。任務ご苦労様です』

 マキはそれまでの思考を一時停止させる。

「ええ、もうヘトヘトよ。ヘリでさっさとホスピタルに帰るわ」

『応援も無しによく巨大傀儡を倒せましたね。流石と言わせてもらいます』

 感情性の乏しい口調の中から伺えた微かな感服。マキはルキトたち(ブレシス)との共闘を同僚に話すべきか否か逡巡する。

 ルキトがこの先危険なブレシスに変貌しないとは言い切れない。作用・反作用の法則のように、そこに『異能(ちから)』があればまた別の『異能(ちから)』が出現してぶつかり合うことだってある。その余波で社会が混沌としないためにも、ホスピタルが必要なのだ。

 だからルキトとエレンがスイとの戦闘に介入してきたことを話せば、早急に二人の追跡が再開されるだろう。逆に、話さなければ現状二人の優先度は低く設定されたまま確保も保留になるかもしれない。

 今度はマキが選択する番。

 白衣のナースは火の粉の舞う夜空を見上げながら前髪を掻き上げ、襟元のマイクへ答えた。

「――当たり前じゃない。私を誰だと思ってるのよ?」

 ルキトたちの進む道を阻むのはまだ早いとマキは思った。少なくとも今は、観察するくらいの猶予は与えてやってもいいと思えた。

 ホスピタルでは描くことのできない未来を、彼らは作ることができるかもしれない。悪い未来でないのなら、それはそれで、期待してやってもいい。

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