愛されたかった

@Rou_000

第1話

あの子が嫌い。


「キモイ」「うざい」「なんで生きているの?」「早く死んでくんないかな?」「目ざわりwww」


高1の冬。たった一言が、日常を一変させた。

毎日続く嫌がらせはいつしかいじめになり、私を追い込んだ。

初めは、靴がなくなったり、体操服が水浸しになったり、教科書が捨てられていたり。気にしていなかったせいか、どんどんエスカレートしていった。

教室が3階にあるため階段が多かった。よく突き落とされ、身体中アザだらけだった。


ある時は、クラスで飼っていた金魚をイジメのリーダーが面白半分でナイフでバラバラにしたとき。犯人は私ということにされた。机から血塗れのナイフが出てきたからだった。くすくす聞こえてくる笑い声のする中、無表情で立ちすくんだ私を先生は見て見ぬふり。どう見てもいじめなのに、

「あんまり悪ふざけはよしなさいよ。」

とか、

「じゃれるのもそのくらいにしとけよ!」

とか。


どうにかしろよ。


なんて、何回心の中で思ったことか。自己表現が苦手な私にはそれを声にして言う勇気なんてなくて。兄が、助けてくれたりもした。でも、もうすぐ卒業する兄に助けてもらえるのは、あとすこしだ。

兄は、先生にもいじめについて言ってくていたがとくに、何もしてくれることはなかった。


嗚呼、ひどい世界だ。


父は気づいた時にはもういなかった。母は、私が居ることも、いじめられていることも、気にすらとめなかった。気づいていたのに……だから、私は諦めた。学校ではいじめられ、家では居ないものとして扱われることを。母は私より頭が良くなんでも出来る兄に愛情を注いだ。注いで、注いで、注いで。


兄は私を気にかけてくれていた。


だが、私は自分のことより兄が心配でならなかった。今もそうだ。母が注いだ愛情に精一杯応えようと、いつも笑い受け止めて。そうやって積み重なった歪んだ愛情の塔はいつもグラグラと揺れては止まって。

そんなことを繰り返しながらまた上に積み重なって。

そんなことを、母は知らない。

自分の愛情で、自分の愛しい息子が苦しんでいることを。

私は取り返しがつかなくなる前に、言おうとした。が、言う前に殴られた。何回も何回も。喋ってもいないのに、耳を傾けてくれることはなかった。

彼女はやはり、兄しか愛していないようだ。


私の家は歪んでいる。形も歪で、今にも崩れそうだ。兄は母の愛で、母は兄への依存で。

私は……


私は、私がいてもいいと言ってくれる人がいればよかったのだ。たった一人でも、いてくれれば。兄は、そのたった一人だった。



ある日、兄が死んだ。ちっぽけな事なのに、私とってはとても大きなことだった。

始まりは、母との喧嘩だった。私は目撃者だった。


「いいかげんにしてくれ!」


口を開いたのは兄で、母は呆気にとられていた。

「いいかげんにしてくれよ!これは愛なんかじゃない!依存だ。まともじゃない!」

兄はそう叫んでいた。

「えっ……!いや、ちがうわ!これは愛よ!そうよ……。愛なのよ!」

……。

「じゃあ何故僕ばかりに?母さんには〇〇もいるだろ?僕の妹だぞ?母さんの娘だよ?どうして助けないんだ?なぁ!どうして!?」


私は嬉しかった。が、兄が次に口を開くことはなかった。

料理をしていた母が、包丁で兄を刺していたからだ。

よけることも出来たのに……

母は、泣いていると同時に少し笑っていた。

母は、兄の体内からそっと包丁を抜くと、何事もなかったかのように料理に戻った。

私が思わず兄に駆け寄ると、兄は途切れ途切れに私に囁いた。

「〇〇。……げて。に……げ、て…!愛し、てる…よ。こ、れから、も、ずっ……。」

ぐでっとした兄の手は次第に冷たくたなり…。

兄に貰った服が、兄の血で赤く染っていく。

私の涙と混ざりながらも、赤く、赤く。

私を気にしない母、家から出るのは簡単だった。

警察まで走った。

急いでたから靴を履き忘れていた。足は血まみれになった。痛いはずだった。でも、そんなことは気にならなかった。

何よりも、心が痛かった。

私を愛してくれていた兄が…

歯を食いしばって、私は走った。


兄の葬式は、身内だけだった。

私一人でした。

とても寂しい最期だった。兄のとった行動が正しいのかわからなくなるくらいに…。

引き取り手のいない私は、警察の家でお世話になると、そう聞いた。そのことにほっとした私がいた。

母はもういない。兄を殺したのだから。

私にとってもう母ですらなかった。

兄を愛していたのに、自分が殺したというショックで体調を崩し、病気で亡くなった。

ざまぁなかった。

しかし、その事を兄が聞いていたとしたら、なんて言っていたか。想像なんて、容易くできた。

(兄なら、なぜ死んだのかと問い詰めるだろう……)

母の骨は、母方の墓に入れた。兄の骨は、母と同じ墓に入れると、また、あの歪んだ愛で愛され続けなくてはならないと思い、私が引き取った。

ちょうど、私と兄の、引き取り手も見つかった。

正確には誰もいなくて、引き取ってくれた、が正しい。

「今度こそ…。」

私はぼそっと呟いた。


「そう言えば名前。君の名前、なんて言うの?」

彼は言った。警察の大きい人。私を引き取ってくれた人。

元から、父のいない生活で、男の人は兄くらいしか知らなかった私にはとても新鮮だった。

私は彼の問いに答えた。

「私の名前は…ない。ないよ。……もう、ないんだ…。」

兄にしか呼ばれなかった名前は、意味が無いんだよ。

目から流れる涙を、彼は優しく拭き取ると、こういった。

「そうか。じゃあ俺が名前をつけてあげよう!そうだなぁ……」

と彼はいい、暫く思案した。数分たったあと、彼は思いついた、というような顔をしてこう言った。

「今日から君は眞菜(まな)だ。眞菜。どうかな?」

……眞菜。

「ありが、とう。ありがとうおにーさん!眞菜、うふふ、」

嬉しかった。涙が止まらないほどに、嬉しかった。おにーさんが頭を撫でてくれた。その手はちょっとゴツゴツしていて、ほんの少し兄に似ていて心地がよかった。

私はおにーさんと、どんな形でも家族ができて嬉しかった。隣には兄がいた気がした。そっと微笑んで寄り添って……


私は、今の高校をやめて、おにーさんの家の近くの学校に4月から編入することになった。

そこには私を知っている人はもういない。

新しい生活に心が踊らないわけがなかった。

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