第26話 黒い龍(前編)

 二日を掛けて海岸線に沿って北上してから、東へと続く針葉樹林に入る。

 針葉樹林は寒かったが、雪は降っておらず、吹雪いてもいなかった。


 針葉樹林には狐、兎、リスなどの小動物が時折と見られる以外、静かだった。

 太陽と月から方角を確かめながら、三日の時間を掛けて針葉樹林を進む。


 村を出てから六日目の朝に、地下へと続く、直径三十mもある大きな洞窟の前に来た。ただ、洞窟の前には先客がいた。


 木の仮面を着けた、三十人以上からなるガリガリ族だった。ガリガリ族は剣や槍で武装していた。ガリガリ族は武器を構えるが、襲ってはこなかった。


(ガリガリ族が三十以上か、ボルベル族と戦闘能力が大差なければ三十以上でも問題ないか)

「どいてもらおうか。俺は巣穴の主に用がある。できれば穏便に済ませたい」


 他のガリガリ族より頭一つ高いガリガリ族が前に出てくる。

 背の高いガリガリ族は、立派な革鎧と仮面を着け、槍で武装していた。


「我が名は、ポラリンっちゃ。黒い龍は我らが獲物。他人には渡さんっちゃ。欲しければ一騎打ちだっちゃ」


(隊長だろうか? 三十人以上いるんだから、数にものを言わせて懸かってくればいいものを、中々見上げた根性だ)


 ヒイロはアルテマ・ソードを出して構える。

「話がわかりやすくていい。勝ったほうが黒い龍と戦う。了承した。俺の名はヒイロだ」


 ポラリンは槍を慎重に構える。

 構えを見てわかるが、ポラリンはできる男だった。だが、それはその他大勢と比べれば、であり、ヴォルフやルドルフに比べれば敵ではない。ヒイロの敵でもない。


(ポラリンか。こういう勇ましい奴は好きだ。ガリガリ族の中では勇士かもしれないが、倒しても実績がなさそうだな)


 ポラリンが走り込んできて槍を突き出す。ヒイロはポラリンの攻撃を軽く躱す。

 三撃目を躱した時にポラリンにできた僅かな隙を突く。アルテマ・ソードで仮面を斬る。


 アルテマ・ソードはポラリンの仮面だけを綺麗に割った。

 ポラリンが飛びのいて距離を取る。


 ヒイロは悠然と構えて発言する

「どうした、まだやるか?」


「いや、参ったっちゃ。それがしの負けだっちゃ。黒い龍に挑戦する権利はヒイロのものだっちゃ」


 ポラリンが背後の兵士に何事かを命令する。

 兵士たちはポラリンの言葉を聞き、左右に道を空けた。


 ポラリンの横を通り過ぎようとすると、ポラリンが申し出る。

「なあ、ヒイロっちゃ。よかったら、黒い龍を倒すのを、手伝わせてくれっちゃ。報酬は黒い龍が持つ財宝の半分でいいっちゃ」


(黒い龍は、財宝を持っているのか。ルドルフは、黒い龍を倒してくれって頼んでいた。だが、もしかすると、ルドルフにも目当ての品があって目当ての品が欲しいだけかもな)


「とりあえず、戦ってみてから考える。力押しできそうな時は加勢を頼む」

 ヒイロとパオネッタは堂々と洞窟の入口から中に入っていく。


 洞窟はゆるやかな下り勾配になっていた。岩肌は黒く、水滴で濡れていた。

 二百mも進むと、半径が百mもあるドーム型の空間に出た。ドームの天井には直径二十mの穴が空いていた。


 穴からは光が降り注ぎ、地面を照らしていた。光が降り注ぐ地面の上には全長十八mの黒い龍が眠るようにして横たわっていた。


 黒い龍の下には金やら銀やらの財宝が敷き詰められていた。

「どうやら、あの黒い龍は財宝を貯め込んでいるな。いくらぐらいになるんだ」


「さあ。武具や工芸品も見えるわね。あの黒い龍は、小さな銀行よりお金持ちよ」

 話し声が聞こえたのか、黒い龍が、うっすらと目を開けた。


 ヒイロはアルテマ・ソードを消して近づいて行く。黒い龍との距離が五mまで近づく。


「俺の名は、ヒイロ。ルドルフに雇われてきた。ルドルフが欲しがっている物を渡す気はないか? あるなら、関係修復の使者をやってもいい」


 黒い龍は起き上がると、前足でヒイロを踏みつける。

 黒い龍は本気でないので、余裕で躱せた。


「おっと、乱暴だな。教えてくれ。ルドルフのとの間に、何があったんだ?」

 黒い龍が今度は素早く爪で薙ぎ払ってきた。これも、見切って回避する。


「まあ、待てよ。そう、かりかりするな。話し合おうぜ」

 黒い龍は険しい瞳でヒイロを睨みつける。


「ルドルフは我が宝を狙ってきたから敵対したのよ。何人たりとも我が宝は渡さん」

 ヒイロは気になったので尋ねた。


「ちなみに、ルドルフが狙っていたお宝って?」

 黒い龍が怒りの声を上げた。


「聖王の王冠だ」

 黒い龍は激しく息を吸い込むと、真っ黒い霧を吐いた。霧を浴びると全身が焼けるように熱かった。同時に、体の芯から冷えるような風邪のような症状が襲ってきた。


(これは、浴び続けると、まずいぞ)

 ヒイロはアルテマ・ソードで黒い龍の脚と腹を攻撃する。アルテマ・ソードは黒い龍の体を切り裂いた。


(黒い龍の体はあまり硬くない。でも、あの焼け付くようなブレスは危険だ。至近距離で戦う作戦は、止めたほうがいい)


 アルテマ・ボウに武器を変えて、中距離での戦いを挑んだ。

 黒い龍は空間の狭さを生かして、ヒイロを追い詰めるように攻撃する。ヒイロは攻撃を機敏に回避して黒い龍の頭を狙った。


 パオネッタのボウ・ガンも飛んでくる。けれども、頭に当らないので、ダメージは分散される。


 黒い龍は時折、焼け付くようなブレスを吐いてくる。できるだけ浴びないようにした。だが、黒い龍の焼け付くブレスはヒイロの体力をじわじわと削って行った。


(まずいな。これ、押し負けるかもしれない)

 ヒイロがピンチを感じた時、洞窟の入口のほうで角笛が鳴った。

 

 ポラリンの叫び声が聞こえた。

 何を言っているかわからない。だが、三十以上からなるガリガリ族の勇士が、雪崩れ込んでくる。


 フットワークを生かした戦いから一気に乱戦になった。

 乱戦のさなかで戦っていると、ガリガリ族の兵士が水筒を渡してきた。兵士は飲むようにジェスチャーを送ってきた。


 水筒の中身を飲むと、倦怠感けんたいかんや風邪症状が吹き飛んだ、

「おお、これはいい。これなら、全力で戦える」


 戦いは戦局が読めなくなっていった。黒い龍はガリガリ族を薙ぎ払うが、ガリガリ族は倒されても、あとからあとから現れて戦いに参加する。


 やがて、これでは埒が明かないと思ったのか黒い龍は両足立ちになった。黒い龍は最大級のブレスを吐こうとした。


 途端に、天井に空いた穴から大きな光る玉が降ってきて、黒い龍を撃つ。

 黒い龍は光る玉に押し潰された。


 頭の中でファンファーレが鳴り響く。

「黒い災厄を退けし者の実績が解除されました。アルテマ・アックスが使えるようになりました。神殿で受け取ってください」


(一個目は、やはり討伐系だったか。これで四十九個目、残り五十九個か。だが、黒い龍関連の実績は、まだ一つ残っている)

 

 黒い龍を押し潰した光の弾が消えると、天井からルドルフが、ゆっくりと舞い降りてきた。


 黒い龍は死んだ。後には、ヒイロとパオネッタ、ガリガリ族の勇士、ルドルフが残った。


 誰しもが歓声を上げるでなく、空間は静まり返っている。

 ただ、天井から降り注ぐ陽の光が、残された財宝を照らしていた。

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