六-1
雨が止んだ。雲間から月が顔を出し、これまで草葉の陰に隠れて鳴りを潜めていた虫たちも少しずつ羽を振るわせ始める。それでも辺りに漂う空気はまるで嵐の過ぎ去った浜辺のように閑散とした雰囲気に包まれており、闘いの後に訪れる虚無感を忠実に演出しているようだった。
「なかなか際どかったねぇ。もし雨が降っていなかったら力量的にキミは負けていたかもしれない。天に助けられたな、ルキト君」
黒い傘を丁寧にたたみながら適当な感想を吐くセオにはあえて構わず、ルキトは彼の傍らで尚も不安そうに顔を強張らせている山津芽在に目を配った。
「大丈夫?」
「え、ええ、ありがとう。それで……御戸さんはどうなったの?」
メアルの視線は、氷結を解かれて地面に仰向けに倒れているエレンに注がれる。同じ方向に顔を向けながらルキトは答えた。
「眠っているだけだよ。じきに目を覚ます」
「そう。よかった」
「……あんた、彼女のことを心配しているのか?」
「だって、クラスメイトですもの」
迷いなくそう答えるメアルの横顔を黙って見つめていると、
「ねぇ、碓井君も何かを失ってギフトを得たの?」
と、続けて質問が飛んできた。
「俺のギフトは喪失じゃなく経験によるものだ。その経験を通じて得た知識こそが、俺のギフトの本質になっている」
「知識?」
「死の知識だ」
「だったら御戸さんがギフトを得たきっかけは何かしら」
「恐らく世界を忌み嫌う不快感情が源となっているんだと思う」
「そんな感情を抱くようになった原因も過去の経験の中にあるかもしれないってこと?」
悲しげな声で訊くメアルにルキトが何も言葉を返せないでいると、今まで会話の成り行きを観察していたセオが冷ややかな顔で口を開いた。
「ところでルキト君。闘いは終わったかもしれないが、落着はまだしていないと思うよ」
含みのある台詞にルキトは黒服の男を振り返る。
「エレン君はこの世界に犇めく不快要素を片っ端から排除したいと望む人間だ。その徹底ぶりはまるで無の世界を羨望していると言っても過言ではないくらい過剰なもの。果たしてそんな世界を作るなんてことはできるのだろうか?」
「できるわけない。世界を無にするなんて」
「それは極めて客観的な考えだよ。世界の全てを無くすことが無理だとしたら、逆に自分が世界から無くなればいいだけの話だ。主観的な考えをすれば自ずとその結論に行き着く」
徐々に不穏な空気を感じ始めたルキトに、セオは厳しい眼差しを突き立てる。
「ルキト君。死が人間を支配しているわけではないのだよ。単に死を好む人間が少ないだけだ。死を突き付ければ誰もが恐怖に怯えて屈服すると思っているなら、それは大きな間違い。だから――」
セオはエレンの方を一瞥する。つられてルキトもそちらを向く。
「キミのした事はどうしようもなく傲慢で安直な行いだったということさ。減点(マイナス)だな」
魂の抜けきった顔でゆっくりと立ち上がるエレンの姿が、目に映った。
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