第4.5話  断章1 「反撃」

 ブライバスンの町がオークからの襲撃を受け、ライラはミノタウロスの王と共に、敵のいる西側へと走った。

 程なくして喧騒の音が聴こえてきた。

 家屋に火がかけられ煙が上がっている。

 居並ぶ人の背が見える。不意にその背が蹴散らされた。

 倒れる人々の前には猪のような顔つきのオークの姿があった。

 ライラは一直線に駆けた。

 クレシェイドはもういない。自分が先頭に立って仲間達を守らねばならないのだ。ここから先へ通すわけにはいかない。

 突き出した槍をオークは斧を振るい弾き返した。人を凌駕する力だ。ならばとライラは素早く槍を戻し、素早く一撃を放った。

 だが、オークも斧で受け止め、相手は醜悪な顔を不敵に微笑ませた。

「人間の、それも女にここまで出来る奴がいるとは思わなかったぞ」

 数合い打ち合ったが、決着がつかなかった。こうなれば、知略を使うしかない。オークの凄まじい膂力と剛刃を受けて、身体の疲労は色濃くなっていた。

 ライラは踏み込んだ。オークが斧を振るう、それを寸前で引いて避け、力の限り槍を繰り出した。

 槍先はオークの喉笛を貫いていた。鮮血が吹き出す。

「二人目」

 ライラは肩で息をしながら周囲を見渡した。

 戦士や神官戦士、そしてミノタウロス達がそれぞれオークと死闘を繰り広げていた。

 ふと一人の神官戦士が倒れ、一体のオークが止めをくれようとしている。ライラは己を叱咤し素早く横合いから槍を突き出した。

 オークはこちらに気付いたが、その前に槍が兜を弾き飛ばした。

「ちっ、新手か」

 オークはこちらに向き直って長剣を薙いだが、ライラは渾身の力でそれを撥ね除ける。自分でも予想以上の力が腕に漲り、敵の剣は手からすっぽ抜けていった。

「ま、待て!」

「三人目!」

 ライラの槍は容赦なくオークの顔を貫いた。しかし、実際刃を繰り出して分かることだが、人間とは違いオークの皮は厚く硬く、こちらの全力で応じなければ致命傷を負わせることはできなかった。

 厄介な相手だ。

 ふと、すぐ傍で悲鳴が上がった。

 見れば知らぬ間に接近して来ていたオークを、ミノタウロスの王が切り裂いていた。

「人間ニハ、荷ノ重イ相手ダ」

 ライラは素直に頷いていた。

「確かにそうだ。だが、やらねばならない。ここで私が食い止めなければ、皆を危険に曝すことになる」

 ライラは背後に控えている仲間達の面々を思い返しながらそう答えた。

「人間達よ! このオークが将、グインドムの相手をしようとする者はおらぬか!? 我が槍ドルフアンは今日十八人目の人の血を吸ったぞ!」

 武装した身形の良い一人のオークが長槍を振り回し大音声でそう呼んだ。

 一人の戦士が名乗りを上げて勇敢に挑んだが、振るわれる剛槍の前に呆気なく斃された。その殺された戦士の相棒なのか、激昂したもう一人の戦士が続いた。長剣と長槍は二度ぶつかった後、槍の起こす風の唸りと共に人間の戦士の首は胴から切り離され宙を待った。

「ハッハッハ! 呆気ない! 何とも呆気ないぞ人間ども!」

 ふと、家屋の上に潜んでいた魔術師が魔術で落雷をぶつけたが、オークは撃たれながらも高笑いし、腰から短剣を抜き取り、投げ付けた。短剣は魔術師に突き刺さり倒れた。

 オークの将グインドムの後ろで、他のオーク達もまた人間達を嘲った。

 魔術も通用せず凄まじい戦いぶりを見せつけられ、こちらからは後に続こうとする者はいなかった。

 ならばと、ライラは進み出た。ティアイエルが見たら軽率だと注意して来るだろう。だが、ここで敵を止めなければ、控える彼女達にも危害が及んでしまう。

「ほぉ、先ほどの女か。ギムグリオと、デッドバンを斃したところは、この俺も見ていたぞ。なかなか楽しませてくれそうな敵だ。行くぞ!」

 相手は槍を旋回させ、斬りつけてきた。

 敵の一撃はライラの手を痺れさせた。

「そらそらそら!」

 旋風を巻き上げ、槍が次々繰り出される。ライラは後退して避けるしかなかった。

「フン、所詮は女か。ギムグリオとデッドバンを斃せたのも運が良かっただけなのやもしれぬな」

 ライラは無言で相手の出方を待った。

「興醒めだ。一息に殺してくれる!」

 相手は槍を繰り出した。

 今だと、ライラは踏み込み、槍の柄で刃を受けて持ち上げた。凶刃が顔をなぞる様に方向を変えて行く、まさに紙一重だった。

 そして彼女は槍を持ち換え突き出した。だが、槍は敵の頬を掠めただけであった。見れば、彼女の手にした槍は折れ曲がっていた。

「くっ」

「認めよう、女、お前は戦士だ! 今、名誉ある止めをくれてやるぞ!」

 すると大きな背が割って入って来た。

「交代スルゾ」

 ミノタウロスの王はそう言うと長柄の大斧を振り回した。

「おのれ、ミノタウロスめ、神聖なる一騎討ちを愚弄するか!」

 オークが怒りの声を上げた。

「友人ガ、危ナイノヲ、身過ゴセルモノカ」

 ライラの見ている前で剛刃同士がぶつかり合った。

 幾度も重々しい鉄の音と風の唸りが上がった。戦場の全ての戦士達がその戦いに魅せられていた。

「おぐっ!?」

 勝ったのはミノタウロスであった。血煙りを上げオークは兜ごと真っ二つに斬り下げられた。

 ミノタウロスの王が咆哮を上げた。

 すると戦場のミノタウロス達も同様に後に続いた。

 吼え声が重なり合い、やがて人々も唱和し始めた。

 オーク達がジリジリと後ずさりを始めた。

 だがその中から一人が飛び出した。

「おのれ、よくも我が義兄弟グインドムを! 我が名はオークが将ガソブラル! オーク達よ、弱気に駆られるな! これは死んでいった者達への弔い合戦だぞ!」

 その声に後退気味だったオーク達が立ち直った。

「コレヲ、使エ」

 ミノタウロスの王は、自ら打ち倒した敵の槍を拾い上げライラに差し出した。

 ドルフアンと言ったか。人の血を吸った槍だが、今はそれを気にしている場合では無かった。

 ライラは身構え、死を覚悟した。この場に集結している戦士も魔術師も同様に構えていた。

「道を開けよ!」

 突然後方から男の声が轟いた。見ると、そこには統一された鎧を着た戦士達が弩を構えて整列していた。

 ライラ達が退くと、再び男の声が言った。

「バルケルが開発した弩をくれてやれ!」

 その声と共に矢が飛んだ。

 矢は次々鎧の上からオークに突き刺さり、次々敵は倒れていった。

「おのれ、小癪な真似を! 許さんぞ!」

 オークの将ガソブラルが単身で突撃してきた。

「お前には我が矢をくれてやる!」

 一筋の矢がオークの右目を射抜いた。

「ぬわあっ!?」

 オークは悲鳴を上げて反転し、総崩れになった軍勢の中へと飛び込んで行った。

「人間ども! これで勝ったと思うなよ!」

 算を乱しオーク達は退却していった。

 人々は歓声を上げた。

「見事ナ、勝利ダ」

 ミノタウロスの王はそう言った。

 すると、弩兵を待機させ、一人の男がこちらに歩いて来た。

 鎧兜を被っている浅黒い肌の東方の人だった。見事な口髭を蓄えていた。

「ライラ殿ですな?」

「そうだが」

 ライラは突然名を告げられたことに多少驚きながら頷いた。

「我が名はエイ・トウと申す。バルケル領主ソウ・カンが配下です」

 バルケルの将が何の用だろうと思った。相手は言葉を続けた。

「領主の御息女レイム様から、行く先であなたを見掛けるようなことがあれば、是非ともあなたを仕官に御誘いする様に承って参った」

 ライラはレイムの手紙のことを思い出していた。そこには、丁寧だが熱の籠められた言葉が書き綴られ、客将の身分で迎えること。一生食うにも眠るにも困らない生活を保障することと、是非とも自分の師になってくれるようにと熱烈に記されていた。

「仕官の件なら残念だが御断りする」

 ライラが答えると、エイ・トウは冷静そうな顔を少々歪めて言った。

「今、我が領内は海賊の危機に脅かされております。先の海賊との戦の際に、エルド・グラビス殿と、あなたの活躍ぶりを耳に致しました。今、レイム様は、自らの親衛隊を編成し、海賊討伐に心血を注いでおります。あなたならば、レイム様の傍にあって、レイム様を一軍の将へと導いてくれるのではないかと、それがしもまた思うのですが……」

 相手の申し出にライラは首を横に振って見せた。

「私の力を認めてくれるのはありがたいが、やはり御断りさせて頂こう」

「親衛隊にはエルド・グラビス殿も居られるのですが……」

 相手のその言葉にライラは一瞬ビクリとした。脳裏を銀色の偉丈夫の姿が通り過ぎて行く。何故だろうか、その姿を想像するだけで胸が激しく脈打った。そして断固としていた決意にもまたひび割れが生じるのを悟った。急にエルドのもとへ行きたい気分になった。もう一度あの声を聞いてみたい。屈強な顔つきに宿る穏やかな表情を目にしたい。海賊退治の折、彼に手を握られ空を舞ったことが思い出された。その掌は大きくて硬く温かい感触だった。そんな己の様にライラは慌てて応じた。

「エルド殿は優秀な戦士です。彼一人いるならば、レイム殿にはもう十分かと思われる」

 すると、東方の人エイ・トウは残念そうに首を落として頷いた。

「そうですか、お気持ちは変わりませんか。残念です。ならば、レイムにはそう伝えておきましょう。ではそれがしはこれにて御免」

 エイ・トウは部下の元へと戻って行き、町のどこかへと消えていった。

 これで本当に良かったのだろうか。ライラは自分が後悔しているのを知っていた。だが、後悔するならどちらも同じだろう。クレシェイドを失った大切な仲間達を見捨ててバルケルへ走れば、きっと仲間達の安否を日々気遣い続けるだろう。そしてバルケルに来た事をやはり悔むのだ。

「私はどうすれば良いのだろうか」

 ライラは天を仰いだのだった。

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