八-1

 誰かに呼ばれた気がして目を開けると、そこは宇宙の果てのような光も音もない真っ暗な世界だった。手足を振ってみてもただ虚空を掻くだけで、声を出そうにも音が響かない。まるで宇宙を漂流する星の残骸にでもなったみたいだ。

 ふわふわと漆黒の世界を漂っていると、脇腹の辺りが疼いた。ここに来て初めて感じた明確な感触だ。その辺りを指でなぞってみると、細長い傷口があった。血こそ出ていないもののその切り口は妙に生々しく、まるでつい先ほど刃物に刺されたばかりのような新鮮さがあった。

 再び傷口が疼く。今度は目の奥にノイズ混じりの映像が明滅する。傷が、何かを思い出せと訴えかけてくる。

 冷たい雨の降りしきる真冬の夜。地面の上に倒れ伏す自分と、腹部からどくどくと流れていく真っ赤な血。傾いた視界の先には動かなくなってしまった母親の姿。その光景を目撃して叫ぶ、姉。


「いッ……イヤァァァぁぁぁぁぁ――――!!」


 傷口が、突然凍りついた。氷結は傷口を中心にぴきぴきと音を立てて広がっていき、ルキトの体を瞬く間に覆っていく。

 寒い。途轍もなく寒い。体が、魂が、凍える。

ルキトは思い出す。そう、これは死の冷たさだ。死が人に齎すこの世で一番低い温度だ。自分は今、それに囚われようとしている。つまり自分は今、死のうとしている。

 嫌だ、と思った。死にたくないと、素直に思った。

 凍結に抗おうとするも、どうにもならない。死の冷温は肉体の自由を奪い、命の燭を揉み消そうとしている。死から逃れる術など、ありはしない。

 ルキトは叫んだ。自分の声は聞こえなかったが、とにかく叫んだ。死にたくないと、生きたいと、そう訴えるかのように、必死で叫んだ。

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