第13話 「魔法少女」

 レイチェル達はコロイオスの町を発つつもりだったが、思いの外降る雪のせいで旅立てずにいた。

 昼過ぎ、相変わらず雪は降り続いている。リルフィスの火の精霊魔法でも追いつかないほどの勢いだった。

 しかし、一日中何もせずに雪を眺めているわけにもいかず、レイチェルとリルフィスは町の武具屋へ出向いた。

 膝下まで埋まったが、これも雪道に慣れるためとし、町の中を苦労して歩いて行く。

 そうして辿り着いた武具屋でレイチェルは、新しい木製の棍棒を買った。以前の棍棒はインキュバスによって真っ二つにされてしまっていた。あれは際どい戦いだった。そう何度も思ったのであった。ちなみにこの雪のためか、武具屋の裏にある弓道場は多くの冒険者達に溢れていたためレイチェル達は稽古を諦めたのだった。

 町の中央の広場を通りがかった時だった。そこにそれほど多くはないが人だかりが出きていた。

 近付いてみるとそれは子供達であった。そんな彼らが好奇の視線を向けている先には、赤っぽい魔術師の胴衣を羽織りキノコのような広いツバ付きの帽子を被った少女がいた。

「はいはーい、魔法少女シルキーの舞台が始まるよ~!」

 少女はそう言った。そして手にしていた短い杖を振り上げて軽く声を上げた。

「サモンゴーレム!」

 すると魔法少女の隣で雪が突然膨れ上がった。ウニョウニョ、グネグネと忙しなく動いていた。そして次第に形を作っていった。

 大きな丸が現れ、小さな丸がその上に乗る。現れたのは雪だるまだった。

 子供達から歓声が上がる。雪だるまには棒の両手があり、顔も目と眉とが黒く記され、鼻には人参のようなものが刺さっていた。

「これが、魔法少女シルキーちゃんの、ゴーレム、スノウマンだよ!」

 スノウマンは両手を交互に上下し、踊るように動いていた。そして動く度に黒く刻まれた眉も揺れるのだった。

「わあ、雪だるまが動いてる」

 他の子供達も驚く中、リルフィスがはしゃぐ様にそう言った。

「はいはい、ではここでスノウマンに得意技を披露してもらうよ。スノウマン、空中とんぼ返りよ!」

 魔法少女シルキーが言う。本当に空中でとんぼ返りなんかできるのだろうか。誰もが、レイチェルもだが、疑惑の視線を向けていた。

 すると、雪だるまは高々と跳躍し、空で見事に一回転を決めて着地した。その際、顔が危なげなく胴から離れて跳躍したが無事に身体に戻った。

 拍手と歓声が上がった。子供達はもっともっとゴーレム、スノウマンに演技を求めた。

「はいはい、それじゃあ、どんどんいくよー」

 魔法少女が言うと、スノウマンはヨタヨタと左右に駆け、そして幾度も跳躍した。

 そのうち子供達の間から、たくさんのスノウマンが見たいと要望が上がった。

「オッケー、良いよ。サモンゴーレム!」

 魔法少女が上機嫌で杖を掲げると、周囲の雪がグネグネと起き上がり、六体ものゴーレムを形成したのだった。

 ゴーレム達は勢揃いすると、息もぴったりの面白いダンスを披露した。

「ねえねえ、このスノウマン達、皆で空中とんぼ返りってできるの?」

 子供達が目を輝かせ期待を込めて魔法少女を見る。

 レイチェルは魔法少女の表情に疲労の色が見えているような気がした。だが、魔法少女は頷いた。

「うん、そんなの簡単よ! さあ、スノウマン達、空中で回転よ!」

 七体の雪のゴーレムが跳躍し、空で一回転し着地する。またも見事な技だった。拍手喝采の中、突如として魔法少女が雪の上にへたり込んだ。肩を落とし荒々しく息をしている。やはり疲れていたようだ。

「いけない、このままだと」

 誰にともなく魔法少女が言った時だった。

 スノウマン達が突然バラバラの方角に散って行った。

「ああ! 駄目よ! 戻って、戻りなさいゴーレム達! アンサモン!」

 最後のは魔術の名前のようだったが、雪像達は雪の降りしきる町の中へと消えて行ってしまった。

 子供達はゴーレム達が居なくなると、興味を失ったように去って行った。後に残されたのは疲労困憊の様子の魔法少女だけであった。

「このままじゃあ、ゴーレム達が暴れまわっちゃうかもしれない」

 憔悴しきったその目がレイチェル達に向けられた。

「あなたは神官さん? いえ、背中の弩からすると冒険者ね?」

「はい、そうですけど」

 レイチェルが頷くと、魔法少女シルキーがヨタヨタと歩み寄り、レイチェルの手を両手で握り締めた。

「お願い、あんまり報酬は出せないけれど、私に代わってスノウマン達を行動不能にしてきてくれない?」

 これは人助けだとレイチェルは思った。

「お金なんて要りませんよ、私達に出来ることだったら……」

 その先を言う前に相手が強い口調で言葉を被せてきた。

「いいえ、アンタが冒険者である以上、報酬は支払うわ。だからお願い、早くスノウマン達を……このままだと町中に被害が出てくるかもしれないわ」

 その切羽詰まった様子にレイチェルは真面目に頷き、リルフィスを振り返った。

「私はシルキーさんの依頼を受けようと思います」

「リールもやるよ!」

 ハーフエルフの少女がにこやかに答えた。

「ありがとう」

 魔法少女シルキーは言葉を続けた。

「ゴーレムを、いえ、スノウマン達を行動不能にするには身体と頭を打ち砕けば良いの。ちょうどあなたの手にしている鈍器みたいなのが良いわ」

 そしてシルキーは背中から一本の鈍器を取り出してリルフィスに渡した。

「私ももう少ししたら後を追うから、その間にお願い、スノウマン達を」

「分かりました。とりあえず私達は行ってきます」

 レイチェルとリルフィスは連れ立って、動きにくい雪の中を駆け出したのだった。



 二



「うわあ、何だこいつは!?」

 先の方で通行人の前にスノウマンが居た。害をもたらしている様子はなく、通行人の周りを軽快に滑って回っている。

「レイチェルちゃん、あれ!」

「うん、行こうリルフィスちゃん!」

 スノウマンに追い付き、レイチェルはその頭の後ろから力の限り棍棒を振り下ろした。

 雪が周囲に飛び散り、真っ二つになったスノウマンはブワッと舞い散る雪となって消滅した。

「何なんだ? 君達の仕業なのかい?」

 通行人がそう尋ねてきたが、次なる悲鳴が上がり、レイチェルとリルフィスはその場を後にする。新たなスノウマンはすぐ側にいた。何と空中をとんぼ返りしている。数人の通行人達が奇怪なものを見るような目で呆然としていた。

 今度のスノウマンは延々ととんぼ返りを繰り返している。

「これは着地した時を狙うしかないかも」

「そんなことないよ」

 レイチェルが言いよどむと、リルフィスが応じた。

 リルフィスは鈍器を投げつけた。

 それは空高く舞う雪像のゴーレムの頭を粉々に粉砕した。

 残った胴体が左右に軽快な足取りを踏んでいる。その踊っているかのような身体をレイチェルは鈍器で一刀両断に粉砕した。

「リルフィスちゃん凄いね」

「うん、クレシェイドさんに習ったんだよ」

 ハーフエルフの少女は嬉しそうにそう答えた。

 だが応じる間もなく二つの方角から悲鳴が上がった。

「レイチェルちゃん!」

「うん、二手に分かれよう!」

 そうして二人は各々の目標目指して通りを雪に苦労しながら全力で走ったのだった。



 三



 レイチェルの目の前に現れた雪像は自由気ままに飛んだり跳ねたり走ったりしていた。

 その目の前には腰を抜かした老爺がいた。

「な、何なんじゃ此奴は」

 レイチェルは目まぐるしく動き回る雪像の様子を窺い、走り終えて跳ぼうとしたところに棍棒を薙ぎ払った。

 雪像の頭が粉々になり、胴体部だけが跳躍し着地していた。そして頭を破壊されたために行動の目的が変わったのか、気付いた時には老爺目掛けて躍り掛かっていた。

 間に合わない!

 その時声が響いた。

「アンサモン!」

 空中で雪像が弾け飛んだ。

 シルキーがこちらへ駆けてきた。

「シルキーさん、ありがとうございます!」

「お礼を言うのはこっちの方よ。アンタとアンタの相棒のおかげでスノウマンは殲滅できたわ」

 リルフィスが駆け付けてきた。

「雪だるまさん消えちゃったけど、シルキーちゃんの魔法かな?」

「そうよ。おかげで助かったわ」

 そう言ってシルキーは巾着袋を渡した。

「少ないかもしれないけど報酬、受け取って」

 差し出された巾着をレイチェルは受け取った。

「確かに受け取りました」

 するとシルキーは溜息を吐いた。

「アタシもアンタ達みたいに冒険者ができれば良いんだけどね」

「できるよ、シルキーちゃん、リール達と一緒に行こう!」

 リルフィスが歓迎するが、魔法少女は首を横に振った。

「駄目なの。ここで待ってるのよ、運命の人を」

「運命の人ですか?」

 レイチェルが問うと相手は頷いた。

「アタシ趣味で占いなんかもやってたりするんだけどね。そこに出たのよ。アタシを誘い出してくれる運命の人の名前が、途中までしか分からなかったけれど、ベル何とかって言う人みたい。だから、アタシはその人が迎えに来るまで待ってるのよ。ここでね」

 シルキーは微笑むと、踵を返した。

「迷惑かけたわね、それじゃあ、えっと」

「レイチェルです」

「リルフィスだよ」

 シルキーは頷いた。

「それじゃあね、レイチェル、リルフィス。一足先に冒険楽しんできてね」

 そうして魔法少女は去って行ったのだった。

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