癒しを求めて

枝豆

癒しを求めて


「みーんみんみんみんみーん」


 セミの鳴き声が聞こえる。時期的にはいないはずだけど。友達と山に遊びに行くにはいい季節だと思う。桜が散りきって、葉が茂り、生物の活動が活発になる、そんな中のハイキングなら心をいやすことができるだろう。こいつを友達のポジションに選んだ訳もちゃんとあるわけで。


「じじじじじ」

「うるせえ」

「え、いいじゃん。オレの魂のビートでこの山をヒートアップしてんのよ!」

「体感温度もヒートアップしそうだからやめろ」


 いうて暑いのは嫌いじゃない。少なくとも寒いよりはましだ。茹だる様な暑さが俺の脳を融かして何も考えなくさせる。これこそが俺の癒しだ。こいつもそれを分かっているのか、やかましい音を発することをやめない。あいつはあいつで俺を理解しているのだ。だって、何年も一緒にいるわけだから。俺は本心をしゃべるのが苦手だ。シャイなため、毎回毎回ほんとのことを言えない。今回の傷心旅行としてハイキングしているのもそれが理由だったりする。


「てか、お前さー。長袖長ズボンで暑くないないの?」

「暑い、死にそう」


 言葉を交わして、地面を踏みしめ、周りを見る。この繰り返しが友人とのハイキングというものだろう。そして体に負担をかけ、脳が何も処理できなくなる。それこそが俺の求める状態だ。その状態になれれば楽になる。だって、何も考えなくていいのだから。

 俺は毎回考えすぎてしまう。それで他人とかかわるのが嫌になった。考える量が増えるからだ。別に自分が頭いいとかではなく、単純に嫌なことがずっと頭をめぐる、そんな状態だ。誰だっていやだろう?


「つくつくほーし、つくつくほーし、せみーーーーー」

「はい、はい。面白い、面白い」


 本音を話すのが苦手だった。それの否定が飛んでくるのが怖いんだ。自分自体を、自分の歩んできた道をすべて否定される感覚、どうにもそれが慣れない。だから否定のないような世界に身を置いておきたい、誰にも間違いを指摘されない世界で一生を過ごしたい。その世界に、山という世界に来たのはそういう理由だ。能天気なこいつを連れて、な。


「あーあ、飽きたなー。もう帰らね?」

「おいおい、まだ山に入って数分だろ、もう少しいようぜ」


 この場所こそ、今の俺の居場所だ。最低限の会話を交わす相手がいて、自分を攻めて逃さない環境がある。この環境が俺の思考停止を促し、俺の気持ちを楽にしてくれる。何もかもいやだ、自分なんていなくなってしまえばいいと、自己否定を響かせる脳なんか融けて流れ出してしまえ。


「あのさー、別にハイキング行くのはいいけどさ」

「あ?」

「自分が振られたからって、オレ巻き込まなくてもよくない?」


 ああ、聞こえる、俺を否定する声が。結局おまえも俺の居場所じゃ……


「どうせ、新学期のテンションで告って、一か月持たなかったんでしょ」


 やめろ……!そこに踏み込むな……!


「それで、何?厚着して自分を苦しめて、そんな自分に酔ってるんでしょ?」

「あーあー!聞こえない!聞こえない!!」

「あ痛たたたた……そんなんじゃ、一生続く恋人なんか一生作れないぜ?」

「うるせえ!彼女いない歴イコール年齢のお前が言うな!」

「あ、言ったな、てめえ。てめえの書いたポエム学校にばらまいてやろうか?」

「ごめんなさい!私が全面的に悪かったです!」

「落ちるのはや」


 結局、俺の失恋旅行は魂の叫びを人質に取らたため、終わることになってしまった。


「ああ…俺の癒しの時が…」

「まだ言ってるよ。かえるぞー」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

癒しを求めて 枝豆 @EDAbeans

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る