第6話
「それで、TITの資料ってのは?」
ランチの時間を急遽切り上げてCLOSEDの看板を下げ――どうせ誰も来ないけれど――アロはテーブルに着く。椅子を追加で持ってきたステちゃんに簡単な事情説明をすると、何それ賞金稼ぎ騙してるだけじゃない! と憤慨していた。いや怒るところそこなのかな。ちょっと違う気がするぞ、私は。
「これだ」
ティラはテントなんかが入っていたズタ袋から更にズタ袋を取り出す。中身は灰だった。って。
「燃やしちゃったの、あの資料の山!?」
「その方が持ち運びが便利だからな」
「持ち運びは便利でも資料としての価値は皆無だよ! どうするのそんなの!」
「それは俺の仕事かな」
ズタ袋を受け取ったアロが、左手に付けていたゴム手袋を外す。てっきりお肉を触る時のための物かと思っていたけれど、どうやらその下は機械の腕のようだった。ティラの右手とは、対のような。
「アルケミストミスト、構成せよ」
言葉の途端に炎が上がる。だけどそれはあったことを逆戻しにしているようだった。豪炎がやがてすぼまり、袋の中はぎちぎちになる。――紙資料が、復活していた。
「ティラのエレメント・ソーサラーは分解に適した作りだけど、俺のアルケミストミストは再生に適した力でね。戦場での傷も大概これで治して来たし、こんな風に」
資料を出した後の袋が綺麗に洗濯されたものに変わる。
「同質量の物体ならばどうとでも変えられる。ところでパラ、ステちゃん、狭い」
両方から資料を覗き込まれて、アロは苦笑いをする。
「後で俺にも貸せ」
「あれ? ティラは読んできたんじゃないのん?」
「修正された箇所が多かった。お前の所に来たのもそれを読めるようにして貰う為だ」
「なーる。ま、先に俺達からね」
「構わない」
「あ、あの」
私は勇気を振り絞って、声を掛ける。
「私も読んで良い……ですか?」
「勿論。アル博士達には俺達も随分世話になったしね」
へへへっと笑う顔には何の皮肉も無くて、私はそれに少し安堵した。
しばらくぱらりぱらりと音がして、それがちょっと居心地悪くて、私はキュムキュムと手遊びする。ティラはそれを見て、そいつ、と声を掛けて来た。どっきん胸が跳ねるのは驚いたから。私も大概、緊張しちゃってるな。
「昨日から気になっていたんだが。……キメラだな?」
「ッ」
「廃棄ロットになったのは戦闘力を持たないからか。爪も無ければ火を吹ける様子もない。水とはむしろ相性が悪そうだ。ただ飛べるだけ。それでもプッテ辺りに与えられれば機能したんだろうが――」
「プッテちゃん!?」
その言葉に反応したのはパラだった。
「プッテちゃんにそんな残酷な事させるって言うなら、ティラ、僕はお前らの敵に回ることも辞さないよ。プッテちゃんはもう幸せになるべきなんだ、いや、それ以外を僕は認めない。プッテちゃんがやらされたこと、またさせるって言うなら今ここで僕もプロトメサイアとしての能力を発動して――」
「人の店壊すな」
「いでっ」
隣のアロに頭からチョップ入れられて、ぶー、ととりあえずパラは落ち着いたみたいだった。それにしても、プッテちゃんがやらされたことって何だろう。キュムキュムと関係ある? 何だろうねー、と首を傾げて見せると、キュムー、と同じ方向に首を傾げる。知能は高い方なのに、何も出来ないからと処分されそうになっていたのを、父母は内緒で家に持ち帰った。今日からあなたの友達よ。もう十年も前になるだろうか。この親友がいたから、私は生きてこられたんだと思う。絶望しないで、いられたんだと思う。父母の訃報にも。慣れないレストランのバイトにも。時々いやらしい眼で見てくる、お客さん達にも。知ってたんだ私は。叔父さんが私の部屋の鍵をはした金で売ろうとしていたことだって。だから内鍵も付けたし、閂まで付けた。村に未練は殆どないけれど、あんな風になれとまでは思っていなかったから、ちょっと複雑な思いだ。
ここは大丈夫だろうか。プロトメサイアが三人もいるなら大丈夫かな。ちょっとやそっとじゃ、全滅って事もないだろう。私以外は戦える身体だし。うぁ、足手纏い一直線? 年下のステちゃんよりも? それはちょっと、悲しいかもしれない。
「大体読み終わった」
ばさり、分厚い書類束が目の前を行く。私はティラに近寄って、その中身を見る事に専念した。
ティラ001、アロ009、パラ006、プッテ015、メガ017。それがプロトメサイア達の正式な表記であるらしい、そして能力。多分戦場で生き残ったと言うあのおじさんが見た二人のプロトメサイアは、ティラとアロの事だと推測される。他には組んでいる意味のある能力は見つからない。エレメント・ソーサラー。元素を操り分解する能力。近いのは微生物の解体能力。アルケミストミスト。原子を操り再生する能力。人体の細胞が近い。たまにガン的な細胞を生み出してしまう事も。
そこまで読んだところで、ティラは次のページにめくってしまう。案外速読だ、早くしないと――
「こんな所で呑気だなあ」
響いた声に玄関の方を一斉に向くと、十二・三歳位の男の子が立っていた。眼の下に入れ墨が入れてあって、それは古代別の星に生息した恐竜のようだと思う。
「おっと待って、まだ戦いに来たわけじゃないよ。えーと。そうだな、君かな? 金髪の、君がテミスちゃん?」
「あ」
ばさりとティラのマントの中に隠されて、景色が無くなる。
「別にまだ戦いに来たわじゃないってばー。俺はオル。ファーストシリーズのオル・ニトミムスだよ、良かったら覚えててね。それで、アル博士達が持ち出した資料はそれ? まあ俺はその人達知らないんだけどさ、一応外部に資料を持ち出されるのは不味いって事で、回収させてもらえる?」
「断ると言えば」
「それは戦争だね」
「……持って行け。それと、テミスには手を出すな。こいつはたまたま両親がTITの研究者だっただけだ」
「そのたまたまが困りものなんだよ、ティラ001。何を知らされてるか解らない。そのキメラのことだって」
「キュム!?」
「自我がある程度発達しているみたいじゃないか。それは良くない。とっても良くない。いつ何かを語りだすか解らない不穏分子なんだ、君達は。プロトメサイアは上手く都市伝説調に出来たけれど、そう出来なかったら根幹を断つしかない。その子を断つしかない。そのキメラを断つしかない」
「ひっ」
向けられている殺気は外套に隠されていても解る。そしてそれがぱたりと途切れるのも。
「まあ、君達がTITに辿り着ければの話だね、すべては。不可能だと思うけれど。じゃあね、テミスちゃん。ばいばい」
室内なのに暴風が吹いて、分厚い資料が飛ばされる。それを受け取ったオルは、くしゃっとそれをサイコロぐらいの大きさに圧縮してしまった。風に感じたのも玄関に向かう圧力だったんだろう、私はティラに、ステちゃんはアロに引き留められてなんとか無事だったけれど、店のカトラリーなんかは飛んじゃったり倒れちゃったりしていた。
じゃあね、と無邪気そうに笑った彼からは、レックスと同じ薬の匂いがしていた。
「……とりあえずさー」
アロが深刻な顔でおさげに指をひっかける。
「片付け手伝ってくれる? みんな」
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