青年の帰路
枝豆
青年の帰路
僕は一人で道を歩いていた。足元には桃色の花びらの絨毯が敷かれ、頭上には桃色の花が咲き乱れる。日本で特別視されている樹の下、今僕は
ここにいる。高校生という扱いが終わった最初の日、今年の四月が初めて始まる日、一年で一度午前中だけ嘘をついていい日、そんな特別な日の夜だけど、社会人初めてで何かやるとかではなく僕は怠惰に道を歩いているだけだった。特に何もやることがないのだ。僕には何もない。
一年前は何をやっていたかな。今の時間は…きっと勉強していただろう。大学のキャンパスを夢見て、イベントとか外の風景とか一切目もくれずただ勉強。もっと頑張っていれば、今その夢見た場所の桜の下にいたのかもしれない。そこの桜とここの桜、何かが違う…のかな。
その前は…その前は…と自分の記憶をたどっていく。桜の花は一輪、また一輪と散っていく。そして時間が経てば今ある桃色もすべて緑に代わって茶色になるだろう。むしろ、今の僕には全てが茶色にしか見えない。きっと……それが僕の未来だから。今思えば、先生や親からは先を見ろ、先を見ろ、とばかり言われてきた。今はどうだろう、立ち止って後ろばかり見ている。でも、今だけは、心に花も葉もない今だけは、後ろを見ても…いいよね?
何気なく立ち止まってみた。自分の周りを見渡してみる。右には道路、左には川。そして、僕とそれらの間には桜の木が並んで立っていた。
「昔の僕みたい」
ただ意味もなく、ただ理由もなく、言われたから立っていた。今は、言う人もいないのだ。自由になったのか。自由になったのか…?結局、今の僕は昔の自分に縛られていて自由ではないのかもしれない。桜は土に縛られて立っている。誰かの意思でその土に縛られたのだ。それは自由ではない。でも、その範囲内で自由に花を咲かせ、花を落とし、葉を茂らして、葉を落とす。もちろん咲かせなくてもいいのだから行動は縛られていない。自由だ。対して僕は、親に言われたから高校に行った。立っている位置は縛られていた。先生に言われたから勉強していた。行動は縛られていた……
「なんだ、桜より不自由じゃん」
口角を無理にでも上げ、自分をあざ笑った。それが僕の精いっぱいの抵抗だ。僕をつないだ言葉の鎖への。僕は自由になりたい。少なくとも、桜ぐらいには。今の僕はどうかな。今は先生もいない。親もあきれて僕にかかわろうとしない。でも自分の昔には縛られている。それら全部を合わせて桜に勝てるのかはわからないけど、その僕を縛る鎖さえ外せれば、僕は自由だ。じゃあ、その鎖を外そう!外そう。外そう……? どうやって?
道の左に体を寄せ、そのまま川を見た。落ちてきた桜の花びらを下流へ流し、新しい桜を受いれる、それが川の営みか。あれ?僕の、みんなの通っている学校じゃないか。桜の花びらは水に流された後は朽ちて消える。僕も同じ、朽ちて消える。
「僕も、朽ちて、消える」
その間、桜の花びらは何をする?答えは何もしない。ただ流されるだけだ。足が生えて岸に寄るわけでもない。でも、僕には足が生えている。手も生えているじゃないか。……岸に寄れるんじゃないか?
今一度、上を見上げた。桜の花が夜空の藍を背景に輝いている。花の持つ役割を精いっぱい果たして、そして散って。それには自由はないけど、輝きがあるように見えた。僕にもあったかな。そういう輝きは。でもこの桃色たちにしてみればそれは輝きとは見られないのかもしれない。ほかの人から見たら輝きに見えるのかもしれない。僕もほかの人から見たら輝きに見えた瞬間があるのかもしれない。そのあとは、落ちて、流され、朽ちるだけ。でも僕は岸によれる。
僕はまた道を歩く。自分の家を目指して、足を動かす。朽ちていく桜の花びらを踏んで、先を目指す。まだ僕にはチャンスがあるから。まだ何かできる機会が残されているから。それを期待して流れたほうが
「自由、だよね」
青年の帰路 枝豆 @EDAbeans
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