九-2
エレンと一緒に声のした方を向くと、並木道の向こうからこちらに歩いてくる人物が目に映った。
裾の長い黒いワンピースの上に医者が着るような白衣を羽織った、三十代くらいの綺麗な女性だ。歩くたびにウェーブの掛かった髪が揺れ、スリットの入ったワンピースの裾から白い足が見え隠れする。その妖艶なオーラと、白衣という服装だけでも十分に目を引くような風貌だったが、何よりも注視せずにはいられないモノは、彼女の肩にベルトでぶら下がっている大きな銃だった。
映画くらいでしか目にすることのない銃――アサルトライフルを携えた謎の女は、ルキトたちとある程度の距離を置いた地点で立ち止まった。
「なんだよ、あんた」
ルキトはこの上なく不穏な兆しを感じて身を引き締める。エレンもルキトの隣に並び、警戒心を滾らせた。
「私は如月真妃。ホスピタルのナースとして、あなた達ブレシスを捕まえに来た者よ。よろしくね」
マキと名乗る白衣の女性は艶っぽい笑みを滲ませる。口にした台詞と、手に持った物騒な武器を鑑みると、その笑顔からは夢魔(サキュバス)を連想させる残虐性が感じられた。
「いきなり現れて何わけの分からないことを言っているのよ。ホスピタルって何? それに私たちを捕まえるって、どういうこと?」
相手を敵だと認識するのにエレンも時間を要さなかったようだ。猟犬のようにマキを睨みつけ、怒気を含んだ声で問い詰める。拳は既に固く握られている。
「あなた達はまだ子供だから、無知でも仕方ないわね。いいわ、せっかくだからお姉さんが現実を教えてあげる。ホスピタルっていうのは、ブレシスを確保して管理し、治療するための機関のことよ。で、実際にブレシスの確保を遂行するのが私たちナースのお仕事。先に言っておくけど、ギフトを使って悪いことをしていようがいまいが関係ないからね。ギフトを所持している時点で、女だろうが男だろうが、子供だろうが老人だろうが、善人だろうが悪人だろうが、捕獲対象になる。麻薬と同じよ、持っているだけで罪。ブレシスは遅かれ早かれ社会にとって必ず悪影響を及ぼすわ。そうなる前に見つけ出して捕まえて管理下に置くことが、世界の均衡を維持するために必要なことなのよ」
マキはエレンにちらりと視線を配った。
「現に、そこのあなた。えっと、名前はエレンちゃんだったっけ? あなたもギフトを使って公共物を壊したり、同級生に危害を加えたりしてきたでしょう? 私は遠くからずっとこの目で見てきたんだから、言い逃れはできないわよ」
反論できず黙り込むエレンを見過ごし、マキは「もう一方のあなた」と言ってルキトへ焦点をずらす。
「確か、ルキトくんね。あなたはギフトを使って犯罪を犯すようなタイプには見えないけど、そこは問題じゃないわ。ギフトとは力よ。力を持っている限りまた別の力があなたの前に必ず現れる。作用・反作用の法則のようにね。ブレシスという存在は、ただそこにいるだけで、新たなる脅威を招き入れてしまう危険因子なのよ」
最後にマキはルキトとエレンを一緒くたに眺める。
「天秤のバランスを保つためにあなた達はギフトを得たようだけど、そのせいで今度は世界のバランスが崩れるってわけ。だからそうならないように、ホスピタルによるブレシスの管理が必要なのよ。二人とも分かるわよね?」
マキの話が終わる。ルキトはすぐには言葉を返せない。マキの目的を知らされたところで、そもそも全く予知していなかった事態に頭がついていけてない。
マキは、自分たちを捕まえてホスピタルなる所へ連れて行こうとしている。要はそれに従うかどうかを即座に決めなければならないということだ。
答えなど、考えるまでもなく決まっている。
「嫌よ。行くわけないじゃない、そんなとこ」
先に発したのはエレンだった。
「ああ。行く気はないし、管理される気もない。ギフトは確かに凶器になり得るし、ブレシスだって確かに凶行に及ぶこともある。けれど善いチャンスだって生めるはずだ。そのチャンスを、危ういからという理由で誰かに強引に抑圧されるのは、俺は簡単には受け入れられない」
まるで聞き入れる様子もなく首を振るマキ。
「はいはい。御託御託。ナースを前にしたブレシスはみんな揃いも揃って綺麗事を並べるのよね。だから毎回武力行使になるんだけども」
マキはアサルトライフルを両手で構えて銃口を向けてきた。エレンが身構え、ルキトも精神を研ぎ澄ませる。ナースという未知の襲撃者との闘いが避けられないものとなっている。
前を向いたまま、ルキトは隣に立つもう一人のブレシスに小声で尋ねた。
「エレン……一応確認しておくけど、共闘ってことでいいんだよね?」
「野暮なこと聞かないで」
ついこないだまで敵だった少女とこうして肩を並べて闘うことになろうとは、無論ルキトは予期していなかった。しかし――今となってはこの上ない心強さがある。
「言い忘れたけど、抵抗してきた場合は捕獲対象のブレシスの安否は問われないの」
マキは目を見開き、口の両端を思い切り持ち上げる。
「そのつもりでね!」
叫んだのと同時に、アサルトライフルが火を噴いた。
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