第43話 クスノキ祭③

 そして、次の週末。

 僕はクラス委員の藤岡と一緒に街を歩いていた。

 何でこんなことになっているのかというと――話は少し前に遡る。

 放課後。僕はいつも通り部室に向かおうとしたところで、クラス委員の藤岡に足止めを喰らった。いったい全体何があったのだろうかなんてことを考えていたのだけれど――。


「いっくん、ちょっと良いかしら?」


 クラス委員にもいっくん呼ばわりかよ。

 僕はそんなことを思いながら、シニカルな笑みを浮かべる。


「君は確か、クラス委員の藤岡さんだったよね……」

「そう! 覚えていてくれて何よりです。……それで、あなたに頼みたいことがあるんですけれど」

「頼みたいこと?」


 何か頼めるようなことが出来るスキルでも持ち合わせていたっけな。


「と言っても難しい話じゃないのよ。洋服店にメイド服を取りに行く用事があるんだけれど、私一人じゃとてもじゃないけれど持って行くことが出来ないから」


 メイド服?

 はて、何かそんなことを使う用事ってあったかな?


「もう、とぼけないでよ! クスノキ祭の出店でメイド喫茶にするって決めたじゃない!」


 そういえばそうだった。

 あまり興味がなかったのですっかり忘れてしまっていたのです。申し訳ない。


「興味がなかったから忘れていた……みたいな表情を浮かべているけれど、残念。あなたたち男子にも手伝って貰うんだからね!」

「ええっ? 男子に手伝えることなんて何も見当たらないような気がするんだけれど……」

「何を言っているの! メイド喫茶で出す食べ物を作って貰うんだからね!」


 ……何てこった。

 まさかそんなことをやる羽目になるとは思いもしなかったのである。

 別段、気にしなくて良いだろうと思っていたから猶更だ。


「……料理って何をすれば良いの? 具体的には? もう紙パックのジュースを手渡しでも充分なんじゃない?」

「何を言っているの! それじゃ、『喫茶店』にならないじゃない」

「意地でも喫茶店にしたいんだね……」


 どうやら、藤岡さんは意地でも喫茶店にしたいらしい。

 そこまでやるこだわりって何処から生み出されるんだろうか……。

 というか、メイド服着るのは女子なんだよな。僕達男子は着なくて良いだろうし。というかそんな需要は何処にもない訳だけれど。


「いっくん、細身だし、メイド服着ても似合うんじゃないの?」


 嘘だろ?


「嘘、嘘! 流石に男子にメイド服を着させる程、馬鹿じゃないって!」


 馬鹿じゃないのか。

 いや、馬鹿なのか?


「……で? メイド服を取りに行くって言ったけれど、その場所は遠いのか?」

「全然! 学校から歩いて五分ぐらいの距離だよ」


 だったらお前一人でやれば良いじゃないか。

 言ったところで薄情者呼ばわりされてしまうのだろうけれど。

 ……まあ、仕方ない。少しはクラスの活動を手伝わないといけないのだ。そしてそれがそのときなのだろう。そう思って僕はその言葉を了承するのだった。



   ※



 豊橋制服店は七里ヶ浜駅の直ぐ傍にあった。寧ろこんなところにあって今まで気づかないのが驚きだったと言えるだろう。まあ、僕にとってこの界隈でのことは殆ど知らないことだと言ってもおかしくないので、ある種仕方ないといえばそれまでのところになってしまうのだけれど。

 それはそれとして。

 豊橋制服店には一度入ったことがある。理由は単純明快。制服を買い揃えるためだった。前の学校は学ランだったのだが、それも数ヶ月で着用しなくなってしまい、ブレザーであるこの学校の制服を買う羽目になってしまった――という訳である。買う羽目になってしまった、というのもどうかと思うけれど、しかしながら、それは間違っている情報ではないので、何ら不思議ではない。実のところたった一つだけ『理解できないこと』があるのだけれど、それは口に出さない方が良いだろう、ということで勝手に結論付けている。それ以上でもそれ以下でもない、何か別の考えがあるとでも言えば良いだろうか。いずれにせよ、この豊橋制服店には一度来たことがあるが、それっきりでそれ以外には来たことがない。上履きとか体操着とかの替えが必要な生徒は購入しに訪れるらしいけれど、僕はそのときに何枚か購入しておいた(流石に上履きまでは複数個購入しなかったけれど)ので、ここに立ち寄ることは滅多にないと思っていた。そう、滅多に――。


「でも、こんな早く訪れることになるなんてな……」

「何か言った? いっくん」

「いいや、何も」


 別段言ったかどうかを口にしたところで何かが変わるだとかそんなことはないし、別に話すことでもないと思っていた。僕の思っていることを他人に思わせることぐらい、簡単に出来たら良いのに――なんて思うのだけれど、それはそれで窮屈な生き方になってしまうな、と僕は思った。ただ、それだけのことだった。

 豊橋制服店に入ると、直ぐ目に入るのは、何と言っても店員の姿だろう。

 アフロ姿に、似つかわしくないエプロンを身に纏っている。

 その姿で女性だというのだから、はっきり言って疑問符が幾つ浮かぶか分かったものではない。


「いらっしゃいませー。あら、どうかしたの?」

「メイド服を貸して欲しいんですけれど。二十着ぐらい」

「……ああ、予約していた子ね。荷物大量にあるけれど、持って行ける?」

「大丈夫、大丈夫。そのために一人連れてきたので!」


 荷物持ちかよ!

 まあ、大体想像はついていたけれど。

 そんなことを思いながら、僕は袋の中にびっしりとメイド服が敷き詰められた袋を四つ手に取るのだった。


「あと一つは私が持つわね。流石に全部持って貰うのも悪いし」

「いや、だったら最初から増員を考えておいてくれよ……。四つは流石に持ち運びづらいって」

「車、出しましょうか?」


 言ったのは店主だった。

 何と、恵みの雨が降ってきたような感覚だった。

 僕達二人はそれを聞いて即座に了承。少し店の前で待っていてね、と言われて僕達は荷物を持って豊橋制服店の前に待つのだった。



   ※



「暑いねえ」

「うん……」


 ミーン、ミーン、と。

 蝉が鳴いていた。

 蝉が鳴いている、その音だけをBGMにして、僕達は店主が出す車をただひたすらに待っていた。

 持っていたのは、メイド服が大量に入った五つの袋のみ。


「……何か、飲む?」


 藤岡さんは僕にそんなことを言ってきた。

 見ると、豊橋制服店の目の前には自動販売機が置かれていた。


「え、でも」

「良いから。ここまでついてきてくれた、お礼」


 そう言われてしまったら、従うしかないだろう。

 そう思った僕は――こくり、と頷くことばかりしか出来なかった。


「何が良い? お茶とか、ジュースとか、コーラとか」

「コーラは苦手かな。……炭酸飲めないし」

「えー、いっくん、意外ー。いっくんなら強炭酸もお茶の子さいさいだと思っていたよ」

「お茶の子さいさいって今日日聞かないワードだな……」


 僕はそんなことを呟きながら、何を飲もうかなんてことを考えていた。


「じゃあ、お茶にしようかな」

「りょーかいっ。いっくんの好きなお茶を購入してくるねっ」

「何かそう言われると腹立たしいな……」


 たったった、と。

 彼女は走って、自動販売機に駆け寄った。

 ガゴン、と何かが落ちる音がして、無事に購入出来たのだと理解する。

 そうして戻ってきた彼女が持っていたのは、麦茶だった。

 ミネラルたくさん、美味しい麦茶。

 そんなキャッチコピーだったような気がする。

 麦茶のペットボトルを受け取ると、それはキンキンに冷えていた。

 冷たかった、というレベルを通り越して、凍っているんじゃないか、なんて思ってしまうぐらいに。

 いや、それは言い過ぎだったかもしれない。


「……いっくんってさ」

「うん?」


 麦茶を一口飲みながら、僕は質問に答える。

 彼女はカルピスウォーターを飲んでから、質問を再開する。


「伏見さんと高畑さんと仲が良いよね」

「ぶはっ!」

「うわーっ! いっくん、大丈夫? どうして吐き出したりした訳?」

「そりゃ、そんな質問を急にされたら驚かない方が驚きだと思うけれどね……」

「そういうもの?」

「そういうものだよ」


 ところで、何の話だったかな。


「そうそう。伏見さんと高畑さんと仲が良いよね。見ていて羨ましいな、って羨望の眼差しを送っちゃうぐらいに」

「……羨ましいと、羨望の眼差しで言葉が被っていないか?」

「何の話?」

「いや、君が気にしないなら別に良いんだけれどさ……」

「どうしてそんなに仲が良いのかな、って思っちゃって」

「どうして、って言われても……。部活動が一緒だから、かな。それに、言っておくけれど、あずさとは仲が良いかもしれないけれど、アリスとはあんまり口も聞かないよ。喋ること自体、彼女はしないからね」

「ほら、そうやって。下の名前で呼ぶのが珍しいじゃない、いっくんって」

「そうかな?」

「だって、私の名前分かる?」

「え……、藤岡……何だっけ?」

「めぐみ!」


 そんな名前だったかな。

 僕は思いながら、再び麦茶を一口。


「ああ、藤岡めぐみさんね。覚えた、覚えた。これでも僕は記憶力は良い方なんだ」

「でも、いっくんはいっくんって呼んだ方が呼びやすいよねっ。本名よりも」

「……そりゃどうも」


 出来ることなら、本名で呼んで欲しいんだけれどな。

 それはそれとして。


「遅いな、店主」

「みーちゃんのこと?」

「みーちゃんって呼ぶのか?」

「豊橋みずきさん。だからみーちゃんって呼ぶの」


 まるで猫だな。

 僕はそんなことを思いながら、炎天下の空を眺める。


「で、その……みーちゃん? とは仲が良いのか?」

「仲が良い訳じゃないけれど、時折ガールズトークをするぐらい」


 それを仲が良いって言うんじゃないのか?

 僕は思ったけれど、言わないでおいた。


「伏見さんと高畑さんって、水と油みたいな関係性になると思っていたけれど、意外と馴染んでくれて助かっているよ」

「水と油? そうか?」

「だって、あの二人って接点が皆無でしょう? けれど、同じ部活動に入ってくれて、どうやら仲も良さそうだし……。いっくんも居るしね!」


 そこでグッドと出すのはどういう意図があってのものなのだろうか。

 僕には分からない。


「おーい」


 そこで僕達の前に軽トラが止まる。

 運転しているのは――店主ことみーちゃんだった。

 そこで僕達の会話は終わり。

 強制的に終わってしまった、といった方が正しいのかもしれないけれど。


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