第17話

 正規の入港ではなかったから宇宙ステーションが混乱しているのが解った。そこで私達は一旦分かれる事になる。プッテちゃんとパラ、アロとステちゃん、ティラと私、メガ。抱えられてステーション内に入り込み、攪乱する。でも乙女を肩に担ぐのは酷いんじゃないかな、ティラ……。一旦ステーションを出てから合流の予定だけれど、宇宙服の私達は目立った。皆が注目して、そして警備員も注目する。ある程度入った所で角に隠れ、エレメント・ソーサラーで宇宙服を分解し、私達は難を逃れた。ほ、っとしているとティラに手を掴まれて、早く行くぞ、と促される。私は疲れてもいなかったから、早歩きのそれについて行くことは簡単だった。他の三組が心配だ。リズムダンスレイブは一定以上の時間が必要だし、アルケミストミストは攻撃の気が強い。デオキシリボムは――擬態とかでどうにかなる、のかな? なんだかんだ一番便利なのかもしれない。あの変態。でも擬態できる生物を食べたと思うとちょっと嫌だ。メガの所為じゃないけど、何かやだ。


 と、私達は非常口に出る。そこには見覚えのある格好の人がいた。

 ちょっと変わった服は思えば地球の流行りだったのかもしれない。

 レックス。

 ビリジアンブルーの眼を細めて、ゆらりとしながら彼はそこに立っていた。

 自然に私も体を少し揺らしてしまう。

 そして。


「ダークネス・ソーサラー、分解しろ」


 その揺らめきで持って、攻撃を避けた。


「っ、テミス!?」

「!?」


 先にツレを殺して戦意をどうこうするつもりだったんだろうけれど、生憎と私もこの二週間で攻撃を避けるぐらいの事は出来るようになっていた。揺らめき。空気に漂う原子のそれを感じられれば、誰がどう狙われてるのかぐらい解る。これには驚いた様子のレックスも、それでも何発か分解を送り込んでくる。だけどそれにすらかすりもしない私の事を、訝ったのはティラの方だった。掠められたそれが三つ編みを解くと、私はまるでナイトウォーカー。髪をゆらゆらさせて、身体をゆらゆらさせて、まるで無重力状態だ。さっきまで経験していたものだから解る。アーケロンは波を操る力を持っている。だとしたら。

「アーケロン、統治せよ」

 場の粒子の一切が動きを止めたのに、ティラとレックスは勘づいた。そしてその中から水分子だけが動くのも。

 ざばぁっと上から水が降ってくる。

 この混乱に乗じて私はティラの手を取り、レックスの脇をすり抜け、空港の出口に向かった。

「待てプロトメサイア! くそっダークネス・ソーサラー、分解しろ!」

 水を分解したところでもう私達は空港の外だった。

 集合ポイントにはもうみんなが集まっている。流石にもう誰も宇宙服は着ていなかった。ちぇっちぇのちぇーと口唇をとがらせているメガの様子が気になったけれど、他の四人は私達がずぶ濡れだった方が気になったらしい。エレメント・ソーサラーで水分子を分解してもらうと、気持ちの良い風が髪をすり抜けて行った。

「メガは何をそんなにぶーたれてるの?」

「いや、ファーストの待ち伏せを食らったらしいんだけど、相手がオルだったらしくて」

「解ったもう良い大体把握した。それよりもテミス。さっきの力は何だ」

「え」

「奴の攻撃も的確に避けていた。挙句水分子の結合だ。何かを隠しているな? 話せ」

「え、っと、それは私にも良く解んなくて」

「テミス!」

「ちょ、ティラ止めなさいよ! テミス怯えてるって!」

「そうよティラ、冷静になって。びしょ濡れだったのはテミスちゃんのしたことだったの?」

「……はい」

「そこには何かの力が働いている。それで良い?」

「はい」

「その力が何なのか、言える?」

「……解んないです」

「そっか。じゃあ、仕方ないわね」

 ぽんぽん、と自分より小さなプッテちゃんに頭を撫でられると、顔が熱くなった。パラの視線が痛いけれど、本当に解らないんだ、水の事は。アーケロンの事は少なくともプロトメサイアのみんなが知っているんだろう。エレメント・ソーサラーのブラックボックスの一つとして。だから言えない。キュムキュムどころかティラにまで離れられたくない。暴走の危険だとか、色々あるだろうから、って。そんなのは嫌だ。

 女の子二人に助けられて、私はなんとかそれを隠す。ティラの眼が怖い。いつも優しい眼に睨まれていると、怖くてたまらなかった。あの焦土色の眼に睨まれているのは怖い。ふうっと溜息を吐いたのは、アロだった。

「ま、ここで仲違いしても始まらないだろ。とりあえずアルケミストミストで服作ったから、地球風の服に着替えて来いよ、三人とも。俺達もそーする。良いな? ティラ」

「……ああ」

「ちっとも納得してないお返事ありがとう。向こうに多目的トイレがあったから、そこで着替えて来な」

「はい……」

「もー、元気だしなってテミス! ティラが不愛想なのはいつもの事だよ!」

「そーよテミスちゃん。あれで心配屋なのもね」

 現役アイドルのウィンクは、同性でも見惚れるぐらいに可愛かった。


 地球風のワンピースに着替えると、改めて別の星に来たんだなって事が解る。ステちゃんはデニムのホットパンツ、プッテちゃんはミニスカートにパニエでかわいらしく。パニエならプロトメサイアの印も隠れるし、リズムダンスレイブの時も下着が見えないからだろう。だったらプッテちゃんもパンツにしてあげればよかったのにと思うけれど、そこはパラが引かなかったそうだ。とっても、らしい。

 代わりばんこで入った男子組は大体デニムとトレーナー、パーカーなんかだった。ティラは黒いマスクで口元を隠している。ちょっと見えてしまう入れ墨が本人はとても気になるみたいだけど、擦れ違いざまに見ても気にならない程度だった。コンプレックス。お父さん達が付けたそれのケアはしていたみたいだけれど、届いていたとは思えないほど神経質に、ティラは忙しなくマスクをいじる。

「とりあえず今日はどっか部屋取って休むとしようか。ティラ、良いな?」

「好きにしろ」

「んじゃほいっと」

 アルケミストミストはぽんっと大金を錬成する。

 って言うか。

「錬金術師としてそれはどうかと思うんだけど……」

「何言ってんのテミスちゃん。世の中はお金で回ってるんだから、使わなくちゃ損ってもんだよ」

「そのお金を不正に出すのは」

「まあまあ細かい事は無し無し! パラ、近くに良い感じのホテルがあるの探索できるか?」

「ぁ――――」

 ステちゃんが耳を押さえて、私も押さえてしまう。波は繊細だ。少しでも修業してしまった私には、それがとても障る。グッバイ鈍感な身体。こんにちはティラに怒られる私。多分今日か明日には問い詰められるだろう。と、ステちゃんが首から下げていた守り袋を出した。ほんわか光ってるそれを握っていると、ほっと耳から手を離せるみたいだ。何だろう。

「ステちゃんそれなあに?」

「んー、里の秘宝」

「ひほっ……」

「どうせ帰らないつもりだったから金目の物なら途中で売っちゃえって思って。存外簡単にアロ様が見付かったからまだ手元に置いてるんだけど、これ触ってると色々楽な気分になるんだよねー……中には何にも入ってないように感じるんだけど、ふわふわ光ってるから、何かのエネルギー体だと思う。もしかしたら里が独立していられたのってこれのお陰かも」

「そんな大事な物持って来ちゃダメでしょ!?」

「良いんだよただ祀られてるだけだったし。多分まだ誰もなくなっちゃったことに気付いてないよ。このお守りを賭けても良い」

「賭けなくて良いからその内ちゃんと戻しに行きなよ……」

「あ、無理。私もう抜け忍として登録されちゃったと思うから」

「ヌケニン?」

「裏切り者って事」

「……そこまてしてアロに会いたかったんだ?」

「あったりまえじゃない。命の恩人で、初恋の人だよ?」

 えへへっと笑うステちゃんがちょっと羨ましくて、やっぱり恋愛大先輩には敵わないななんて思いつつ――。

「五百メートルぐらい先にそれらしいホテルがある。行こうっか、みんな」

 地球一泊目はラブホテルだった。

 って言うか、地球にもあるんだなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る