第18話 「帰還」
「敵は三十人ほど、どうやら全てがダークエルフの様だ」
斥候に出した使い魔の猛禽が目撃した情報をグレンが伝えた。
「オークが居ないのが幸いだな」
クレシェイドが言い、一同は頷いた。
「雷鳴砲を拡散させれば争いは起こらずに済むと思います」
「いや、雷鳴砲の音は大きすぎる。要らぬ増援を招く可能性がある」
モヒト教授の言葉に頭を振って漆黒の戦士が応じた。
「ってことは、正面突破か」
デレンゴが言うと、クレシェイドは頷いた。
「俺とネルソン、デレンゴで敵陣へ斬り込む。グレン、頃合いを見計らって皆を率いてきてくれ」
「わかった」
老魔術師は頷いた。
一同は敵に気取られぬよう、注意深く足を忍ばせ進んでゆく。そして枯れた草むらに身を隠した。
前方の様子が良く見える。報告通りの規模のダークエルフ達が番をしていた。その後ろにこんもり聳える洞窟の入り口があった。
クレシェイド、ネルソン、デレンゴが立ち上がり剣を抜いた。
「ん!? 何者だお前達は!?」
ダークエルフが目敏くこちらの姿を発見するが、猛然と駆け出した三人によって瞬く間に数人が刃の下に倒れていた。亡骸が消えてゆく。
「敵だ! 侵入者だ!」
ダークエルフ達が声を上げ剣を鳴らし迎撃に躍り出てくる。
しかし、対処する間もなく次々斬られていった。そして速やかに殲滅されたのだった。
強襲による一方的な殺戮にレイチェルは良い気はしなかったが、仕方がなかった。これは自分のために行われた悲劇だったが、自分には帰ってくるのを待ってくれている人達がいる。ここで足止めされるわけにはいかないのだ。
「行こうか」
グレンが言い、レイチェル達は老魔術師の後に従った。
クレシェイド達と合流すると、漆黒の戦士は言った。
「洞窟の中に何があるか分からない。ネリーとデレンゴ、モヒト教授はレイチェルについて行ってくれ」
三人が頷く中、レイチェルは驚いて漆黒の戦士を見上げた。
「ここでお別れだレイチェル。俺達は退路を確保するためにここに残る」
レイチェルは涙が溢れてくるのを止められなかった。いつか別れが来る旅路だった。それが今訪れたに過ぎない。だが、胸が苦しかった。
「クレシェイドさん!」
レイチェルは漆黒の戦士に抱き付いた。
「レイチェル。再びお前と出会えて俺は本当に良かった。長い旅路に思えたが、振り返るとあっと言う間だったな。レイチェル、ここでのことは覚えていられないかもしれない。だが、俺達の心はいつもお前と共にある。良い生を送ってくれ」
「ありがとうございます」
レイチェルは続いてグレンを見た。
「出会いがあれば別れもある。元気でな嬢ちゃん。ここからだが、お前さんの行く末の幸運を祈っているぞ」
「グレンさん……」
その時だった。
新手のオークとダークエルフ達が姿を見せた。
矢が放たれた。レイチェルを狙った矢をネルソンが剣で弾き返した。
「……行け。お前達の旅が無駄になる前に」
傭兵の男は短くそう言った。
クレシェイドとグレンも身構える。
レイチェルはデレンゴに引かれるがまま洞窟に入り込んでいった。
「クレシェイドさん!」
レイチェルは最後にもう一度彼の名を呼んだ。
漆黒の戦士は片手を掲げて応じた。
そして洞窟の先へ進んで行く度その姿も小さくなり、やがて消えてゆく。レイチェルは涙を拭った。
デレンゴが先頭で松明を掲げ、モヒト教授が同じく松明を持って殿に付いた。
赤銅色に照らされる洞窟には、その名の通り風が吹き荒れていた。向かい風だった。四人は先へ進み、地下へ地下へと降りて行く。その都度、風は強くなっていった。松明の炎が危なげなく揺れていた。
やがて地面一帯に大穴が開いた階に辿り着いた。
これこそが、神の御使いユニコーンが言っていた現世に戻る為の穴なのだろう。近くに来て圧倒された。これに飛び込むには勇気が必要だ。彼女が真剣に考えていると、その肩に手が置かれた。
ネリーだった。
「レイチェル、これに飛び込むのは並外れた勇気が必要ね」
ネリーは苦笑いを浮かべていた。そして真剣な眼差しと共に言葉を続けた。
「でも、行かなくてはなりません。あなたの人生は地上にこそあるのですから」
激励の言葉にレイチェルは頷いた。続いてモヒト教授が言った。
「辿り着いてしまいましたね。お別れはいつだって寂しいものです。私はあなたと、皆さんとの思い出を手記に纏めようと思います。いつか、あなたが定められた生を無事に終え、再びこちらの世界に来たら、是非とも見付けて読んで下さいね」
レイチェルは再び頷き、最後にデレンゴと向かい合った。
かつて盗賊だった男は、溢れ出ている涙を拭い振り払って言った。
「レイチェルさん、あんたのおかげで俺は真っ当になろうと決心することが出来たんだ。そして真っ当になってみてホントに良かったと思ってる。心からな。この旅でその恩を返しきれたとは思えねぇが、何にせよ、オメェさんの幸せだけを願ってる。あばよ、レイチェルさん」
レイチェルは頷いた。心に恐怖に打ち勝つ勇気が生まれて出てくるのを感じた。そして覚悟を決めた。
「皆さん、本当にありがとうございました。私、行きます。皆さんもどうか無事に帰って下さい」
仲間達は異口同音に応じた。レイチェルは微笑むと、穴に向き直った。仲間達との旅の思い出が脳裏を過ぎる。そして穴へ飛び込んだ。
真っ暗な中、向かい風だけを肌に感じた。だが物凄い勢いで彼女の身体は落ちてゆく。頭上を見上げたが、既に黒一色になっていた。
そして目の前が急に、白く眩しい光に満たされた。あまりの眩しさにレイチェルは目を閉じたのだった。
二
レイチェルはゆっくり目を開いた。
窓から差し込む緩やかな日差しがまるで彼女を祝福してくれているように思えた。
彼女はベッドに寝ていたことに気付いた。それにしても、何だか良い気分であった。その根本的な要因を探そうと思慮を巡らそうとしたが駄目だった。むず痒い気持ちだったが、そこに潜む記憶の中のものはどうしても思い出せなかった。何か大切なことを自分は覚えているはずなのだ。彼女はそれでも負けじと思い出そうと頑張ろうとした。形の無い広大な道のりを歩んできたような、そんな気分だけしか思い出せなかった。
ふと、すぐ隣に誰かが居ることに気付いた。金色の長い髪をしている。椅子に座り、古めかしく分厚い本に目を落としていた。
見覚えがあるような気がした。そして相手の背にある白い鳥の翼を見てレイチェルは恐る恐る声を掛けた。
「ティアイエルさん?」
相手が顔を上げる。美しい顔をしていたが、どことなく少女の時の面影が残っているように思えた。
「へ?」
相手は間の抜けた声を上げてこちらを見た。そして本に再び目を落としたが、また顔を上げた。
「え、嘘……」
相手は絶句し、眼を見開いて瞬かせた。
「ティアイエルさん、ですよね?」
レイチェルが尋ねると、相手は驚きの表情のまま頷いた。
「ここはどこの宿ですか?」
「え、アタシとアンタの家だけど……」
「え、凄い、お家建てたのですか?」
レイチェルの問いに答えたのは相手の大きな声だった。
「レイチェル!」
ティアイエルは彼女に抱き付き、抱き締めた。
「アンタ、ようやく戻って来たのね!? 夢じゃないのね!?」
レイチェルは少し驚きつつも頷いた。
「夢ではないと思います」
レイチェルが応じると、ティアイエルは身を離し、再び力強く抱擁した。
「いつまで寝てるつもりだったのよ、全く……」
その時、レイチェルのお腹の虫が鳴いた。
「待ってて、今、何か持ってくるから。今までの離乳食みたいな方で良いのかしら?」
ティアイエルが大慌てで駆けて出て行こうとした時、ふと、その足が止まり、こちらを見て言った。
「アンタ、クレシェイドと会ったりしなかった?」
レイチェルはその言葉に何か思い出せそうな気がしたが、記憶の回路は途中で遮断されているかの様だった。思う様に記憶を手繰り寄せることができなかった。だが、クレシェイドの名を聴き、不思議と胸が熱くなり切ない気分になるのを止められなかった。
「会った様な、会わなかった様な。すみません、はっきりしなくて」
「いえ、良いのよ。じゃあ、食事作ってくるから! もう寝ちゃ駄目なんだからね!」
彼女はそう言うと駆けて行った。
レイチェルはゆっくりと身を起こした。足の関節が、筋という筋がぎこちなく動くのを感じた。
そして窓辺へ歩んで行く。
開け放たれた窓の先、建物と建物の間から青い海が見えた。
そして彼女は上を見上げた。
陽光が彼女を照らしている。ふと、何故か再び切ない気分になった。このお日様を遠いどこかで誰かは知らないが懐かしい人達と見たような気がした。その誰か達と自分は長い長い道のりを歩いていたような、そんな気がしたのだった。
冒険者レイチェル 第三幕 完。
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