俺の猿夢
烏川 ハル
夢(前編)
歴史の教科書でしかお目にかかれないような、時代遅れのガス灯。それがポツンと一つ、プラットホームを照らしていた。
同じく一つしかないベンチ。ただし屋根で覆われているのは、これで待合室のつもりなのだろうか。
ホームの真ん中には、改札口。もはや鉄道模型でしか見られなくなった、昔風の駅舎へと続く。当然のように、駅員の姿は見えない。
「どこだ、ここは……」
思わず呟いてしまうが、今や平成を超えて令和の時代。文明開化の明治時代や、古き良き昭和時代を思わせる設備が混在している時点で、これは現実ではない。
自分は夢の中にいるのだ、と俺は悟っていた。
突然。
「まもなく電車がまいります」
頭の上のスピーカーから、そんな音声が流れ始めた。
今まで、こんなところにスピーカーなどあっただろうか?
まあ、これは夢だ。なかった設備が急に敷設されることも、不思議ではない。そう思っていると、アナウンスの続きが聞こえてくる。
「四番線の列車は……」
おいおい、順番、おかしくないか? 普通は『何番線に列車がまいります』と、先に「何番線」を告げるものだろう。そもそも、どう見ても単線なのに何故『四番線』なのか。
色々ツッコミを入れたくなるが、それこそ「夢だから」の一言で片付けられそうだ。
……などと考えるうちにも、さらに言葉は続いていた。
「……黄泉比良坂ゆきです。白線の内側まで下がってお待ちください」
「おいおい、幽霊列車かよ」
今度は、俺のツッコミは、声として口から出てしまった。すると、まるで聞いていたかのように、アナウンスが対応する。
「死者も生者も、皆一様に冥界へ連れて行かれます。ご注意ください」
そうは言っても、ここには俺しかいないだろう。
そう思った俺の肩を、突然、誰かが叩く。
……無人の駅のはずなのに!
驚いて振り返ると、いつのまにか駅員が立っていた。不健康そうな黄色い顔をした、気持ち悪い男だ。
「お客さん、ここじゃないですよ」
衝撃で固まってしまった俺の手を引いて、駅員が、俺をどこかへ連れて行こうとする。
「ここは死者のための指定席車両です。お客さんは生者だから、自由席車両へどうぞ」
「……いや、そもそも俺は乗らないから……」
少し我に返って、そう口にしたのだが、駅員は聞く耳を持たない。そして、三車両分くらい場所を移動させられたところで。
警笛とともに、列車が駅に入ってきた。
それは電車というより汽車だった。「汽車汽車しゅっぽしゅっぽ」と歌い出したくなる、あれだ。
ただし、まともな汽車ではない。全ての車両が、標準サイズより一回りも二回りも小さく、さらに、先頭で牽引する機関車の真ん前には、人の顔を模した飾りがついていた。まるで、子供番組のクレイアニメに出てくるような列車だ。
そんな列車なので、中の乗客の顔は、外からでもはっきりと見えた。青白い、それこそ幽霊のような顔の者ばかり乗っている。
「やっぱり幽霊列車じゃないか……」
よく見れば、混雑している車両と、ガラガラの車両と、はっきりと二極分化されていた。俺の目の前に停車したのは、その後者だ。
「さあ、乗った、乗った!」
「えっ? いやいや、俺は……」
やはり駅員は、俺の言葉なんて聞こうともせず。
俺は、乗る気なんて皆無だったのに、彼に押し込まれて……。
気づけば、ガラガラの車両の中にいた。
外から見た時は小さな車両だったはずなのに、中に入ってみると、結構な広さがあった。
これも夢だから、ということなのか。
通路を挟んで、それぞれ二人分の座席が並んでいる。ちゃんとした客車だ。
ただし窓ガラスは、はめ込まれていない。車外の風が中に吹き込んでくる形式だが、特に寒くは感じなかった。
ぐるりと車内を見回して。
俺は、真ん中あたりの、窓側の席に座った。
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