第9話 「北へ」
ライラを送るためにティアイエルとサンダーはバルケルに行ってしまった。
レイチェルは二人が戻って来るまでここで待つものだと思っていたがそれは違った。
「ティアの嬢ちゃんに言われたのだが、我々は一足先にリゴ村へ向かうようにとのことだ。嬢ちゃん達も後を追い掛けるそうだ」
ヴァルクライムがそう言った。
レイチェルは頷いたが不安であった。ライラが抜けて前衛の戦士がいなくなった。リルフィスは弓の扱いが上手く、ヴァルクライムは魔術師だ。前々から覚悟は決めていたが、ついに自分に前衛の役割が回ってきた。非力な腕力で振り下ろす棍棒は、かつてのクレシェイドや、ライラには遠く及ばないだろう。だが、やるしかない。
町を出立する前に冒険者ギルドに立ち寄ると、そこではリゴ村の傭兵募集の貼り紙が掲示板に出されていた。
冒険者達が吟味するようにその内容を目にしている。傭兵の登録は現地で、報酬は国から出るということだ。
「聞いたところだと、ヴァンパイア領を攻めるらしいぞ。各地の領主達の兵も合流するらしい」
冒険者達がそう言っているのをレイチェルは聞いた。
ヴァンパイアは邪悪の神を崇拝し遣わされた闇の者だ。自分達、聖なる神を信仰する光の者達とは相対する関係にある。ブライバスンを攻めるべくオークを差し向けたのが良い例だ。光と闇は決して通じ合うことはできない。やらなければ、やられるだけだ。
光は闇を討滅すべし。
リゴ村の戦にレイチェルは神官として参加するつもりでいた。例え仲間が止めようとも、聖なる神を信仰し、その使いでもある自分は他の神官達と肩を並べて戦う義務がある。
「以前に言っていたが、リゴの戦に参戦するかは、現地の様子を見てから決めようと思う。リゴはブライバスンとは比べ物にならないほど激戦区だ」
ヴァルクライムが、レイチェルとリルフィスに向かってそう言った。
そうして一行は、旅路の途中にある村への品物配達の依頼を引き受け、そこで各々準備を整えるために一度解散となった。
二
レイチェルはリルフィスと共に行動していた。季節はもう冬である。これから向かう北は特に寒い。二人は頭巾のあるお揃いの厚手の外套と手袋を揃って購入した。
そして待ち合わせの場所、町の北門前に行くと、ヴァルクライムの姿があった。
「揃いの衣装で、まるで姉妹みたいだな」
ヴァルクライムが言った。
「ねぇねぇ、おじちゃん、リールとレイチェルちゃん、どっちがお姉さんに見える?」
「それは甲乙付け難いな」
魔術師は楽しむようにそう言った。
レイチェルは、ヴァルクライムが腰に長剣を佩いているのに気付いた。
「わぁ、剣だ」
リルフィスが驚くような喚起するような声でそう言った。
「ヴァルクライムさん、それは?」
レイチェルも思わず尋ねると、魔術師は言った。
「嬢ちゃんだけに前衛の任を押し付けるわけにもいかないだろう。それにクレシェイドやライラほどではないが、私にも戦士の心得はある」
その言葉を聴いてレイチェルは安堵した。
「リール嬢ちゃんは後ろだ。百発百中の弓の腕で援護を頼む」
「うん、リールに任せて!」
ハーフエルフの少女は得意げに応じた。
三人はディーレイの町を旅立った。そしてその道中、さっそく一行の力を試す事件が起こった。
三
「ゴブリンが、ゴブリンが、大事な品を盗んでいってしまった!」
商人と思われる男が、一行を見つけると、駆け足で近づいてきてそう言った。街道には荷馬車があったが、その幌は無残に引き裂かれ、箱やら商品やらが地べたに散らばっていた。
「あれは国王陛下からスコンティヌウンス・サグデン伯爵にお届けする大事な品、剣匠スリナガルの打った剣なのだ」
動揺し叫んで訴える男を前に冒険者達は顔を見合わせた。
「我々に取り返して欲しいと言うわけか?」
ヴァルクライムが尋ねると、商人の男は慌てた様子で頷いた。
「どうするか、お嬢さん方?」
魔術師がレイチェルとリルフィスを見て言った。
「困っている方を見過ごすわけにはいきません」
レイチェルは顔面蒼白で泣き出しそうな顔をしている男が心底哀れに思えた。もしもこの不祥事が知れたら、国王陛下は商人を死罪にするかもしれない。
「リールも!」
ハーフエルフの少女が即座に同調してくれたのが、レイチェルにとっては嬉しかった。
「では行こう。ゴブリンはどの方角に逃げて行った?」
「そこだ」
ヴァルクライムが問うと、男は側の茂みを指さした。
四
茂みに飛び込むと、レイチェルはそこが湿った土であることに気付いた。
つまりはゴブリンの足跡が残っているのかもしれない。そう感付き、見るとそこには予想通り、新鮮な足跡が幾つも見受けられたのだった。
その横でリルフィスが足を踏み出そうとするのをレイチェルは慌てて制した。
「リルフィスちゃん、待って。ここにゴブリンの足跡があるから」
レイチェルがそう言うと、ヴァルクライムが褒めた。
「そうだな、よく気づいたな嬢ちゃん。見たところ、ひとまず敵は五匹ぐらいだと思うが、ゴブリンは群れを作る。おおまかに見積もって全部で十五はいるだろうな。さてどうする?」
ヴァルクライムがレイチェルとリルフィスに向かってそう尋ねた。
レイチェルは思案した。ゴブリンは自分と同じぐらいの背丈で腕力も同等か向こうの方がやや上だろう。冒険者になって最初の依頼もゴブリン退治だったが、あの時は鬼神の如き剣を振るうクレシェイドや、広範囲に渡って精霊魔術を駆使するティアイエルがいたおかげで勝てたようなものだ。
「おじちゃんの魔法で全部ふっとばしちゃったらどうかな?」
リルフィスが応じると、ヴァルクライムが言った。
「盗まれた品にも傷を残すやもしれないぞ」
魔術師は楽しむような顔で答えた。レイチェルは言った。
「少なくとも、私の腕力だとゴブリン一匹を相手にするにも危ういです。だから正攻法で行くとこちらが不利かもしれません」
そう答えながらレイチェルはハッとした。
「あ、でも、奇襲なら」
正解を問う様に魔術師の顔を見ると、相手は頷いた。
「そうだな。奴らは鼻が良いが、幸い風は吹いていない。風下を選ぶ必要もないわけだ」
レイチェルとリルフィスは揃って頷いた。
「やってみるか、奇襲を?」
魔術師が再び楽しむような顔でそう尋ねた。
五
大地に残る足跡を辿ると、前方からギャアギャアいう声が聞こえてきた。
三人は茂みを少しだけ掻き分けて様子を見た。そこは開けた場所で、ヴァルクライムの言う通り二十匹に達しないほどの数のゴブリン達が屯していた。
レイチェル達は頷き合い、リルフィスをそこに残し、茂み越しに二手に分かれた。
足音を出さぬようにし、茂みの中を行く。そしてレイチェルはゴブリン達のどてっぱらの位置に荷物と、背負っていた弩を置いた。今頃反対側でもヴァルクライムが同じように待機しているだろう。攻め入る合図はリルフィスの矢だった。
その矢がヒョウと飛び出し、ゴブリンの一匹の喉に突き刺さる。そして斃れた仲間を見る余裕も与えず、レイチェルは叫びを上げて茂みから飛び出し、ゴブリンへ打ちかかった。
反対側から長剣を抜いたヴァルクライムも迫ってきていた。
レイチェルは力の限り棍棒を振り下ろし、一匹の横っ面を殴りつけた。そして浮き足立っている奴らのもう一匹も同じように殴りつけた。
だが、ゴブリン達も正気に戻るのが意外に早かった。
それは一匹だけ居た、ずば抜けて大きな体格をしたゴブリンの一声が沈静化させたのだ。群れの親玉に違いない。
だがその姿は躍り掛かってくる二匹のゴブリンによって遮られてしまった。しかし、そのうちの一匹は横合いから来た矢によって顔を貫かれていた。
振り下ろされる手斧をレイチェルは棍棒で受け止めた。
毛むくじゃらのおぞましい顔が、牙を剥き出して、長い手を振り上げ振り下ろし怒りの一撃を次々繰り出してくる。
予想通り、レイチェルでは一匹を相手にするのが限界であった。しかし新手にはリルフィスの矢が反応して次々仕留めていった。
「レイチェルちゃん、離れて!」
茂みからリルフィスが飛び出し、弓矢をこちらに向けた。
レイチェルはゴブリンを蹴り飛ばした。
次の瞬間にはゴブリンの喉には矢が突き刺さっていた。
「レイチェルちゃん、大丈夫だった?」
リルフィスが合流してきた。
「ありがとうリルフィスちゃん」
礼を言いながら、側には立っているゴブリンがいないことに気付いた。親玉を除いては。
ゴブリンの親玉は剣を扱い、ヴァルクライムと渡り合っていた。
見れば、人間から盗んだと思われる金属鎧に身を包んでいた。
ヴァルクライムの周りには血溜まりに沈む多くの亡骸があった。
剣の打ち合いが続いた後、ヴァルクライムは、さっと身を翻して、後方へ飛び退いた。そして剣を捨て、外套の下から杖を取り出して、敵へ向けた。
途端に杖先から稲妻が走り、ゴブリンの親玉を貫いた。
親玉は倒れた。レイチェルとリルフィスが警戒していると、ゴブリンの親玉はサッと立ち上がって、武器を捨てて逃走していった。レイチェルとリルフィスが後を追ったが、茂みと木々に覆い隠され、その姿は既に見えなくなっていた。
「すまんな、討ち漏らしてしまった」
ヴァルクライムが、二人に追いついてそう謝罪した。
「それで、盗まれた品物はどこに?」
レイチェルが尋ねると、リルフィスが声を上げた。
「あったよ!」
ハーフエルフの少女はゴブリンの亡骸から離れたところにあった高価そうな大きく長い木箱を指し示した。そして駆け出して行った。
「これで解決しましたね。殆どヴァルクライムさんとリルフィスちゃんが斃したようなものですけど」
レイチェルが申し訳なく言うと、ヴァルクライムは言った。
「いいや、嬢ちゃんもよくやったさ。嬢ちゃんの咆哮が敵をそちら側へ引きつけた。だから私は悠々と敵の背後に切り込むことができたのだ。今回の敢闘賞はまさしく嬢ちゃんだ」
そう言われレイチェルは照れた。
「ありがとうございます」
「ねえねえ、二人とも、この箱重いよー! リール一人じゃ運べないよー!」
リルフィスが助けを求めてきたのでレイチェルとヴァルクライムは手を貸しに行った。
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