五-2
エレンとルキトが闘っている間、メアルは時任から『天秤の理念』というものを聞かされていた。
「あれは『ギフト』といってね、稀に人の許に降りかかる特別な能力みたいなものだ」
ギフト――多大な不幸と引き換えに齎される特殊能力。
『天秤』に纏わるその一連の概念を知ったとき、メアルはもちろん驚愕した。と同時に、今目の前で起きている現実をようやく理解することができた。
ルキトとエレンが振るっている奇妙な力――あれは彼らがかつて悲しい経験をしたという印だ。ルキトはルキトなりの過去があり、エレンにもエレンなりの過去があり、今こうして互いに主張をぶつけ合っている。とても烈しくて、とても壮絶な闘い。
メアルはルキトのことをほとんど知らない。話をしたこともないし、隣のクラスの無口で背の低い男子生徒という印象ぐらいしかない。
エレンのことは多少なりとも知っている。メアルの前の席に座るクラスメイトであり、いつも不機嫌そうにしている反発的な少女であると、知っている。
しかし、なぜエレンがそのような性格なのかは知らなかった。なぜ日頃からあんなにも周囲のものに対して不快感を抱いているのか、メアルには分からなかった。
エレンはギフトという能力を得たブレシスだ。つまりギフトを得るに相当する経験をかつて味わったということになる。
もしかしたらその経験が彼女を今のような人格に変えたのではないか。エレンが世界を嫌うようになったことには何らかの原因が過去にあったのではないか。
メアルは人生を大事にしている人間だ。一度しかない人生なのだから、どうせなら明るく楽しく生きた方がいいと考えている。そうすることが正しく、当たり前であると思っていた。
しかし、そうでない人間もいる。そうできない人間もいる。
人は一人一人違うのだ。人生に対する価値観だってもちろん人によって違う。エレンの今の生き方は、故にエレンにとって当たり前のことなのだ。
メアルはそれを学び、痛みを感じた。エレンの姿を見ていて、エレンの言葉を聞いていて、謂われようのない痛みを心に感じた。
ルキトとエレンの闘いは、そんなメアルを無視して続いている。
雨ですら、まだ止んではいない。
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