第34話 ラブレター⑤
藤沢駅に到着して、江ノ電に乗り込む。土日だけれど、時間的に空いていた。だ
から僕達は普通に座ることが出来た。
「……疲れたわね。やっぱり、歩き通したからかなあ」
「歩き通した、って言うか立ちっぱなしだったこともあるし、喉も酷使したし……、それが原因なんじゃないのか?」
「やっぱり?」
やっぱり、って何だよ。分かっていたんじゃないか。だったら僕が言うまでもないことだったんじゃないのか?
それはそれとして。
「…………疲れた」
言ったのは、アリスだった。
アリスはずっと喋っていなかったからてっきり疲れをも感じないのかと思っていたが、そこまで人間離れしていないようだった。
「驚いた。アリスも『疲れた』なんて言うんだな」
「…………私をなんだと思っているの」
「いやいや、そういうことを言っているつもりではないんだがなあ……。でもまあ、間違っていることではないか」
「アリスのことを馬鹿にしていることだけは伝わってくるわね……」
そうだろうか。
アリスを馬鹿にしているつもりはないのだけれど、僕にとってみれば、アリスのことは宇宙人としか思っていないから、馬鹿にしていると言われればそう思うのかもしれない。ただ単純に考えて、アリスは普通の人間じゃないと思っているので、あずさもそれは承知しているとすっかり思っていたから、僕の反応もすっかり理解していると思っていたからだ。しかしながら、あずさも頭が固い。今の感情が、『馬鹿にしている』と思われているとははっきり言って心外だ。
『まもなく、七里ヶ浜です』
アナウンスが聞こえて、僕の思考は中断された。
「もう七里ヶ浜ね。降りる準備しないと」
そう言って、あずさは立ち上がると、電車はゆっくりと減速する。
やがて電車は七里ヶ浜駅のホームに停車していく。
「とーちゃーくっと」
あずさの言葉は少し抜けた言葉だった。
けれど、僕達にとっては若干救いのある言葉だったというか、有難い言葉だったというか、嬉しい言葉だったように思える。何せアリスと僕だけだったら、会話が一切生まれなかっただろうから。
「じゃ、今日はさよならね」
あずさはそう言って、アリスと一緒に帰っていった。
そして、ひとりぼっちになった僕はとぼとぼと家に帰っていくのだった。
※
「デートじゃねえの、それって」
そう言ったのは、部長だった。
「やっぱりそうですよねえ……」
「思うのも仕方ないというか、当然というか、何というか……」
「結局のところは、ただのデートだったって訳だろ? 映画館にカラオケにショッピング……言っている内容からすれば完璧にデートの内容じゃないか。それ以上でもそれ以下でもない、完璧なデートプランだ」
「そりゃ、そうかもしれないですけれど……。でもデートとは言っていないですし」
「いやいや、言っていなかったとしてもやっていることはデートと変わらないんだから、それはデートと言えるんじゃないかい?」
「それもそうかもしれないですね……」
「さってっと、僕はデートの話を聞きに来た訳じゃないんだ。さっさと生徒会選挙の公開演説の文章を考えないといけない訳だからさ」
そう言ってそそくさと出て行った部長。
何のために来たんだ――なんてことを考えるのは、野暮な話だった。
※
エピローグ。
というよりただの後日談。
「結局、ラブレターってどうなったんだ?」
僕は単純な疑問を投げかけた。
僕は(ある種)明白な疑問を投げかけた。
僕は簡単な疑問を投げかけた。
それは答えが分かっている、単純でシンプルな正解だったというのに。
分かりきっていて、それを訊ねること自体が愚問だと言える話だったというのに。
でも、僕は質問した。
でも、僕は詰問した。
――ラブレターはどうなったのか、と。
その質問について、彼女はこう言い放った。
「…………ラブレターって、何?」
ああ、そういうことか。
そもそもの問題として。
そもそもの課題として。
そもそもの疑問として。
彼女がラブレターのことを知らなかった、ということなのだ。
仮に大量のラブレターを手に入れたとしても、その意味を理解していなければまったく意味がないということだ。
良く考えれば単純なことだったのだ。
良く考えれば簡単なことだったのだ。
それがそうであるならば、分かりきった話であるとするならば、僕は何も否定しない。僕は何も肯定しない。それが分かりきっている話であるんだ。だったら、僕は何も言わないだろう。というか、転校生に皆期待しすぎななのだ。転校生がどれだけパーフェクトな人間だと思っているのだろうか。転校生がどれ程完璧な存在だと思っているのだろうか。転校生のことを、買いかぶりすぎじゃないか、と言いたいぐらいだが、それはそれとして。言わずもがな、というところだろう。それが分かっているんだ。というか、分かっているのは同じ部活動に加入している僕達ぐらいしか知らないことも多いのだろう。
「……ラブレターのことを知らないなら、一から教えて貰え、あずさに」
「なんで私に?」
「いや、だって、そういうデリケートな話題は同じ性別の人間同士で言い合った方が良いだろう?」
「そういうものなのかねえ……」
「そういうものだろう?」
それ以上は言うのは野暮ってものさ。
僕はそんなことを考えながら、『屍者の帝国』を読み進めるのだった。
※
もう一つ。後日談があるとするならば。
あずさが買ってきておいたお土産があまりにも消化されていなかった、ということだろうか。仕方がないと言えばそれまでなのだけれど、気づけば量が減ってきている。いったい全体誰が食べているんだろう……などと思っていたら。
「……あ」
ある日、あずさが自らの鞄にお土産を仕舞っているのを目撃してしまった。
……別にそれをしなくても良いだろうに。僕はそんなことを思いながら、静かに部屋の扉を閉じるのだった。
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