第15話

「プッテちゃん!」

「パラ!」

 相変わらずのハグで再会を喜び合う二人は、何て言うか見ててちょっと恥ずかしかった。私はその、ティラが好きみたいだけど、あんな豪快なハグの後のディープキスとかできないししようとも思わないし――って、

「衆人環視の中で何やってんの二人とも!?」

 マネージャーさん達が必死で壁を作っているけれど、ほぼ無駄だろう。プッテちゃんは私より背がちょっと低いけれど、人垣に隠れるほど小さいわけじゃないし、パラはごく普通の平均男性的身長だ。ちょっと屈んでちゅう、なんて、目立つだけだろう。せめて私も人垣に協力すると、マネージャーさんからお礼を言われる。いえいえ。こちらこそ、この後大事な商品であるプッテちゃんを誘拐するつもりでごめんなさい。

「メガ、久し振り!」

「おー育ったなプッテ、胸がプラス二センチって所か?」

「いやん乙女に最低の挨拶ありがとう♪」

 骨を立てた拳でぶん殴られる。あれ、プッテちゃん格闘戦用じゃないと思ったけど違ったっけ? それともメガのセクハラに慣れてる? だとしたら可哀想だ。本当に、可哀想だ。私も小さい頃にあんなのがいたらと思うと怖気が走る。とは言い過ぎだけど、傍にいて欲しくないプロトメサイア一位であることには変わりない。

 ――プッテ。

 ティラの声が頭に響いて、あれ、となる。どしたの、とステちゃんに訊かれるけれど、ううん、としか答えられない。空耳かな。宇宙ステーションの中はかなり広いし、何かが聞こえてもおかしくない。

 ――三番ハッチを開けるよう指示してくれ。俺達はそこで小型のシャトルを奪う。

 ――了解だよ、ティラ。

 ――プッテちゃんはステージが終わったらすぐ来てね。僕も待ってるから。

 ……やっぱり空耳じゃない!? え、なにこれ、え!? 振動――波? それが直接脳で聞き取れるようになっちゃってるの? あの修業の成果がこんな所で発揮されるとか、聞いてないわ! でもプロトメサイア同士ってこういう意思疎通も出来るんだ、便利だな――って言うか今まではそんなことしてなかったのに。誰に聞かれて困ることもなかったって事なのかな。

 それはちょっと信頼されてたみたいで嬉しいかも……って言うかティラの無駄に良い声が聞こえて来るとひゃーってなるな、脳髄直撃だし。ちょっと頬を染めていると、アロの外套に潜んだステちゃんがますます奇妙な顔をする。何でもないです。本当、ただ恥ずかしいだけで。

 取り敢えず私達は三番ハッチに向かい、なるべく小型の旅客機を選んで乗り込む。座席は殆ど埋まっていなくて、私達が目立つほどだった。前の方に詰めて座ると、プッテちゃんのステージが始まる。私達は相変わらず目隠しされた。ただ、乗客も機長達もふらふらと出て行くのは解る。タンッとダンサブルな曲が終わった所で、目隠しを外されたステちゃんがコックピットに向かった。無人だ。作戦の第一段階は成功。第二段階はプッテちゃんとの合流だけど――

「はーいプッテちゃん合流でっす!」

 ナノマシンの翼でやって来た彼女とのそれは容易だった。そしてまたハグ。ずっと抱き合ってれば良いんじゃないかな、この二人。

 最終段階は船の発進だけど――

 それは本当にステちゃんが一人で行ってくれた。

「ハッチ良し、乗客良し。005号、これより地球に向かう」

「了解……した……三番ハッチ……開口する……」

 リズムダンスレイブ下でもルーチンワークは出来るらしい。開いて行くのは宇宙までの入口だ。ぽっかりしているそこから、楽器めいた音が聞こえて、私はまた耳を抑える。なんだろう、これ。

「ドーン・コーラスが聞こえるね」

 プッテちゃんが耳に手を当ててそう呟く。

「なんです? その、ドーン・コーラスって」

「磁気嵐と太陽風がしっちゃかめっちゃかになって、チェロやバイオリンの音に聞こえる事を、ドーン・コーラスって言うのよ。あれ、もしかしてテミスちゃんも聞こえる?」

「なんか音楽っぽいのが」

「何でかしら。私みたいに音に特化されて作られたプロトメサイアならまだしも」

「ちょ、ちょっとみんなに慣れて来ただけですよ、あはは」

「うーん」

「プッテちゃん。良いからシートベルト付けて。ここからが本番だよ」

「ステは大丈夫だな。テミスちゃんは、っと」

「大丈夫です」

「ティラ」

「問題ない」

「俺も問題ない。ってことで、久し振りに帰るぜ地球!」

「発進!」

 力強いステちゃんの言葉とともに、身体にGが掛かった。


 3Gが8分、マッハ5の速さが続くのは流石にキツかった。主に常人の私にはだ。だけど無重力状態になると自然と身体が慣れていて、不思議な感じだった。ゆらゆらするのは修行で慣れていた所為だろうか。だけど宇宙船は真っ直ぐに地球に向かって居るから、シートベルトを外す暇もあまりない。折角の初無重力なのにちょっともったいないけれど、帰りがあるか。帰り。ある、よね。今更心配になって来た。星を飛び越えて来ちゃうなんて、最初は思ってなかったもん。でも、そうだな、次に月に帰ることが出来たらステちゃんの里は見てみたい。あとどこか別の場所に家を探さなきゃな。行くまでも行ってからも行った後も、やることはたくさんだ。そう考えると、余計なことを思わなくて良いから楽だ。うん。

 そう言えば気になっていたことだけれど――。

「プッテちゃんってどうして飛べるんです?」

「私が羽を持ってるからだよ!」

「どうして羽があるんです?」

「ナノマシンで作り出したから! 私人体変形の実験も受けてたから、こういう事も出来るんだー。もっとも一番は肩甲骨の発達した翼作りだったから、今もそれは生きてるってだけ。戦場で踊るのにも翼があると便利だったしね、弾除けとか」

「ハードだなあ……」

「ハードだよー。テミスちゃんは大丈夫? そのハードな世界に足ずぶずぶ突っ込んじゃったけど」

 過去形だ。すでに私は頭数に入ってる。ちょっと嬉しいような、不思議な気持ち。

「大丈夫です。覚悟はこの二週間で出来ましたら」

「メガの事は殴って大丈夫、って言われた?」

「それはまだだな……」

「セクハラされたらプロレス技でも目つぶしでも何でもやって大丈夫だからね、あの変態には」

「聞こえてるぞプッテー。俺は女性が好きなだけで別に犯罪者じゃない」

「揉んだり測ったりするのが変態だってのよ。本当。あいつにだけは気を付けて。下手したら舐められるから」

「それは見たので知ってます……」

「あんたまた可哀想な子を作り出したんじゃ」

「いやいやいや。俺は女性に女性らしい振る舞いを求めただけだ」

「つまりやったのね、何かを……この変態! 変態! 変態!」

「あ、なんか気持ち良くなって来た。もっと言ってプッテ!」

「プッテちゃん、どうどう。キュムキュムも怯えている」

「そう言えばこの可愛いキメラは誰の?」

「私のですけど、ちょっと具合が悪いんでパラに預けてるんです」

「キュムー!」

「結構元気そうだけれどな。ああ、羽の属性が私と一緒なのか。属性が近い者同士が近くにいると、元気になるからね」

「そうなんですか?」

「そう。だからアロとティラはニコイチだった」

「やめろよもー昔の事はさー」

「昔が無かったら今がないのよ。ね、パラ♪」

「プッテちゃん♪」

「パラ♪」

 お熱い二人だった。とことん緊張感が抜けるほどにお熱い二人だった。

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