第二巻 僕のポケットは星でいっぱい

第七章 観測活動の再開

第35話 観測活動の再開①

 九月というのは、夏と言うべきか秋と言うべきかややこしい時期だと思う。ゲーム会社によれば九月は『夏』というらしいし、一般の時期を考えれば『残暑』なんて言葉もあるぐらいだし、やっぱり夏なのかもしれない。秋という意見もあるかもしれないけれど、それはやっぱり受け入れるべきなのだろう。いいや、そうだ。夏ではなく、今は秋なのだ。


「そう考えて、心頭滅却しようとしても無駄なことだと思うよ?」


 後ろに座っていたあずさは、僕の言葉を聞いていたのか、僕の思考を感じ取ったのか、そんなことを言い出した。ってか、僕がそんなこと口にしていたのだろうか。言っていたならば、僕は悪いことを口にしたのかもしれない。


「そもそも、心頭滅却して暑さ忘れるって、仏僧だか誰だかの言葉じゃなかったかな? 僕達一般市民にはあまり関係のないことだと思うのだけれど」

「だったら、九月が夏だか秋だか考える暇があるんだったら、クラスの出し物調査に少しは協力しなさいな」


 そう。今は放課後前のホームルーム。

 九月下旬に迫った学園祭のクラス出し物を決定するミーティングのようなものを行っている真っ最中なのだ。

 なぜ、『のようなもの』と付帯したかというと、それがミーティングというにはあまりにもちゃっちくて、どうしようもなく面倒なことになっている。というか、簡単に言ってしまえば、クラスの出し物は、先程から明示されていた『メイド喫茶』に決まっていたのであった。

 どうして中学生でメイド喫茶なんてやらねばならないのだ、と思っていたが、クラス担任の徳重先生は特段何も気にしていない様子だった。それじゃ、先生の意味がないじゃないか、なんて思っていたけれど、しかしながら、そこで先生が突っ込みを入れれば、先生の意味はあってもクラスの自主性は問われないだろう。


「……やっぱり、男子ってメイドが良い訳?」

「良いかどうかと言われると、うーん、困っちゃうな」


 困っちゃうな、って何だよ。

 我ながら、返事に困る回答をするんじゃない。そう思いながら、僕は思いきり身体を後ろに捩らせる。


「だってさ、考えてもみてくれよ。やっぱり客寄せには、メイドが一番だと思わないか? 女子に負担を強いるのはどうかと思うけれどさ。男子は料理を作ることで帳尻を合わせれば良い話じゃないか。そうは思わないか?」

「そりゃ客寄せには便利だろうけれど……、やる身にもなってほしいものよ、メイドって。いっそ男子がメイドをやれば良いのに」

「それ、どこに需要があるんだ?」

「さあ? あるかもしれないし、ないかもしれないし。もしかしたら、意外と客が集まるかもよ?」

「嫌だね、やりたくない。……それに需要があったら、それはそれで嫌だ」


 昔、主人公が女子校に潜入するために女子に変装したら似合いすぎた、なんていうケースがあったらしいけれど、正直そこまでにはなりたくない。はっきり言って、そこまでプライドを失いたくない。


「……えーと、取り敢えず、このクラスとしては『メイド喫茶』をやるということで決定で良いですか」


 言ったのはクラス委員の藤岡だった。藤岡は眼鏡をかけた清楚な雰囲気を漂わせている女子だった。藤岡は、自分のクラスの出し物がメイド喫茶に決まったら、メイド服を着ることになる、ということを理解しているのだろうか。分かっているのだろうけれど、否定意見がないから仕方なくそれに同調しているだけ、なのかもしれない。


「反対意見、反対意見はありませんね? だったら、『メイド喫茶』で決定になるんですけれど。ほんとうに良いんですね?」


 よっぽど嫌なんだろうか。

 いや、普通に考えてみればメイド服を好き好んで着ることなんてないか。


「……それじゃ、『メイド喫茶』に決まりました……」


 ぱちぱち、と寂しい拍手が起こる。

 何というか、切ない気分になるけれど、致し方ないといえばそれまでなのだろう。

 僕もメイド服は着たくないし、普通に考えて女子がメイド服を着るのだろうな。

 ……ところで、大量のメイド服を何処から仕入れてくるつもりなのだろう?


「続いて、メイド服を借りる場所ですけれど、」


 あ、やっぱり聞くんだ。


「……例年通り、『豊橋制服店』から借りるということで宜しいですね?」


 例年通り?

 ということは、毎年何処かのクラスがメイド喫茶を所望しているってことか。

 陰謀か? 何かの陰謀なのか?

 僕はそんなことを思ったけれど、それよりもその制服店にメイド服が大量にあることが問題だな、と思うのだった。



   ※



「クラスの出し物? ああ、うちのクラスは例年通りお化け屋敷だよ。食べ物を出す場合は、検便が面倒だからね」


 検便?


「知らないのか? 食べ物を出す場合は、例えば密封されているもの以外を提供する場合は、保健所に検便を提出する必要があるんだよ。……それが嫌だから、出来合いの食べ物ばかりを提供するようになってしまったのだけれどね。でもまあ、致し方ないことだろう? 普通に考えて、検便をやろうなんて思う方がおかしな話だ。……ところで、君達のクラスは? まさかメイド喫茶をやろうなんて言い出さないだろうね」

「……ご明察です」


 肩を竦めて、僕はそう答えた。


「あはは。そいつは結構。何故だか知らないけれど、我がクスノキ祭には例年メイド喫茶をやるクラスが出てくるんだけれど……、そうか、今年は君達のクラスになったか。まあまあ、面白い話じゃないか。今年は楽しいお祭りになりそうだな、なあ、池下」

「今年は、って、まるで去年がつまらなかったような物言いだけれど、別段、そんなことはなかっただろう? それに、俺達は、ずっと部活動の方に尽力していた訳だし」

「え? 部活動の方も何か出すんですか?」

「寧ろ出さないと思ったのか?」


 思ってました、はい。


「……まあ、良い。部活動の方も何か出すことは決まっているよ。例えば陸上部なら都区聖ジュース、テニス部なら焼きそばという感じでね……。我が宇宙研究部は何をするか、教えてあげようか?」


 是非、教えて貰いたいです。


「我が宇宙研究部では、新聞を発行する! 無論、ただの新聞ではないぞ! 今までのUFOやその他諸々の知識を総決算したものになる! 我が宇宙研究部はそのために活動していると言っても過言ではない!」

「とか言って、参加は今年からだろう? 部長」

「どういうことですか?」

「この部活動が出来たのが、今年だって話さ。去年には影も形もなかった。俺とあいつが遊べる場所が欲しかった。ただそれだけの理屈なのさ……」


 それってまるで、遊び場所が欲しかった子供みたいじゃないか。

 そんなことを言いたかったけれど、すんでのところで言い留まった。


「……まあ、この部活動の総決算ってのは間違いないだろうな。来年は受験があるから、部活動に執心出来る訳でもないだろうし」

「え? じゃあ、この部活動も終わりってことですか?」

「何だい? 君達が引き継いでくれるとでもいうのか?」

「それは……」


 言い切れなかった。

 言い出せなかった。

 だって、アリスが宇宙人かもしれないのに。

 いつまでも一緒に居られるとは限らないのに。

 言えなかった。

 言えるはずがなかった。


「……まあ、そんな暗い気持ちにならなくても良いよ。未だ半年以上もあるんだ! 全然UFOは観測出来るだろうし。僕達もずっとUFOを観測し続けられれば良いんだけれどね……」

「良いんだけれど……、何ですか?」

「そこまで世間は甘くない、って話だよ」

「そういうことですか」

「そういうことだよ」


 いや、つまりどういうことだよ。

 分かりたくないのかもしれない。理解したくないのかもしれない。

 いずれにせよ。

 僕達の生活は、これ以上長くは続かないだろう、ということ。

 それを直ぐに思い知らされることになるのだけれど――その頃は、僕は何も知らなかった。

 知らずにいた。

 知らない方が幸せだったのかもしれない。もしかしたら。


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