第21話 ボルベル族からの要求

 エイブラムが病気になった。エイブラムは苦しんだ挙句、新大陸での任務は不可能となり、軍艦に乗って帰って行った。


 港には軍艦一隻が残った。残った兵士の士気は高くなく、規律も取れていない。

 兵士は開拓村の村人といざこざを起こす場面が度々だった。


 ヒイロとパオネッタはミランダ村長に宅に呼ばれたので、顔を出す。

 ミランダ村長の表情は渋い。


「総督が帰っていったのはいいんだけど、兵士の統率が取れなくなって、あったま痛いわー」


 ヒイロはミランダ村長が焼いたクッキーを抓(つま)みながら訊く。

「兵士たちのトップは、誰なんです?」


 ミランダ村長は苦しげな顔で語る。

「デンホルム艦長が総督代行に就任したけど、これが上手く行ってないのよ」


 パオネッタはクッキーを抓みながら涼しい顔で告げる。

「統率力を欠く指揮官ですか。問題ですね」


「実は、さらにここで大きな問題が起きたのよ」

「なんですか? 気になりますね」


「ボルベル族から要請が来ているわ」

「金銭や物資の援助ですか? 些少なら援助すべきとも思いますがね。付き合いって、大事ですよ」


 パオネッタも同意する。

「商品のサンプルだと思って渡せば、気が楽ですよ。今後の商いにも繋がりますし」


 ミランダ村長は眉間に皺を寄せて答える。

「軍事援助よ。隣のビリビリ族と戦争するから軍事支援を求められているわ」


(これは、よくない展開だな。ボーモン王は何を考えているのやら)

 ヒイロは率直に意見を告げた。


「大陸の原住種族の戦争に関与するんですか? 止めたほうがいいですよ。下手すると開拓村が泥沼の戦争に足を踏み入れますよ」


 パオネッタの考えも同じだった。

「他国の戦争に利害なしで関与するなんて、馬鹿を見ますよ」


 ミランダ村長は、当然だとばかりに発言する。

「戦争なんてしたくないわよ」


「なら、断って終わりではないんですか?」

「でも、ここで、なぜか兵士の間から、戦争に関与してボルベル族を勝たせるべし、って話が出ているのよ」


「勝っても何が得られるかわからない戦争でしょ。恩賞が出るわけでなし、何でそんなに熱心になるんですかね?」


 パオネッタが、しみじみと語る。

「馬鹿な男の考える発想はわからないわね」


 ミランダ村長はほとほと困った顔で、弱々しく依頼してきた。

「そうなのよ。だから、戦争に加担するような話がどうして出てきたのか、調べてもらえないかしら」


(これは、実績が絡むかどうか微妙だけど、やってみるか。もしかしたら、希少な実績が解除されるかもしれない)


「難しい依頼ですが、いいでしょう。調べてみますよ」

 パオネッタも真摯な顔で請合った。

「私も、できうる限り協力しましょう」


 村にはまだ酒場は一軒しかない。なので、村人も軍人も、同じ酒場で酒を飲む。

とはいっても、お互いに心理的な距離がある。そのためか、それぞれ固まって飲んでいた。


 ヒイロはジョッキを持って兵士の輪に加わろうとした。

「兵隊さん、ご苦労様。どうだい? 新大陸は慣れたかい?」


 兵士が警戒感も露に拒絶する。

「俺たちは俺たちで、気持ちよく飲んでいるんだ。あっちに行ってくれ」


「つれないな」と口にする。

 距離を空けた場所にいるパオネッタの隣の席に戻る。


 兵士をそれとなく観察していると、妙な行動に気が付いた。

 兵士は酒や抓みを酒場で注文する。されど、一部の兵士は持ち込んだ酒瓶から酒を飲んでいた。


 給仕の男性を捕まえて訊く。

「ここって、酒を持ち込んで飲んでいいのかい?」


 給仕の男が渋い顔で告げる。

「本当はお断りしたいんですが、何でも特別な酒だそうです」


「本国から持ち込んだ酒なのか?」

「詳しくはわからないんですが、酒場に置いていないんだそうです。なので、特別に許可しているんですよ。抓みや、その他の酒も買ってくれるので、大目に見ています」


「兵士からの売上げも馬鹿にならないでしょうから、止むなしね」

 素知らぬ振りして観察を続ける。兵士たちは、夜が更けてきたので帰る。


 だが、兵士は持ってきた酒瓶は空でも捨てず持っていった。

「何かあの酒が怪しいな」

「飲み残しを調べてみましょう」


 ヒイロとパオネッタは兵士たちが見えなくなるのを待つ。

 兵士たちがいなくなると、飲んでいたカップを調べる。


 カップのうち五つから、マシュリカ酒と同じ臭いがした。

(兵士たちの間に、マシュリカ酒が出回っているのか。兵士たちはマシュリカ酒ほしさに戦争に加担しようとしていると、ことだぞ)


 パオネッタが険しい顔で見解を述べる。

「これはマシュリカ酒ね。どうやら、以前にヒイロが心配していた予想が当ったようね」


「麻薬と戦争か。何だか、よくない展開だな」

「私はマシュリカ酒の出所を調べてみるわ」


「なら、俺は艦内の事情を調べて見るよ」

 翌日、ヒイロは軍艦から出てくる人の流れを窺う。


 すると、気の弱そうな兵士が降りてくる。兵士は牛車に樽を積むと、水汲みに河に一人で向かった。


(情報を聞き出しやすそうな奴が、一人で降りてきたね。これは好都合だ)

ヒイロは後を尾行して、兵士が安心して水汲みを始めたところで、声を懸ける。


「ちょっといいか、話がしたい」

 兵士はびくびくしながら答える。

「何の用だ。話なら他の人間に訊いてくれ」


「いや、俺はあんたに聞きたい。兵士たちの間にボルベル族の酒が出回っているな」

 顔をして兵士は不自然に視線をらす。

「知らない。俺は何も知らない」


 ずんずんと歩いて行き、胸倉を掴んで拳を振り上げる。

 兵士は途端に怯えた顔になる。

「わかった。殴らないでくれ。喋るよ」


 ヒイロが胸倉から手を離すと、兵士は話し出した。

「あんたの指摘する通りに、ボルベル族が造っているマシュリカ酒が艦内で出回っている」


「やはりか、それで、マシュリカ酒の危険性は知っているのか?」

 兵士は首を横に振った。


「知らない。だが、薄々は危険だと思っていた。マシュリカ酒で酔うと、普通の酒で酔うのとは違う酩酊感が得られるんだ」


「デンホルム総督代行は知っているのか?」

 兵士はあっさりと認めた。


「知っている。酒を最初に艦に持ち込んだ人間は、デンホルム総督代行だと聞いている」


(おっと、すでに上層部が麻薬漬けか? これは知らない間に大事(おおごと)になっているかもしれんぞ)


「何て馬鹿な真似をしたんだ。マシュリカ酒を流行(はや)らせれば軍が瓦解するぞ」

 兵士はおずおずと申し出た。


「案外、デンホルム総督代行の狙いは軍の崩壊にあるのかもしれない」

「え、何、それ、どういう意味だ?」


「デンホルム総督代行は軍の掌握しょうあくに失敗している。日々、指図を聞かない士官たちにうんざりして、都に帰りたがっている」

(こっちの軍人さんも、別の意味で総督の適性がなかったか)


「なるほど、病気でもない以上、勝手に帰れば処分される。なら、いっそ、軍がなくなればと思ったか。馬鹿な考えを抱いたもんだ」


 兵士が吐き捨てるように言い放つ。

「悪いけど、俺はデンホルム総督代行の気持ちがわかるよ。俺だって、あんな艦、降りられるものなら降りたい」


「わかった。ここでの話は秘密にしよう。それと、帰りが遅いと不審がられる。俺も手伝うからさっさと水汲みを終えて艦に戻れ」

 ヒイロは水汲みを終えると、兵士を見送った。

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