最強なんてどうでもいい。俺は実績解除がしたいだけ

金暮 銀

第1話 第一話 最強者の実績解除

 八千人を収容できるコロシアムで二人の男が戦っていた。二人は革鎧に身を包み、刃引きされた真剣を振るっていた。男の一人は髭面で、身長二m、体重百㎏。年齢は四十。前年度公式闘技大会の優勝者で名をヴォルフ。


 挑戦者は身長が百七十五㎝、体重は七十五㎏ほどの黒い髪の青年だった。青年の名前はヒイロ。今年で十六になったばかりの若者だった。ヒイロの顔は凛々しく、面長の顔をしている。目つきは少し鋭く、落ち着いた雰囲気を感じさせる。


 ヒイロは同年代にしては筋肉がついているが、ヴォルフには体格で負ける。だが、力負けすることなく、互角の勝負をしていた。理由はヒイロが超人体質のせいだった。


 ヒイロの剣がヴォルフの剣にぶつかる。鉄と鉄とがぶつかり合う甲高(かんだか)い音がする。強い反発が腕に伝わってきた。


 剣をしっかりと握っていないと剣が飛ばされそうになる。歯を食い縛る。歯がぎりぎりと音を立てそうになる。


 剣を握る手に力を込めて再度、思いきり打ち込む。ヒイロの眼の前で、剣が火花を散らした。


 火花の向こうには戦意が漲るヴォルフの顔があった。

 これでどうだとばかりにヒイロは会心の一撃を放った。ヴォルフの体勢が崩れると思った。だが、ヴォルフはヒイロの会心の一撃を見事に受けきった。ヴォルフはることもなく、体勢も崩さない。


 ヒイロは、なかなかに倒れないヴォルフに苛立っていた。

(超人体質の俺が押し切れない、だと。いったいヴォルフは、どれほどまでの鍛錬を積み、場数を踏んでいるんだ?)


 今まで、たいていの敵は力押しで何とかなった。だが、ヴォルフは違った。

 わずかの油断。ヒイロの剣がほんの少し甘く打ち込まれる。まずいと悟った時には、ヴォルフがヒイロの剣をかわしていた。


(体勢を万全にしないと、すぐにピンチになる)

 剣と剣がぶつかった時より、虚しく空を斬った剣を戻す時のほうが疲労感を覚える。だが、すぐに剣を戻さなければならない。僅かに崩れた体勢をヴォルフは見逃さない。


 体の柔軟性に任せて、素早い剣裁きでヴォルフの攻撃を受けきる。ヴォルフの攻撃を防ぎきったのなら、今度はヴォルフに隙ができそうなものだ。


 だが、ヴォルフに隙はなかった。

(本当に隙がないおっさんだ。勝負を焦らないのも見事だが、集中力と度胸が、半端じゃない)


 ヒイロはヴォルフを強敵として認識していた。

 十秒の間ができる。ちょっとした休憩時間。興奮した解説者の声が聞えてくる。

「さあ、若き天性の剣が勝つのか、熟練の技の剣が勝つのか。勝つのは、どっちだ」


 再びヒイロは果敢に打ち込んだ。

(楽に言ってくれる、ヴォルフに勝つのはなかなかの苦行だぞ)


 打ち合いはすでに、二百合近くに及ぶ。剣は互いに百四十㎝の剣を用いていた。

 百四十㎝の剣はヒイロがいつも使う剣より十五㎝ほど長い。長い剣のほうが空振りした時に疲労する。だが、体力と筋力には自信があった。


 剣が短かった場合には、ヴォルフの間合に入れなかった時に一方的に攻め立てられる。守りになる展開をヒイロは嫌った。


 ヒイロはヴォルフとの間合いを詰める戦いより、いつもより間合いを広くとり、ヴォルフの間合いでの斬り合いの戦いを選択した。


 一方、百四十㎝の剣はヴォルフにとって普段使う剣より十五㎝は短い。

 ヴォルフの剣を見た時に、ヒイロはヴォルフの考えを理解した気になった。ヴォルフはヒイロがいつもと同じ長さの剣を選んだ場合を想定したと思われた。


 ヴォルフは小柄なヒイロに間合いを狭められ、懐に入られた場合の不利を警戒した。そのため、いつもより十五㎝短い、百四十㎝の剣を選んだと推測できた。腕の長さの分だけヒイロの間合いが短い。


 だが、それほど差ではない、と思って試合を始めたのが誤りだった。

 ヴォルフはヒイロの剣が長いと見るや、自分から積極的に仕掛けず、間合いを詰める。ヒイロのスタミナ切れを狙う作戦を採用した。


(剣の選択を誤ったな。ここは長い剣ではなく、いつもと同じか、より短い剣を選んでおくべきだったかもしれない)


 後悔しても、遅い。もう、剣を交換するわけにはいかない。

 ヒイロは己の剣をチラリと見る。剣はボロボロだった。


 次にヴォルフの剣を見るがこちらも負けず劣らず、ボロボロだった。

(武器の限界が近いな。早急に決めたいところだな。武器が壊れての負けはしたくない)


 だが、どちらも一本を決められなかった。

(決め手がないのが辛い。もう一度、フェイントを掛けてみるか)


 中段に見せかけた上段へのフェイント。だが、ヴオルフはこれを、あっさり読み、かわす。


 すかさず、ヒイロの懐に飛び込んで腹を刺しに来た。

 後ろに大きく飛びのいて、ヴォルフとの間合いを空ける。ヴォルフの攻撃に体勢を崩されそうになった。だが、これを足腰の踏ん張りで防いだ。


(駄目だ。フェイントは、もう何をやっても通用しない。経験の差で全て読まれている。なら、これならどうだ)


 ヒイロは踏み込みを強くする。殴りつけるような強打を連続して放った。

 ヴォルフの腕の痺れを狙っての攻撃だった。だが、ヴォルフは綺麗に攻撃を受け流す。最後の一撃は、ヴォルフがスウェーバックする。ヒイロの一撃は空振りさせられた。


 慌てて構えを直して、ヴォルフの追撃を受け流す。

(腕の痺れを狙うも駄目か。ならば、これならどうだ?)


 ヒイロは素早く下段、中段、上段と縦に攻撃を振り分ける。

 ヴォルフはヒイロの変則的な攻撃にも何なく従いてきた。


 ヒイロの呼吸が最後に乱れる。

 最後の一撃をまたもヴォルフはスウェーバックする。再度、空振りに持っていかれた。


 もう、なんど使われた手だが、空振りを防げない。

 どうにか間合いを取って、構えを堅持する。


 懐に入れさせないようにするのが、やっとだった。

(押し切れないだろうか)


 甘い誘惑がヒイロの頭に過ぎる。素早い連続攻撃で押し切ろうとした。

 だが、ちょっとの隙があるとヴォルフは胸元に躍り込んでくる。そうすると、飛びのいて躱すしかなく、また、どっと疲れる。


 長い剣を選んだ不利を嫌というほど思い知らされた。結果、ヒイロの攻撃は連携が続かない。

(ほんと、苛々するほど攻撃が決まらない)


 スタミナには余力がある。

 だが、このまま消耗する戦いを強いられれば、集中力が先に切れそうだった。


 ヴォルフの攻撃が腹を掠めた。ヴォルフは防戦一方にならない。隙あらば躍り込んで胸か腹を突いてくる。かといって、ヒイロにヴォルフのような華麗な避けや受けは不可能だ。


 手数を出さないと危険だった。

(もう、打つ手がないな。ヴォルフは四十近い。そろそろスタミナ切れ起こしてへばらないだろうか)


 安易な希望だとはわかっていた。現にヴォルフの攻撃にはまだ切れがありそうだった。


 ヴォルフからは積極的に打ち込んできていない。隙を突く攻撃に徹している。なので、ヴォルフはまだまだ闘えそうだった。

(一か八か大技で勝負に出るか? このままだと俺の集中力が切れた時に負ける)


 戦いはヒイロの精神力が尽きるか、ヴォルフのスタミナが尽きるかの勝負だった。

 ばきんと音がした。限界を迎えていたヴォルフの剣が先に折れた。


 ヴォルフの劣勢に会場が悲鳴を上げる。

 でも、ヴォルフは戦いを捨てなかった。素手での戦闘の続行を望んでいた。

(今なら勝てるな)


 ヒイロは、勝つなら今がチャンスだと、わかっていた。だが、偶然の勝利を望まなかった。

(俺は誰もが認める完全な勝利がほしい)


 ヒイロは武器を下ろしてヴォルフに声を掛ける。

「武器が壊れたようだな。互いに剣を取り替えて戦いを続行しよう」


 ヒイロの提案にヴォルフは首を横に振る。ヴォルフは毅然と態度で宣言する

「情けは無用だ。俺はチャンピオンだ」

「なら、俺は今年のチャンピオンになる者として、こうする」


 ヒイロは武器を地面に突き刺し、素手になった。

 試合は素手対素手になる。会場が思わぬ展開に熱狂する。


 ヒイロはインファイトで殴りかかった。ヴォルフも同じ近い間合いで殴ってきた。

 ヴォルフの拳はとても四十歳の男の拳ではなかった。また、剣を捨てたヴォルフは素早くもあった。三発貰って二発打ち返していた。


 ヴォルフの固い拳の前に、超人体質のヒイロでも気が飛びそうになった。五分ほど殴り合うが、このままではまずいと思った。

(カウンターに懸ける。これで決める)


 ヒイロは決断した。被弾覚悟の上でのカウンター。

 お互いの拳が、お互いの頬にめり込んだ。ヴォルフの動きが止まる。


 ヴォルフの拳が思ったより痛くなかった。

 最初に膝から崩れ落ちたのは、ヴォルフだった。


 ここに来てヒイロは、ヴォルフも限界だったと知った。

 主審が勝ち名乗りをあげる。

「それまで。優勝者はポロフォニカム・ヒイロ」


 会場が新チャンピオン誕生に祝福の拍手を贈った。

 ヒイロの頭の中でファンファーレが響く。


「最強者の実績が解除されました。闘神の称号とアルテマ・ソードの授与が決まりました。神殿で褒賞を受け取ってください」


(今回は危なかった。これで、三十五個目の実績解除か。残りの実績は七十三個だな)


 ヒイロの世界には、神により与えられる実績と呼ばれるものが存在した。人は神様から与えられた目標を達成すると実績として認められる。


 実績は積めば積むほど、神から恩恵がもらえる。達成しなくても罰はなく、好きな人だけが実績を気にする世界。普通の人は二十前後の実績を達成して寿命を迎える。

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